契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

19.

 エントに挨拶をする為に食堂へ行くと、和やかだった空気が一瞬止まった。タカオは気にせずエントのほうまで歩いて行くと、和やかな空気はふと、止まった時間を埋めるようにまた何事もなく始まった。

何人かはちらちらとタカオを横目で盗み見ていたりもした。タカオは今や、みんなの興味の対象になっていた。

「エントさん。色々助けて頂いてありがとうございます。これからここを出ようと思います。もし、帰る方法があるのなら教えてもらえませんか?」

 タカオの言葉を聞いていた者達は、微かに驚きの声を上げた。エントも驚いて、フォークで口に運ぼうとしていた卵を皿の上に落としてしまった。

「な、何を言っているのか分かっているのか?あの森に出たら1人では生きていけん」

 エントはフォークを置いて愕然とした様子でタカオを見つめた。

「これ以上、迷惑はかけられません」

 タカオの意志は真っ直ぐで、折れる事はなかった。その真っ直ぐさは森の木と同じくらい太くてしっかりとしたものだったのはエントだけでなく他の者にも伝わった。

 それでもエントは必死にタカオを止めようとした。

「君はここにいるべきだ。森に行けば命を危険にさらすだけだと分かっているだろう。帰る方法と言うのも、まだ分からんし……こんなケースは沢山あるような事じゃないのだよ」

 エントは一気にそう言うと、息を吐いた。

「とにかく、森に出る事はわしが許さん。それに例え帰る方法が分かっても、まだ帰る訳にはいかないだろう?」

 最後の言葉はタカオにだけ聞こえるように小声で言った。確かに精霊に呪われたまま帰るわけにはいかなかった。

 けれど自分がいる事で、ジェフやジェフの母や、ここの人達が危険にさらされるのは堪える事が出来ない。それならいっそ、誰もいない森で1人で呪いを受けるほうが少しはマシのように思えたのだ。

ここに残るという意志は、全く無い。それを伝えようと口を開いた時だった。

「あら!帰る方法なら、あるんじゃないかしら?」

 聞き覚えのある声が突然、楽しそうに大きく部屋中に響いた。その声はさっきのお節介なおばさんだと、タカオはすぐに気が付いた。何を話しても楽しそうに聞こえる癖や、それがなぜか人の神経を逆なでする独特のこの空気は彼女しか出せないものだ。

 アレルは白に近い金髪をしていて、少しふくよかな女性だった。ぱっちりとした深緑色の瞳でタカオを見るとアレルはにっこりと微笑んだ。

 いつも笑顔を絶やさなかったのだろうかと思うほど、目尻には皺ができ、それと同じように顔中のいたる所に笑い皺を走らせていた。

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