契約の森 精霊の瞳を持つ者

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10.

御先稲荷おさきとうがっていうのよ!白狐びゃっこの事よ!」


 女将さんは掲げていたタオルを首にかけると、タカオに勢いよく言った。その目は輝いて、表情はとても楽しそうだった。どうやら取り憑かれたわけではないと知り、タカオはほっとした。


 奇声でも上げられたらどうしようかと、最悪の事態を想像してしまったから。


「なんですか?それ」


 タカオは、なにやら楽しそうにしている女将さんにやっと質問した。


「このあたりはね、昔、白狐が目撃されているの。そうよ、そうなのよ!」


今のが説明だとしても、タカオには女将さんの言いたい事がさっぱりと分からなかった。


タカオの脳裏をかすめたのは、松嶋と女将さんは血のつながりがあるのかと思うほど、性格が似ているという事だった。


「びゃっこ、ですか……」


 白狐と言われても、タカオにはどうもそれが何か分からなかった。白い虎の白虎のイメージを膨らませていたほどだ。


「そうよ、だいぶ前に聞いた話だから忘れていたけど、大昔に白狐を目撃したのをきっかけに、あの神社を建てたのよ。元々はありがたがって豊作のお礼に建てたとか、なんとか」


 女将さんは昔の記憶を思い出すかのように、固く目を閉じている。




「じゃあ、あの神社で祀っているのは……」


 そう言うと、女将さんの目は突然に見開きタカオを驚かせた。


「白狐ね!白い狐と書くのよ。文字通り白い毛の狐のこと」


 ほう、と感心していると、玄関の方から女将さんを呼ぶ声がした。おそらく近所の人だろう。話もこれでお終いかと思っていると、女将さんは去りぎわに言った。


「誰かしらね。まあ、お祭りに白狐がいたらちゃーんとお願いしといてね!」


 女将さんの言葉に苦笑いで応えたタカオは左手で頭を掻いた。


玄関の方では、再び女将さんを呼ぶ声が聞こえる。聞こえているのか、聞こえていないのか、女将さんは玄関へは行こうとはしなかった。それはタカオの左腕のせいだった。


「あら、怪我してるの?まったく、ボロボロじゃない!まるで何日も旅したみたいねぇ。お祭りから帰ってきたら新しい包帯巻いてあげるわ!」


 女将さんが言い終わらないうちに、玄関ではまた呼ぶ声が聞こえる。


「もう、うるっさいわねー!そんなにデカい声出さなくても聞こえてるわよ。ちょっとくらい待ちなさいよ。まったく……」


 そう言うと玄関の方に消えてしまった。タカオは一人、女将さんの言葉に動揺していた。


 左腕を見ると、確かに長袖のワイシャツの袖は破かれたように引き裂かれ、そこから汚れてよれよれの包帯が見えていた。ここ何日も巻いたままだったせいで、タカオは気が付きもしなかった。

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