契約の森 精霊の瞳を持つ者

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37.

 ライルが驚いてるのをよそに、タカオは刺繍に夢中だった。


「これ、レノさんが縫ったんですか?」


「違うわよ」


 レノはあっさりと否定した。先ほどの自慢げな様子から、てっきりレノが作ったシャツだと思っていたタカオは、肩すかしをくらった気持ちがした。


「え?じゃあこれは誰のシャツなんですか?」


 ライルのシャツではないのは明らかだったし、レノが作ったのではないなら、一体このシャツは誰の物だろうか。


「それはね、昔……」


「タカオさん!」


 ライルは急に大声を上げた。レノの言葉を遮るライルの顔は、どこか慌てているようだ。そのライルを止めるように、レノはライルとタカオの間に入り込んだ。


「ライル」


 レノの声は穏やかで、説得するように優しく響いた。


「タカオはシアを救ってくれたのよ。あと少しでも間違っていたら、大変なことだったでしょう?」


 ライルはその時の事を思い出したのか、顔を強ばらせた。レノの声は穏やかだったけれど、その声色には威圧感のようなものが隠れていた。


「タカオを見て。服はぼろぼろだし、靴もないのよ。コートだって見つからないし、こんな寒い中でこのまま外にだすの?それともずっと家に閉じ込めておくつもりなの?タカオに合う服があるのよ?いいじゃない。私たちは……」


「わわ分かったよ」


 永遠に続くのかと思ったレノの小言は、ライルが折れた事によってあっさりと終わった。タカオからはレノがどんな表情をしているのか分からなかったけれど、ライルの表情だけは見ることができた。


 レノの言葉が放たれる度に、ライルの顔は恐怖で強ばっていく様子がはっきりと分かる。


「でも、他のものは……」


 強ばった顔のままで、ライルは首を振った。タカオにはその意味がわからず、ただ事の成り行きを静かに見守っていた。レノはため息をつくと、呆れたよう呟いた。


「ライル、私はね。タカオが、あなたの待ち望んだ人だったらって思うの」


 そのレノの言葉に、ライルは目の色を変えた。


「タカオさんが……?そんなこと、ありえない……」


 ライルはそう言ってタカオに視線を向ける。そしてなにか心に変化があったのか、先ほどまでの強ばった表情は消えていた。今は深い考えに没頭しているのか、眉間に皺を寄せて黙っている。


「ライル?」


 レノが不思議そうにライルの顔をのぞきこむと、彼の瞳がきらりと光を放つ。レノが驚きの悲鳴を上げるのと、ライルが力強くレノの両腕を掴むのは同時だった。


「レノ、君の言う通りかもしれない」


 ライルはそう言うと、勢いよく部屋から出て行った。タカオとレノにはライルが大きな足音を立てて2階へ上がる音が聞こえて、二人は音のする方向の天井を呆然と見上げて目で追った。


 ライルのあまりにも力強い走りで、彼が走った所は今にも抜け落ちそうに細かな塵が舞う。





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