契約の森 精霊の瞳を持つ者

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28.

「ここ最近、お茶を淹れるなんてことなかったの」


 レノは手に持ったお茶をみて、小さなため息をこぼした。タカオが食器を洗い終える頃には、レノは丁寧に陶器のポットにお湯を注いでいた。


「しばらくほうっておくとね、家の中って力を失うのよ。まるで誰も住んでいないみたいな空気になるの」


 白い湯気と、こぽこぽとお茶の葉に落ちるお湯の音があまりにも心地よくて、その時にはタカオはぼんやりと聞いているだけだった。


「私達も同じだわ。ほうっておくと無くなっちゃうのね。生きてゆくちから……」


 タカオはその時になってやっとポットから目を離した。レノは笑っているけれど、本当は笑っていなかった。


 レノは何事もなさそうにお茶を木のおぼんにのせて、先程のご飯を食べた部屋へと移動した。この部屋に来るとお祭りの音がよく聞こえる。ライルがタカオが精霊ではないと話したら、このお祭りも終わるのだろうか。


 そんな事を考えながら、レノに勧められるままにタカオはお茶に口をつけた。なんとも言えない、不思議な香りが鼻を突き抜ける。タカオにはそれが何の香りか分からなかった。


 分からないけれど、特に迷う事もなく口に入れた。初めは味もなんだか分からず、美味しいのか不味いのかすら分からなかった。けれど、次の瞬間には顔をぎゅっとすぼめて可笑しな顔をしてしまうほどだった。


「すっぱいでしょ!」


 そう言うレノもまるで発生練習の時の「い」の表情のまま笑っていた。


「なんですかこれ!?」


 まだ口の中に残っている微かな残りすら酸っぱくて、気を付けなければ今にも口から出そうだった。


「この村の名物のお茶なの。これを飲むとね、元気が出るのよ」


 そう言っている時のレノはまだ「い」の顔をして笑っていた。


 元気が出るかどうかは謎だが、このすっぱさは目が覚めるほどの衝撃を持っていた。お茶による効果なのか、タカオはレノの言葉を思いだしていた。


ーー久しぶりにお喋りしたから……。


ーー最近はお茶を淹れるなんて事なかった……。


「もしかして、シアは病気なんですか?」


 タカオはいたって真面目な顔で、突然そんなことを聞いた。レノは目を丸くして、タカオを見つめ返す。


「病気?」


 それからレノは少し考え込むようにタカオから目を離すと、カップをテーブルに置いた。タカオは心配になって立ち上がりそうな勢いで早口で言う。


「さっき、久しぶりに喋ったから疲れたって。喋れないほど重たい病気だったんですか?……でもさっきは普通に喋ってたのに。まさかぶり返したんじゃ!?」


 タカオはカップを置くとレノの言葉を待った。レノは不思議なほど静かだった。

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