契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

26.

「つまり、誰かが水の精霊を陥れたという事ですか?」


 ウェンディーネが村を襲ったと思っていたのに、実際は闇の者が襲っていたなんて。タカオはその話についていくのがやっとだった。


「でも、強力な力をもつ精霊をどうやって?」


 そんな事が可能なのだろうかとタカオは疑問に思った。闇の者でさえ精霊には手が出せないはずなのに。


「精霊には、殺し方があるんです」


 ライルは淡々と、まっすぐにタカオを見てそう言う。タカオは無意識に唾を飲み込んでいた。シアはもう聞いていられないという風に、椅子から降りて母親に抱きついた。


 ライルは窓の外に視線を移して、はっきりと言い放った。眉間に皺が寄り、言葉にするのもうんざりとしているような嫌悪感がにじみ出ている。


「簡単ですよ。精霊に森の住人を殺させるんです」


 窓の外では陽気な音楽が響き、茶色に葉をつけた木や、この寒さでもまだ緑色の葉をつけた木々がざわめくように揺れていた。


「精霊は契約により、実体を手に入れます。森の住人を殺す事は契約を破棄する事となり、精霊はその実体を失うんです」


 ライルは契約について、どうしてこんなにも詳しいのだろうか。タカオはどこかでそんなことを考えていた。


「たしか、エントからも聞いたことがあります。実体を失えば、力はあっても弱いって。でも、じゃあ、水の精霊は森の誰かを殺して実体を失った……?」


 ライルはため息をついた。レノは辛そうなシアの手をとって別の部屋へ向かう。


「それも、罠だったと私は思います」


 ライルの顔はどこか無表情に近い。まるであの写真の前にいる時のように。


 タカオは素朴な疑問にぶつかっていた。


「どうして精霊に襲われたなんて嘘をついたんだろう。そんな必要どこに……」


 タカオが言い終わらない内に、ライルは我に返ったように力強く言葉を遮った。


「あります。精霊が1人減るだけで、闇の勢力は増します。精霊への不信感を抱かせ、各地の精霊も同じように精霊殺しを吹き込めば」


 そこまで聞けば、タカオでもその闇の者の企みを知る事ができた。


「精霊は力を失い、王家を滅ぼす事ができる」


 そしてそれは、森の住人が闇の者とつながっているという事を明らかにした。


「ええ、自分達の手を汚すこともなく。そして王家は滅び、今やこの森 は、死の森になってしまった。森に入れば生きては出られない。最近は、森でなくても危険な状態ですが」


 ライルの言うような事を想像するだけで、タカオは胸の奥がざわついた。闇の者は森の住人をも操っている。タカオには想像もできないほど恐ろしい時代がこの森に存在していた。そしてそれは、今に続いている。 


「でもその話だと、森の住人に裏切り者がいるという話にもなりますよね」


 タカオはやっと椅子に座り直し、気になっていた事を聞いた。ライルは目を伏せて答えづらそうにしている。


「ええ、考えたくはないですが。闇の者に指示されて実行した者がいる事は確かですね」


 タカオは無意識に唾を飲み込んだ。


「見つかっているんですか?その、裏切り者は」


「いえ、いまだに精霊が村や街を破壊したと信じている者ばかりです。裏切り者を探し出す状況ではないのですよ」


 ライルは疲れたように微かに笑って言う。ライルの言葉にタカオは言葉を失った。恐ろしい出来事からすでに多くの時間が過ぎている中で、犯人なんて探し出す事は困難だろうと思う。

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