契約の森 精霊の瞳を持つ者

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39.

 声をかけようとすると、ライルは振り返りもせずにタカオに話しかけた。


「あなたが着たそのシャツは、わたしの友人の物なんです」


 ライルの声は落ちついて、とても穏やかだ。それは窓の向こうにいる人に話しかけているように、どこか違う場所に向けられていた。


 そんなライルを見て、タカオはその友人がもうこの森にいないのだと、なんとなく察した。


「その友人の方は、ライルさんにとって、大切な人だったんですね」


 そんな大切な友人の形見を自分が着てしまって、タカオは申し訳ない気持ちになった。


「ええ、大切な人でした。友人と呼んで良いのか分かりませんが、彼は私のことを友人だと思ってくれていたようです。私には、そんな資格なんてないのに」


「資格、ですか……?」 


「その話は今度にしましょう」


 ライルは顔だけで振り向くと、泣き出しそうな笑顔だった。そう言うライルが、あまりにも悲しそうな顔をするのでタカオは慌てて話を変えた。


「このシャツ、やっぱり着替えますね。そんな大切な方の物を着るわけには……」


「こらちへ」


 ライルは立ち上がると、タカオの話を遮った。タカオは困惑しながらライルの所まで行くと、そこには大きな箱が置いてあった。まるで海賊の宝箱のような木の箱は、大きな口を開けてタカオを待ち構えていた。


 その箱の中には色々なものが入っていた。服や靴や武器、それから細々としたものが大切そうに整理されてそこへ収まっていた。


「これは?」


 タカオが聞いている間にもライルは箱の中から次々と物を出していた。出した物を大切そうに抱えたまま、時折迷ったように手を止める時もあった。


「これは、ドワーフ達が作ってくれたものばかりなんですよ」


 ライルは昔を思い出すように、出した物をじっと見つめて呟いた。思いを立ちきるようにライルは視線を離すと、服や靴をタカオに差し出した。


「ドワーフ……?」


 その言葉を口にしたとき、タカオはゴブリンを思い出し、一瞬背筋が寒くなった。けれど、差し出された物はどれも丁寧に作られ、どこか温かみさえ感じられた。


 ライルはじっと動かないタカオに微笑んだ。


「彼らの作った物は、どれも丈夫で素晴らしいものばかりです。もうこの森にいないのが残念ですが」


 ライルはタカオに一歩近づく。その目はやはり涙ぐんでいる。


「受け取ってください。私達がずっと待っている人に、あなたはそっくりなんです。その姿やその声が……」


 タカオは困惑していた。似ているというだけで思い出の品をもらっていいものか。


「大切な物なのでしょう?」


「ええ。だからこそ、あなたに渡すんです!」


 ライルはタどこか晴れ晴れとした笑顔で返す。ライルは持っているものをタカオに無理矢理持たせると、納得したようにうなずいた。


 どうしても断る事を許さないライルを見て、タカオは気が抜けたように、ふっと息をついて笑った。



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