契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

14.

 視界が悪い道を、どちらに進めばあの森に着けるのだろうかと悩んでいると、左へ進む方に白い影のようなものがあった。うっすらと霧がかかるなか、そこだけ濃いもやが漂っていた。


ーーここはまるで、夕闇の中みたいだ。


 すべての物事が曖昧になる時間。


 タカオは一瞬体を強ばらせたけれど、それが何かは分かっていた。そして恐る恐る声を出した。


「もしかして、あの神社の神様、ですか?」


 もやに話かけるなんてどうかしている。けれど、そうせずにはいられなかった。今は、まわりの木々にさえ意識があるような気がしていた。


 ぼんやりとした白い影は、見れば見るほど姿をはっきりとさせていく。


ーー見ようと望むから、見えるのかもしれない。


 そんな不思議な感覚を抱きながら、その白い影を見つめる。それは真白い毛の狐のような姿になると、その息づかいさえ聞こえるのだ。


 そのたたずまいや、瞳の輝き。狐の姿をした、狐ではない何か。そう表現する以外に、どう言うべきかタカオには分からなかった。言えることは、目の前にいるのは白狐以外の何ものでもないと言う事だ。


『神だと?いいや……違う』


 白狐は口に何かをくわえたまま、口も動かさずに答え、ゆっくりとタカオに近づいた。白い毛が光を放つように輝く。


『私達は使者だ』


「使者? 神の使いってことですか?」


 タカオは無意識に後ろに一歩下がった。


『使者、使徒、神使い……人間達は私達をそう呼ぶ』


 そう言いながら、白狐はタカオとの距離を縮めていく。


 タカオがさらにもう一歩後ろに下がると、白狐はようやく止まった。


『この地の神は、ここにはいない。このまま戻らなければ、この地はこのまま衰えるだろう』


「どうしてそんな話を……?」


 白狐は口にくわえていた木の箱を地面に置き、タカオを真っ直ぐに見て答えた。


『頼みがある。御先神みさきかみにこれを渡してほしい。そして戻るように伝えてくれ』


 白狐はそれだけ言うと、道のない山の中に飛び込み姿を消してしまった。タカオは慌てて白狐の消えた方向に叫んだ。


「ミサキ神って一体何ですか?どこに行けば……?」


 白狐は姿を現さずに声だけをタカオに聞かせた。


『御先神はお前達の森にいる。あの神社の神となり、人間にイヅナと呼ばれ焼き出された神だ』


「……それって」


やはりイズナの事なのか。タカオはそう思わずにはいられなかった。


『私達は、あの森へは踏み入ることはできない。必ず、伝えてくれ』


 白狐はその言葉を最後に、2度とタカオに語りかける事も姿を現すこともなかった。

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