契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

3

 放心したエントや、他の者に背を向けてコダは歩く速度を速めた。正面玄関に止めていた二頭の馬に近づいた時だった。


「もう行ってしまうの?」


 振り返ると、アレルが玄関の片方の扉によりかかって立っていた。手を止めずにコダは聞いた。


「あんた、サラが消えたことを知っていたみたいだな」


 アレルは目を見開いて、わざとらしく驚いていた。


「あら、今知ったのよ。私が行ってしまったと言ったのは、契約を交わした者のほうよ」


 コダは何も喋らなかった。


「ところで、行くあてはあるのかしら?」


「さあな」


 するとアレルは満足そうに、辺りを伺い小声で言った。


「サラがどこに行ったのか、契約を交わした者がどこにいるのか。私なら教えてあげられるわ」


 コダは無表情でアレルを見る。


「悪いが、自分で見つける」


 きっぱりと力強く言うコダにアレルは困惑しているようだった。


「賢明ね」


 彼女は戸惑い、少し怒ったようでもあった。コダは馬にまたがると、出発しようとした。アレルは慌ててコダに近づくと、小さな背を高くしてコダに白い封筒を差し出した。受け取ろうとはしないコダに、アレルは呆れたように言う。


「あなたにじゃないわ。タカオに……契約を交わした者に渡してちょうだい」


 それを聞いたコダが腕を伸ばしてそれを受け取った時、馬がため息をついて白い息が闇に溶けた。


「もし、それを無くしたり、捨てたりなんかしたら……」


「届けよう。そのタカオがどうするかは知らんがな」


 アレルはにっこりと笑う。


「捨てたりなんかしたら、呪うわよ。そう伝えてちょうだい」


 コダはそれを胸ポケットにしまうと、帽子の鍔を軽く触った。そしてコダを乗せた馬は走り去って行った。


「頼むわよ……」


 アレルはそう小さく呟き、しばらく馬の走り去る音を聞いていた。






 暗闇の中を二頭の馬が走り抜けて行く。先頭の馬はコダを乗せて、後方の馬は荷物を乗せていた。それを追うように、後ろの夜空から鷹が現れた。


 風を切り自由に体を動かしコダに近づいて行く。その瞳は片方は深緑色で、片方が金色に輝いていた。


 急速に高度を下げ、コダに急接近すると、羽をほんの少し操作して馬のスピードに合わせた。コダはちらりと見ると、鷹に言った。


「グリフを探せ!」


 鷹はまるで言葉を理解したように、高い鳴き声を上げた。そして地面と水平にしていた翼を、風を受けるように垂直にした。風を受けふわりと上昇すると、風を操るように旋回しながら高度を上げていった。


 振り返りながら、それを見ていたコダは帽子が飛ばないように押さえていた。


「相変わらず、シルフの加護を受けてやがる」


 にやりと笑うと前を向き、いつになく真剣な眼差しで前だけを見ていた。

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