22.

　タカオが湖に消えてからしばらくすると、辺りは夕陽で暖かい色に包まれていた。それはあまりにも美しくて、悲しい景色だった。湖は静けさに満ちている。けれど、湖の中で何かが一瞬だけ光を放った。


　ジェフはそれに気がつくと湖に近づいた。すると突然、湖の水は噴水さながら一気にはじけるように空に向かった。それは緑色の風と共に空に向かっていた。


「わぁぁぁぁ！」


　ジェフは驚き、バランスを崩し、後ろに尻餅をついた。イズナと男も、ジェフと同じように湖の水を見上げた。


「大地の契約……」


　イズナはその風を見て、ほっとしたように呟いた。空から落ちてくる水は、夕陽に染められ輝いていた。湖では中央の水が盛り上がり、それはゆっくりとジェフ達の所へ向かっていた。


「な、なに？」


　ジェフは急いでグリフの元へ向かう。しかし、グリフが目を開ける事はなかった。水の盛り上がりはジェフ達に近づく度に、姿をはっきりとさせていく。後ろに夕陽が沈みかけ、逆光でよくは見えなかった。


　湖のぎりぎりまで来た時、ジェフ達にはそれが髪の長い女性だと分かった。それは言葉を失うほど美しい、水の精霊だった。


　体よりも長い金色の髪の毛は夕陽で黄金に輝いている。肌は透き通るほど白いのだろうが、今はここにいる全員、同じ夕陽色だった。黄金の瞳は何もかもをら見通しているようで、その全てが優雅だ。


　先ほどのウェンディーネとはまるで繋がりを見いだせないほどだった。


「これが、本当のウェンディーネ？」


　ジェフは口を開けたまま呆然と見つめた。ウェンディーネは掴んでいたタカオを草の上に投げ出した。まるで、捕らえた魚を陸に上げるように、やすやすとタカオは放物線を描いて投げ出され、草の上に転がった。


「タカオ！！」


　ジェフは急いで近づくと、何かに気づき、息を飲み込んだ。


「どうしたの？」


　イズナはグリフの側を離れなかった。男はタカオに近づくと、静かに帽子の鍔に触れた。


「息、してないよ……」


　ジェフは涙を浮かべてウェンディーネを睨むように見つめた。ウェンディーネは静かに陸に上がり、ゆっくりとタカオに近づいて行く。


　ウェンディーネはジェフ達を見ても、笑顔を見せるわけでもなく、怒った表情ですらなかった。ただただ、無表情で、何を考えているか分からない恐怖をジェフ達に与えた。