契約の森 精霊の瞳を持つ者

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28.

 湖の水面には、ウェンディーネがいた。雲ひとつない、星が輝く夜空を仰ぎ見ていた。


「……行ってしまったのか……」


 その声にウェンディーネは振り向くと、木の梢には緑色の人らしき者がいた。


「ああ、今な」


 ウェンディーネは驚きもせずに答えた。


「礼を言わねばならないな、色々、助かった」


「……霧ぐらいなら……いつでも止めてやるさ……」


 緑色の人は一歩、また一歩と、湖に近づいていく。まるで警戒しながら歩く獣の足音のように、微かな音だけが聞こえる。


「それだけじゃない」


 ウェンディーネはしばらく黙り、言葉を続けた。


「タカオが、"変な果実"を食べたと言っていた」


「……アイツ……あの貴重さが分からないようだな……」


 緑色の人は相変わらず単調な声で言う。その言葉にはどれも感情が込められていないような響きがある。相変わらずの単調さにウェンディーネは顔を緩めた。


「そうだな。アイツは何も分かっていない」


 そう言い、珍しく少しだけ笑っていた。


「……あの果実を食べたなら……少しずつでも分かるはずだ……」


「待つしかないな。全てを知るまで」


「……全てを知ったら……」


 その言葉の後は、葉のざわめく音が通り過ぎて行った。


「それでも、湖の中での言葉を私は信じようと思う」


「……どんな言葉を……」


 ウェンディーネは答えるかわりに微笑んだ。きっとそんな風に笑顔を見せるのは100年ぶりだろう。


「ありがとう。それを言いたかった。木の妖精さん……」


 そう言うとウェンディーネは空に向かって跳ね上がり、まるで空を飛ぶように両腕を広げた。次の瞬間にはウェンディーネは水になり、それは雨のように辺りに降り注いだ。


「……そんなかわいいものじゃないだろう……お互いに……」


 ドリュアスは耳の後ろを掻きながら小さく呟くと、一番高い木の枝に上った。そこで寝転び、満足げに微笑むと目を閉じた。


 ウェンディーネの湖は夜空の星を浮かび上がらせ、一層に美しさを増していた。辺りの木々には雫が輝き、フクロウは木に戻り、虫が鳴きはじめ、どこかで足音を忍ばす動物も戻ってきた。ここにはやっと、命が戻ってきていた。


















 オンディーヌ。守れなくて傷つけたな。許せとは言わない。この体も意識もまだ未熟だ。


『それでも、必ず、君を守ると誓うよ』



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