契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

22.

 食堂から出ようとしたその時、ちょうど食堂と廊下の境目の所でタカオは後ろから腕を掴まれた。強く掴まれた反動で体は後ろに少し戻されるような形になり、驚いて体ごと振り返るとアレルだった。


 今度は一体何だろうかと考えていると、アレルは微笑んで言うのだ。


「出て行く前に、サラにお別れの挨拶をしていらっしゃいな」


 卵になってしまったサラ。もう一度会いたいとタカオは思ったが、孵化する時には自分はいることはできない。タカオは無言でうなずくと、アレルは急に真面目な顔になって付け足した。


「もうここへ、戻って来てはいけないわ」


 アレルはそう言うと鼻歌を口ずさみながら、倉庫とは逆の方向へと消えて行った。アレルの奇行は今に始まった事ではないし、あまり気にも止めなかった。もう戻れないのなら、たしかに最後にサラに会いたかった。


 タカオは食堂の混乱を背に、倉庫へと走る。食堂を出て突き当たりを曲がり、外の扉へと出る。思えば左目に違和感を感じたのは、ここで葉の雫が落ちてきたからだ。


ーー雫か。


 タカオは頭を整理しながら倉庫に入ると、たまごは先程と同じ場所に置いてある。倉庫には誰もおらず、扉を閉めていると相変わらずの暗さだ。


 タカオが開けた扉から光が差し込むと、サラのたまごはその光を跳ね返して眩しいほどだった。たまごに触れると、それはまるで氷のように冷たい。


「サラ、これから森に行く。もし君が目覚めたら、精霊を説得してくれないか?呪いをかけるのは止めてくれって……」


 そこまで言うと大きなため息をついた。何をやってるんだろうと、タカオは自分に呆れた。


「これからどうなるんだろう。……最後の言葉が愚痴なんて我ながら酷いよな」


 そう言うと、もう片方の手もたまごに乗せた。


「さようなら、サラ」


 そう言い残すと倉庫を後にした。タカオは気がつかなかった。怪我の手当てをしても、血は微かに滲みでていた。それがサラの卵についていたことに。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品