契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

5.

「へ?」


 予想しなかった結末にタカオは変な調子の声が出た。


「燃やしたんだ。神社ごと」


 言い聞かすように、松嶋は同じ事を繰り返す。


「でも、たしか、稲荷神は?」


 穀物の神を祀っている神社に火をつけるなんて、タカオには理解ができなかった。


「一緒に燃えただろうな。酷い話だろ?」


「今まで崇めたものに火をつけるなんて、どんな気分なんですかね。それで、イヅナは退治出来たんですか?」


 タカオの質問に松嶋はいきなり両手を叩いて、大きな音をだした。おかげで、すれ違う人達に迷惑そうに睨まれた。


「それが、不作の原因はイヅナじゃなかったんだ。その年は異常気象のせいで全国的な不作の年だったらしい。あの地域はその異常気象の影響をまともに受ける地域だったんだ」


「じゃあ……!」


 タカオは思わず結論を急いだ。


「イヅナなんて妖怪はいなかったんだよ。あの辺りにはな」


 松嶋はタカオが言う前に言葉を発した。


「不作の年を耐えていれば、また豊作の年が来るはずだった。けれど……」


 タカオ達は会社のエントランスに入り、エレベーターホールへ向かう。エレベーターが到着した事を知らせる音が鳴ると、タカオは全てを分かったように言った。


「いるはずもないイヅナを退治しようとして、稲荷神を燃やしてしまった……それで!今でもあの辺りには稲が育たないんですね!」


 エレベーターの扉が開き、沢山の人が降りてくる中で松嶋は悔しがっていた。


「それ!俺のセリフだろ!……おいしいとこ持って行きやがって!」


 冗談かと思えば、どうやら本気で悔しがっている姿にタカオは笑った。


「松嶋さんの話って回りくどいんですよ。休憩終わりますよ」


 上に昇るエレベーターの中で、そう笑うタカオは松嶋に睨まれ、先ほどの言葉をすぐに撤回した。エレベーターは松嶋の威厳のある睨み一つで和やかな雰囲気で昇って行った。






 気が付けば、蝉は疲れ果てたような鳴き声だった。まだ暑さは続くのに、それはまるで夏が終わるような気持ちになる。


「まだ、これからだっていうのに」


 毎年の残暑の辛さを思い出して、神社の隅でタカオは一人で呟いた。この神社の話はあれ以降、松嶋とはしていなかった。今のタカオにとっては、その話に出てくる"イヅナ"という言葉が引っかかっていた。


 あの"イズナ"と関係があるような気がしてならないからだ。けれど、そう考える度に疑問が膨らむ。あの森そのものに対しての疑問。


――あれは全部、夢だったのか?

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