契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

13.

「え!?聞き取れなかった!何だよ?びゃ……?」


 松嶋はしかめ面でそう言ったけれど、タカオは神社の奥から目が離せず、その表情に気が付く事はなかった。


「松嶋さん。俺、行ってきます」


 松嶋を見ることなく、タカオは神社の奥を見つめたままそう言った。


「行くってどこにだ?便所か?」


 松嶋らしい抜けた問いに、タカオはおかしくなって笑った。


 あの白狐について行けば、もうここには戻れないような気がして、タカオは松嶋に振り返った。


「すぐ戻ります!どうしても行って、全部の用事を済ませたいんです!今日みたいに後悔しない為に」


 タカオの言葉に松嶋は不思議そうな顔をした。


「……?……ああ、分かった分かった。また倒れたら俺が見つけてやるから、とっと済ませてこい!」


 松嶋らしい返事にタカオはまた嬉しくて笑った。
 松嶋は松嶋で、「便所くらいで大げさだな」そう呟いて首を傾げていた。


 松嶋に別れを告げると、神社の裏手にタカオは急いだ。けれど、神社の裏に白狐の姿はなかった。


 そもそも見間違いだったのだろうかと思っていると、神社のちょうど裏に当たる場所には、山に続く階段があった。急な傾斜の石畳の階段がずっと上の方まで続いている。幅は子供が上がるのにちょうどいいくらいで、大人が上るには狭すぎた。


 この不思議な光景にタカオは見覚えがあった。


「そうだ。ここを上ったんだ」


 あの日の事をありありと思い出す。あの日と言っても実際は今日なのだけれど。


 あの森に入る前、タカオは確かにここにいた。思ったよりも早い時間にバス停に着き、興味本位でこの神社を訪れ偶然見つけたこの階段を上ったのだ。


 その後は霧に包まれて、あのゴブリンに会うまで霧の森を歩き続けた。


 タカオは迷わず階段を上った。石畳の幅はとても狭い上に雨でも降ったのか、泥で足が滑る。気をつけないとうっかり転げ落ちそうだ。


 上に行くほど、石畳は雑になり、次第には大きな石になり、両手を使わないと上れなくなっていた。


 今上った所を振り返ってみると、傾斜が急過ぎて、ここを下るなんて命知らずな行為だ。あの時と同じように、すでに戻る事は出来なくなっていた。


 ふと気が付くと、お祭りの音が遠くから聞こえていた。すぐ下から聞こえるはずなのに、それはどこか遠くから聞こえてきたのだ。


 そんな事を気にしながら上がりきると、道は左右に真っ直ぐに伸び、視界の全てにうっすらと霧が立ちこめていた。やはりあの時と同じように。

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