契約の森 精霊の瞳を持つ者
7.
先ほどの衝撃の後は、木のかけらが落ちてくるだけだった。木のかけらは乾いた音を立てて降ってくる。吊るされた沢山のランプ達が止まる事が出来ずに、それぞれが思うように揺れ、微かな悲鳴のような音を出していた。
その静けさの中、大きな衝撃が再び襲った。衝撃と同時に天井が崩れ落ちるように歪む。天井が迫ってきていると目を閉じかけた時、それは急に上に引っ張られるように離れていく。木が、板が、家具が、ばきばきと豪快な音を立てて壊れていく。
その時、ほんの一瞬だけ、白く光る鋭い牙のようなものが見えた気がした。思わず目を疑ったけれど、それはすぐに見えなくなった。
天井には炎が勢いよく現れ、あっという間に包み込んでゆく。そして一気に燃え上がり、吊り下げられていた沢山のランプ達は予測できない所へ落ちていく。まるで小さな爆弾のように次々と落ち、そして割れた。
そのランプからも火は移り、そこらじゅうで木の床や壊れた家具に燃え広がった。ついにテーブルの上に最後のランプが派手に落ちて割れた時、ようやく危機感を感じた。ドワーフも驚いた様子で椅子から落ちかけていた。
この場から離れなければならない。それなのに、体はまるで鉛のように重たかった。いや、重たいなんてものではなかった。感覚が消えていたのだ。
手も、足も動かない。かろうじて動かせたのは頭だけだった。その時になって初めて、体が動かないことに気がついた。
思えばドワーフの料理を食べてからだ。体に異変が起こったのは。そんな事を考えている間に気持ちだけが先走る。とにかく、ドワーフ達にこの状況を助けてもらおうと顔を向けると、
「ちっ!またあいつらだ。せっかくの獲物が!」
今までに聞いたことのないような低い声が聞こえた。喋っていたのは、あんなに優しかったドワーフだった。彼らは険しい顔つきで別の出口に向かっているところだ。
ドワーフの奥さんが最後に言い放った言葉が、はっきりと聞こえた。
「こんな人間、薬なんか使わないでとっとと喰っちまえばよかったんだよ!!」
低い耳障りな声で叫びながら、彼らは消えていった。ようやくドワーフの不気味な笑みの意味を知る。
けれど、どちらにしても同じだったのかもしれない。ドワーフに食べられてしまうのも、この炎に焼かれてしまうのも。あの霧の森で飢えて倒れるのも。結局、結末は同じだった。違うルートで歩いただけだ。
木の家は今だに勢いを増して燃えている。熱風が辺りを渦巻いて、いよいよ息が苦しい。床の炎も、テーブルの炎も、天井の炎も容赦なく広がっていく。最初から最後まで、状況なんて掴めないまま意識は遠いていくようだった。
ソファーに腰掛けて炎を見つめるしかできないでいると、その視界に少年が現れた。「助けてくれ」そう言いたのに口は動かない。顔の筋肉一つだって動かせやしなかった。
炎の中の少年と目が合った時、こんな状況でもその瞳がやけに美しいと思った。美しい深緑色の瞳が見下ろしていた。
炎は勢いを増すと、少年の瞳の色を黄金に輝かせた。とても美しい瞳なのに、ひどく悲しそうだ。そしてふと、考えていた。
心のバランスはやはり崩れて、ほとんどが絶望に塗り替えられた。微かに残る希望は、少年に対してだった。
絶望のほとんどはドワーフに対しての怒りと悲しみだ。こんな死ぬ間際にドワーフ達に腹を立てることほど虚しいものはないような気がする。
この少年には、あればいい。
絶望の中でしか掴めない希望が、救いが、きっとある。だから大丈夫だ。悲しまなくていい。
薄れゆく意識の中で、そう呟いた。
その静けさの中、大きな衝撃が再び襲った。衝撃と同時に天井が崩れ落ちるように歪む。天井が迫ってきていると目を閉じかけた時、それは急に上に引っ張られるように離れていく。木が、板が、家具が、ばきばきと豪快な音を立てて壊れていく。
その時、ほんの一瞬だけ、白く光る鋭い牙のようなものが見えた気がした。思わず目を疑ったけれど、それはすぐに見えなくなった。
天井には炎が勢いよく現れ、あっという間に包み込んでゆく。そして一気に燃え上がり、吊り下げられていた沢山のランプ達は予測できない所へ落ちていく。まるで小さな爆弾のように次々と落ち、そして割れた。
そのランプからも火は移り、そこらじゅうで木の床や壊れた家具に燃え広がった。ついにテーブルの上に最後のランプが派手に落ちて割れた時、ようやく危機感を感じた。ドワーフも驚いた様子で椅子から落ちかけていた。
この場から離れなければならない。それなのに、体はまるで鉛のように重たかった。いや、重たいなんてものではなかった。感覚が消えていたのだ。
手も、足も動かない。かろうじて動かせたのは頭だけだった。その時になって初めて、体が動かないことに気がついた。
思えばドワーフの料理を食べてからだ。体に異変が起こったのは。そんな事を考えている間に気持ちだけが先走る。とにかく、ドワーフ達にこの状況を助けてもらおうと顔を向けると、
「ちっ!またあいつらだ。せっかくの獲物が!」
今までに聞いたことのないような低い声が聞こえた。喋っていたのは、あんなに優しかったドワーフだった。彼らは険しい顔つきで別の出口に向かっているところだ。
ドワーフの奥さんが最後に言い放った言葉が、はっきりと聞こえた。
「こんな人間、薬なんか使わないでとっとと喰っちまえばよかったんだよ!!」
低い耳障りな声で叫びながら、彼らは消えていった。ようやくドワーフの不気味な笑みの意味を知る。
けれど、どちらにしても同じだったのかもしれない。ドワーフに食べられてしまうのも、この炎に焼かれてしまうのも。あの霧の森で飢えて倒れるのも。結局、結末は同じだった。違うルートで歩いただけだ。
木の家は今だに勢いを増して燃えている。熱風が辺りを渦巻いて、いよいよ息が苦しい。床の炎も、テーブルの炎も、天井の炎も容赦なく広がっていく。最初から最後まで、状況なんて掴めないまま意識は遠いていくようだった。
ソファーに腰掛けて炎を見つめるしかできないでいると、その視界に少年が現れた。「助けてくれ」そう言いたのに口は動かない。顔の筋肉一つだって動かせやしなかった。
炎の中の少年と目が合った時、こんな状況でもその瞳がやけに美しいと思った。美しい深緑色の瞳が見下ろしていた。
炎は勢いを増すと、少年の瞳の色を黄金に輝かせた。とても美しい瞳なのに、ひどく悲しそうだ。そしてふと、考えていた。
心のバランスはやはり崩れて、ほとんどが絶望に塗り替えられた。微かに残る希望は、少年に対してだった。
絶望のほとんどはドワーフに対しての怒りと悲しみだ。こんな死ぬ間際にドワーフ達に腹を立てることほど虚しいものはないような気がする。
この少年には、あればいい。
絶望の中でしか掴めない希望が、救いが、きっとある。だから大丈夫だ。悲しまなくていい。
薄れゆく意識の中で、そう呟いた。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
140
-
-
111
-
-
2
-
-
34
-
-
37
-
-
70810
-
-
1
-
-
140
-
-
104
コメント