契約の森 精霊の瞳を持つ者
31.
せめて、立ち向かう力でなくても、守る力がほしい。この森に来てからのこと、シアやレノのこと、考えるだけでタカオは胸がきりきりと締め付けられるようだった。
守ってもらう事しかできない、今のままでは立ち向かうことすらできない自分を変えたい。タカオにはそれだけだった。それに、この森へ戻ってきたのは、自分の意思で立ち向かおうと決めたからだ。
ライルをまっすぐに見つめるタカオの瞳は、片方は黒く、片方は金色で、きらきらと輝いていた。その両の瞳からはタカオのまっすぐな気持ちが見える。
ライルもしっかりとタカオを見つめた。その瞳には最初にみたライルの鋭さがきらりと光るのを見て、タカオは怖くなったのも事実だった。
「分かりました。厳しいですよ。私は」
タカオはごくりと唾を飲み込んで小さく頷く。ライルはタカオに聞こえないほどの小さな声でそっと呟いていた。
「まあ、あなたなら、もしかしたら……」
午前中の、強くなり始めた日差しの中、タカオとライルは裏庭に出ていた。お祭りの音はいまだに聞こえ続けて、タカオが精霊でないと分かっても終わりそうもなかった。
冷たい風に乗って、森の香りが通りぬける。少し肌寒い風がタカオの左手首のゆるくなった包帯をなびかせた。
「痛みますか?」
包帯に気がついたライルは静かに見極めるように見つめた。
タカオは裏庭の側にある、いっせいに伸びる森の木々をじっと見つめていた。森の向こうは木が生い茂り、ここからは森の向こうを見ることは出来ない。それは、森の向こうから来る危険も見えないということだ。そんなことを考えていた。
ライルの言葉に我に返ると、タカオはゆるくなった包帯を巻きなおした。
「傷はもう治っているんです。お守りみたいなもので、巻いていると安心するんです」
タカオの言葉にライルは短く「なるほど」と、答えただけだった。
「では、始めましょう」
ライルの鋭い声は、まるで空間を裂くように響いた。お祭りの音もその時ばかりは突然やんで、聞こえるのはライルの声だけだ。
身構える余裕もなく、次の瞬間、タカオの視界は青い空が広がっていた。そして草の上を豪快に転げる衝撃とその音に、驚くよりも呆然するだけだった。
呆然と見つめていたのは地面だった。芝生は茶色と緑が入り混じった色を重ねながら、この庭を覆っていた。その芝生の上には赤茶に染まった落ち葉が所々にあって、触ればそれは乾いた音を響かせる。
タカオはようやく音が戻り始めていた。それは落ち葉から始まり、お祭りの音楽に移り、そしてやっとライルの声に追いつく。
「痛みますか?」
何秒か前に言われたはずの言葉。けれど、タカオはそれをいつ聞いたのかさえ分からない。それほど混乱していた。 
ライルへ視線を向けると、彼はタカオに後ろを向いたまま振り向くように顔を横に向けていた。けれど、彼はタカオを見てはいなかった。
混乱したままタカオは立ち上がると、体のいたる所が痛むことに気がついた。
「え、ええ、腕と、腹と、あとは……」
痛む場所を丁寧に探していく、喋ると口の中に草や砂が入っていてじゃりじゃりと不穏な音を響かせ、さらに鉄の味がして気分が悪くなる。
「もっと基本からはじめないといけませんね」
ライルはタカオの話を一切聞くそぶりも見せず、顔色ひとつ変えることもない。タカオは裏庭に出てからのライルの豹変ぶりに驚き、次の衝撃で自分は死にはしないかと混乱していた。
「では、始めましょうか」
そして再びライルのあの言葉が聞こえた時、まるで何かのスイッチが入ったような気持ちになる。そしてタカオはやっと悟った。
見える危険など、そうそうありはしない。命を脅かすような危険は、いつも見えないところから突然にやってくるのだということを。
守ってもらう事しかできない、今のままでは立ち向かうことすらできない自分を変えたい。タカオにはそれだけだった。それに、この森へ戻ってきたのは、自分の意思で立ち向かおうと決めたからだ。
ライルをまっすぐに見つめるタカオの瞳は、片方は黒く、片方は金色で、きらきらと輝いていた。その両の瞳からはタカオのまっすぐな気持ちが見える。
ライルもしっかりとタカオを見つめた。その瞳には最初にみたライルの鋭さがきらりと光るのを見て、タカオは怖くなったのも事実だった。
「分かりました。厳しいですよ。私は」
タカオはごくりと唾を飲み込んで小さく頷く。ライルはタカオに聞こえないほどの小さな声でそっと呟いていた。
「まあ、あなたなら、もしかしたら……」
午前中の、強くなり始めた日差しの中、タカオとライルは裏庭に出ていた。お祭りの音はいまだに聞こえ続けて、タカオが精霊でないと分かっても終わりそうもなかった。
冷たい風に乗って、森の香りが通りぬける。少し肌寒い風がタカオの左手首のゆるくなった包帯をなびかせた。
「痛みますか?」
包帯に気がついたライルは静かに見極めるように見つめた。
タカオは裏庭の側にある、いっせいに伸びる森の木々をじっと見つめていた。森の向こうは木が生い茂り、ここからは森の向こうを見ることは出来ない。それは、森の向こうから来る危険も見えないということだ。そんなことを考えていた。
ライルの言葉に我に返ると、タカオはゆるくなった包帯を巻きなおした。
「傷はもう治っているんです。お守りみたいなもので、巻いていると安心するんです」
タカオの言葉にライルは短く「なるほど」と、答えただけだった。
「では、始めましょう」
ライルの鋭い声は、まるで空間を裂くように響いた。お祭りの音もその時ばかりは突然やんで、聞こえるのはライルの声だけだ。
身構える余裕もなく、次の瞬間、タカオの視界は青い空が広がっていた。そして草の上を豪快に転げる衝撃とその音に、驚くよりも呆然するだけだった。
呆然と見つめていたのは地面だった。芝生は茶色と緑が入り混じった色を重ねながら、この庭を覆っていた。その芝生の上には赤茶に染まった落ち葉が所々にあって、触ればそれは乾いた音を響かせる。
タカオはようやく音が戻り始めていた。それは落ち葉から始まり、お祭りの音楽に移り、そしてやっとライルの声に追いつく。
「痛みますか?」
何秒か前に言われたはずの言葉。けれど、タカオはそれをいつ聞いたのかさえ分からない。それほど混乱していた。 
ライルへ視線を向けると、彼はタカオに後ろを向いたまま振り向くように顔を横に向けていた。けれど、彼はタカオを見てはいなかった。
混乱したままタカオは立ち上がると、体のいたる所が痛むことに気がついた。
「え、ええ、腕と、腹と、あとは……」
痛む場所を丁寧に探していく、喋ると口の中に草や砂が入っていてじゃりじゃりと不穏な音を響かせ、さらに鉄の味がして気分が悪くなる。
「もっと基本からはじめないといけませんね」
ライルはタカオの話を一切聞くそぶりも見せず、顔色ひとつ変えることもない。タカオは裏庭に出てからのライルの豹変ぶりに驚き、次の衝撃で自分は死にはしないかと混乱していた。
「では、始めましょうか」
そして再びライルのあの言葉が聞こえた時、まるで何かのスイッチが入ったような気持ちになる。そしてタカオはやっと悟った。
見える危険など、そうそうありはしない。命を脅かすような危険は、いつも見えないところから突然にやってくるのだということを。
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