勇者に見捨てられて死んだ大賢者はゴブリンに転生したので、魔王の配下になって魔族の軍勢を率いる大賢者になる

英雄譚

第30話 「女魔王VSアルフォンス 後半」

 

 魔王サリエルが前へと歩み、闘争心を撒き散らしながら楽しげに喋りだした。

「確かにお主を無くしたら、惜しいとは思うのじゃが……だからってお主を最後まで特別贔屓する気は微塵もない。余の命に失敗した仲間は相当なことがなければ咎めたりはせんが、役に立たん配下は簡単に切り捨てたりする」

 なにか悪いことでもしたのか?
 心当たりは無い、無自覚に誰かの癇に障ってしまうことは何度もあったけど。

 例えば勇者ルークとかルークとかルーク。

 思いだすだけで吐き気がしてくる、それはさて置き。

 いつもなら魔王ジョークとか言って鬱陶しい冗談で終わっているところなのだが、完全にサリエルは戦闘モードに突入していた。

 断れば激怒されるのも間違いないし、拒否権はないんだろう。

「お主は先日、あのエビルゴブリン王に敗北した事をまだ根に持っておるな?」

「!」

 図星を突かれ、動揺が顔に出てしまう。

「やはり、そうか。まったく……余の部下であれば、その程度の事でネチネチ悩んだりするでない。この森林の統治者はお主に任せたろう、個人の感情で仕事に支障をきたしたらどうする?  困るのはお主だけではない筈じゃ」

「だけどサリエル様……僕は」

「先ほどの猪狩りもそうじゃ。お主は手を出さずに部下を見守れと命令したというのに、お主は皆を信じようとはしなかった。現のお主には、この森林を任せる事はできん」

 サリエルは肩に担いでいた鎌を両手で握り締め、攻撃をいつでも出来るよう構えた。

「ならば今一度、お主が我が魔王国の民を導けるに値するのか、拳を交えて見定めようではないか!」

 突如とサリエルの鎌から神々しい程の純白な光が放たれ、目が眩んでしまう。

 ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ。

「……うっ」


 耳鳴りなのか、空気の震えなのか、訳の分からない妙な音が聞こえる。
 目を瞑り、それが過ぎ去るのを待つ。

 だが、次に目を開いた時には既に見覚えのない場所へと僕は立っていた。

 北の大地へと訪れた以来の凍える空間。
 見渡す限り、雪の積もった真っ白な野原だけが無限に広がっている。

 薄暗い上空を見上げてみるが、そこには灰色に立ち込めた雪の空だけ。

 一体、どうして自分が見覚えの無いこんな場所にいるのかは分からない。

「かつて、余が初代の魔王の使徒として生まれ落ちてくる前の、お主らの世界には存在しない余の生きていた生前の世界の一部じゃよ」

 いつの間にか、音もなく目の前にサリエルが現れた。
 鎌を肩に担いで、神妙な表情をしながら雪の大地を見下ろしている。
 だけど、どこか悲しげそうな声で語りだしていた。

 この場所に来てしまったのは、もしかして彼女の仕業なのだろうか?

「……この雪原地帯は過去、天使と長きに渡る壮絶な戦いで勝利を掴んだ神聖な場所であった。そして、かつてこの鎌の所有者であった余の友や仲間たちが眠る大切な場所でもあるのだ」

 サリエルは担いでいた鎌を、微かに潤んだ瞳で見つめていた。

「アルフォンス、お主は余によく似ている。だからこそ、その真意を見てみたいのじゃ」

 サリエルは再び、鎌を構えた。
 涙は消え、鋭い眼光で睨みつけられる。
 悪魔にも似たような佇まいで、サリエルは獲物を見定めていた。

 その瞳に反射していたのは僕の姿である。

「分かりました、貴女の決闘を受けましょう」

 もう後には引けないのだ。
 彼女の伝えたい想い、ぶつけたい感情を受け止めなければならない。

 たとえ彼女を主人であると未だ認めていなくても、配下としての務めを果たすのは当然の義務だ。
 いまこそ、ちゃんと互いの事を知らなければならない。

 何度も苦渋を啜ってきた自分だからこそ、誰も信頼しなかった重さを理解しているのだ。

 地をありったけの跳躍力で踏みしめた。
 一方のサリエルは応戦するように鎌を振り絞る。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


 『四強帝の一人である魔王サリエル』
 『ゴブリンとなった大賢者アルフォンス』

 ーー最強と唄われた者同士の決闘が、人知れず切って落とされるのであった。






















「「じゃんけん、ぽん!!」」


 掛け声とともに、僕は手を固めた拳《グー》を繰り出した。
 そしてサリエルも、偶然にも同様の《グー》を出してしまう。

「チッ、あいこか」

 舌打ちをするサリエル。
 しかし、ジャンケンというのは勝者が決まるまで終わる事のない戦略ゲーム。

 相手の思考を読み取り、そして次の手を予想しなければならない高難易度の一般的な遊びである。
 《パー》は《グー》を押し潰し、《チョキ》は《パー》を切断し、《グー》は《チョキ》を粉砕する。

 そうやって勝敗が決まるのだ!!

「「あいこで……」」

(ふん、どうせアルフォンスの事じゃ。裏の裏の裏を読んで同じ手である《グー》を使うに違いないのだ!  どうせ余が馬鹿だと思って『じゃんけんの歌』の順番のように《グー》の次《チョキ》を出して勝ちを狙いにいっていると思っておるのだろ?  残念!  余は………)

 と、サリエルが短時間で低い知能を最速でくだらない駆け引きに駆使した瞬間である。

(考えすぎて、うっかりサリエル様に負けたりしたら嫌だな。そうだ!  ここは《グー》《チョキ》《パー》での順番でいこう。《グー》を出したから、次は……)

「「ぽん!!」

 掛け声とともに、互いの決断した手が衝突する。
 周囲の積もった雪が強い風に吹かれ、周りを囲むように渦巻きながら視界を妨げられる。

 これが、最後の手になるのかもしれない。
 あいこで再び、同じ手が出るのは馬鹿同士ではない限り非常に稀な事である。

 知能だけで相手を見透かすだけではなく、運を最大限に費やすのも『じゃんけん』だ。
 それは肝に銘じているつもりだ、だからこそ僕は考えることを放棄して運にかけたのだ。 

 サリエルとは短い付き合いだが、彼女もきっと運に頼っている筈。
 ならば此処は正々堂々、同じ土俵で一騎打ちしようではないか!!


 視界を妨げていた雪が次第に消滅していくと、二人の繰り出した手が徐々に明らかとなる。

 僕が出したのは《チョキ》。
 そしてサリエルが出したのは……負けを最初から必然的に確定されていたかのような《パー》であった。

「な、な、な、なんじゃとぉぉ!!?」

 サリエルは両手を頭に当てながら、意外な決闘結果に驚きの声を張り上げた。
 口をパクパクと開け閉めしながら、理解が追いつかないのかサリエルはそのまま硬直してしまう。

「僕の勝ちです、サリエル様!」

「そ、そんなぁ……魔王である余が敗北したじゃとぉ……ありえん、嘘じゃ、負けるだなんて信じられん」

 サリエルの表情が微かに変化していく。
 瞳が潤んでいき、顔が真っ赤に変色していっている。
 持っていた鎌は消滅しサリエルはそのまま、その場に座り込んでしまう。

 相当ショックだったのだろう、ゴブリン如きに負けてしまった事が。

「アルフォンスぅぅぅっ!!  嫌じゃー!  負けるだなんて嫌じゃよ!」

「ぎゃああ!!」

 急に飛びつかれ、まるで子供のように喚き散らかしながら頭をポンポンと優しく叩かれてしまう。

 壮絶な決闘だった。
 運良く勝てたのは良い事かもしれないけど、もしここで負けていたら魔王の配下を解雇されて魔王国から追放されていたのかもしれない。

 あるいは……いや、考えるのはよそう。
 ただひたすら泣きじゃくる、この魔王をあやす事に専念していよう。
 機嫌が悪いままでは気が変わって本当の対決に持ち込まれてしまうかもしれない。

 しかし『じゃんけん』か、この前あまり気にしていなかったけどフランさんの助言が当たるだなんて。

『アルフォンスさん……もし魔王様が唐突に《決闘》なんて言いだしたらジャンケンだから』

『決闘?  ジャンケン??』

『まず魔王様は仲間や信頼に足る存在の人がたとえ自分より下級でも、徹底的に傷つけようとしたりしないから安心なの……』


 毎回のようにありがとうございますフランさん、後でもっと美味しいご馳走を用意しておきます!

 負けたことを悔しく思う魔王サリエルを抱き抱えながら、ここからの脱出に必要不可欠な彼女が泣き止むまで雪原地帯で身体を凍えさせるのであった。

 泣く程、負けず嫌いな一面もあるのね魔王様。

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