勇者に見捨てられて死んだ大賢者はゴブリンに転生したので、魔王の配下になって魔族の軍勢を率いる大賢者になる

英雄譚

第20話 「強い意思に応じる者」

 


「ーー発射!!」

 主導するエビルゴブリンの号令と共に蝙蝠族陣地にめがけてエビルゴブリンの弓矢兵は矢を、魔術師は異なった元素の魔術『水矢』『火砲』『氷岩』『土槍』を最大出力で一斉に射出した。

 一方、退避しようとする蝙蝠族らの背後へと次々と矢が突き刺さり、魔術が着弾する。
 大地に降り注ぐ殺戮の雨に為すすべも無く、その命が絶っていく有様に蝙蝠族は逃げ惑うことしかできなかった。
 破壊を司るエビルゴブリンの攻撃によって蝙蝠族は痛手どころの話ではないぐらい、崩壊寸前にまで陥られてしまう。
 軍の中盤までもがほぼ全滅。

 恐ろしい威力を誇る敵陣の攻撃によって、戦況が大きく覆えされてしまった。

 一時撤退を考えたのだが、エルマートンはその決断に至ることは出来なかった。
 もしここで退けば、自分らの国に占領されるのは目が見えている。
 それに、くだらないエルマートンの慢心によって国には避難をするよう要請していない。

 敵軍の戦力を完全に見誤っていた。
 大多数の死者、疲労困憊に戦意喪失が自陣から続出している。

 一方のエビルゴブリンの陣地は、まるで先ほどの劣勢が嘘だったかのように
 この状況で白旗を掲げ、降参宣言をすれば戦いは終ってくれるのだろうか?

 否、エビルゴブリンは弱者を嫌う習性がある。
 もしここで降参をすれば、容赦なく潰されてしまうだろう。

 それならば、どうすればこの危機的状態を打破できるのか。
 頭を悩ませるも、エルマートンは数の差のせいで劣等感を抱いてしまう。

「ジーク……ラフレーシア」

 その中、どうしてもこの場から引くことの出来ない理由がエルマートンを駆り立てていた。
 敵の包囲網の中、精鋭部隊を統率しながら必死に戦い続ける息子と娘がいる。

 囲まれても尚、眼前の強敵に喰らい付こうとする重傷を負ったのラフレーシア。
 味方を上手く支援しながら槍のリーチを利用した広範囲の攻撃で周囲の敵を薙ぎ払うジーク。

 どうして、あそこまで戦えるのか?
 戦況が不利になり、戦力が大幅に削れてしまった今じゃ陣形を組み直すのは難問である。

 それでもラフレーシア達はまるで状況を把握していないかのように、戦闘を続行していた。
 無謀にも捉えられる彼らの行動は決して愚かではない。
 負け戦が確定した中、決して絶望へと揺らぐ事のない彼らの戦意をエルマートンは、確かに感じ取ることができていた。

 そしてエルマートンは、自分が大きな勘違いをしているのに気がついた。
 ラフレーシア達はすでに、現状を把握して危機的な状況を理解しているのだ。
 それを受け入れながらも、必死に食い止めようとしているのだ、敵の侵攻をできるだけ自分らに向かわせる為に………。





 ーーー






 金属が同時にぶつかり合い、火花が散るとともに強い衝撃が発生。
 ジークの槍が少女の顔面に命中する事なく、薙ぎ払われてしまう。

 後ずさりしながら距離を離す。
 だが逃がさんと言わんばかりに、想像を絶するぐらいの速度で離した距離をすぐさま少女に詰められてしまう。

 その間に入り込むように、左腕を骨折したラフレーシアが右手に握りしめる剣で少女の突進を横から中断させた。
 剣が微かに少女の灰色髪かすったが、切っ先が皮膚に触れるその直前に回避されてしまう。

 驚くほどの反応速度に動揺するラフレーシアだったが、敵のカウンターに用心してすぐさま防御態勢へと切り替えた。
 途端、想像通りに重々しい少女の斬撃が次々と放たれる。

 愛剣が破壊される勢いの威力に、ラフレーシアは片手で対応していた。
 しかし限界を迎えたそのとき、少女の渾身の一撃がラフレーシアを吹っ飛ばしてしまう。

「ぐっ!?」

 精鋭部隊の一人である蝙蝠族の男性がラフレーシアを手助けする為に駆けつけようとするが、一足早く少女に先を越されてしまう。
 少女は何もない空間で剣を振り上げ、肉眼では捉えることが不可能な斬撃を放つ。

 刹那、すぐ足元の地面が広範囲にえぐれ、追いかけるように強い衝撃が男性を襲った。

「ぐわぁあ!」
「ぎゃ!?」
「がはっ!!」

 周囲の蝙蝠族の精鋭部隊もが次々に巻き込まれ、地面に叩きつけられてしまう。
 それを尻目に少女は、倒れながら苦痛の面で腕をおさているラフレーシアの方へと歩んだ。

「来るなぁぁあああっ!!!」

 獰猛なラフレーシアの雄叫びが戦場に木霊する。
 剣を地面に突き刺しながら立ち上がり、ラフレーシアは少女を歪んだ瞳で睨みつけた。

 そして折れた筈の腕を含め、両手で剣を振り絞る。

「………」

 少女は『またあの攻撃か』と言わんばかりの表情ででラフレーシアの実力を軽視する。

 ーー背後で爆発的に膨張する魔力を感知するまでは。

「………っ」

 振り返ると、そこには純黒に染められた高出力の魔力に包まれた槍を構えるジークが立っていた。
 一方、前方へと視線を戻すと、周囲を凍りつかせるような恐ろしい妖気を纏った剣をラフレーシアは暴走を引き起こさせないよう制御をしている最中だった。

 挟むように放ってくる攻撃の射線上から離れようとする少女だったが、それよりも先にジークとラフレーシアは互いの技を放っていた。

 大地が震え大気が乱れるのを間近に感じた少女の脳裏は、生存本能に埋め尽くされる。
 破壊にその身を任せられる程、自身はそんか頑丈な生き物ではない。
 ここで死ぬわけにはいかない。

「………【アイギス】

 二方からの強力な攻撃が同時に彼女に直撃しようとしたその瞬間。

 ーー万物は生にしがみつこつとする彼女の強い意思に呼応した。

 大規模な爆発が戦場に駆け巡り、戦いの真っ最中に少女と蝙蝠族の精鋭を包囲していたエビルゴブリンが衝撃波に包まれ、容赦のない爆風が曇天をさえ大きく切り裂いてしまっていた。

 数秒後、衝撃が完全に通り過ぎた戦場の中心部には、力を完全に使い切ってしまったジークとラフレーシアの疲労した姿があった。

「……はぁはぁ……やったの……か?」

 誰に確認したのかも、明確じゃない疑問をラフレーシアは小さく呟いた。
 骨折した左腕を抑えながら、激痛に顔を歪ませる。
 ここまで無茶したのは初めてだった為、慣れない消費に彼女はいまにでも気を失いそうだった。

 それはジークも同様であり、頭上からは大量の汗を溢れさせていた。
 息遣いが荒く、途絶えそうになりながらもジークはなんとか呼吸を繰り返す。

 心なしか、二人は終わっていないのにも関わらず過ぎ去った驚異に対して安堵を感じていた。










 まるで何事もなかったかのように、平然とした表情で佇んだ少女の無傷な姿を目にするまでは。



 彼女には一切、ラフレーシア達の攻撃が効いていなかった。
 いや、正確に言うと効いていなかったわけではなく、どうやら防がれたようだ。

 開くのも苦になってしまった瞼を必死に開き、二人は虚ろな目で少女を凝視した。
 少女の周囲には透明で巨大な盾が二つ、旋回するように浮かんでいた。
どうやらあの物体のおかげで彼女は直撃を防ぎ、致命傷を免れることが出来たのだろう。

「アルフォンス様の力をもってしても、敵わないだなんて……嘘だ」

 この少女には到底勝ち目は無い、ラフレーシア達はそう確信した。
 アルフォンスの信頼で得た魔力を最大限まで活用しても、相手には傷一つさえ付かなかった。

 もうこれ以上は戦えない、地上に身を伏しながらラフレーシアは死を覚悟する。
 少女は剣を手にしながら、ふたたびラフレーシアへと小さな歩幅で近づく。

 その気配だけでラフレーシアは、死がだんだんと自身へと近づこうとしているのを実感した。
 身体が骨の髄まで震え、彼女は今にでも叫びたいぐらいの恐怖に襲われていた。

 瞳から溢れ落ちる涙を拭う事さえ出来ないこの状況では、生還は望めないだろう。

「………っ!」

 ならば、殺められる運命であろうと最期まで相手に戦う意志を見せつけよう。
 この程度では絶望なんかしたりしない、敗北感に浸ったりはしない、そうしなければ少女の思う壺だ。

 ラフレーシアは微かに機能する首を曲げて、仰向けになるように少女を見上げた。
 予想通り、少女は自分を殺そうと剣を片手に持ち上げていた。

 自分の命を奪おうとする剣の持ち主である少女と、ラフレーシアの視線が交わる。
 途端、ラフレーシアは驚いたように息を漏らした。

「………」

 ここまで蝙蝠族の主力であるラフレーシア達を追い詰めた少女が怯えていた。
 瀕死に近いラフレーシアをいつでも殺められる状態なのにも関わらず、震える手には躊躇いと迷いが生じているようだった。

 現実から逸脱した、次元を超越するような力を披露したエビルゴブリンなのにも関わらず、敵に情けを……?

 ラフレーシアは少女の異様な行動にそう解釈したが、すぐさまそうではない事を理解した。
 直接、その怯える口から聞かずともラフレーシアは確かに感じとれていた。

 彼女の殺戮に対しての溢れんばかりの恐怖、嫌悪感を。
 この少女は望んでなんかいない……?

 断言できない状況に混乱しながらも、ラフレーシアはこの程度の覚悟で自分を始末しようとしている少女に怒りを覚えた。
 この程度では、こんな場所では死んではならない。

 そんな強い意思がラフレーシアを突き動かし、生にしがみつく本能が彼女に大きく芽生えた。

 そんな時、ラフレーシアの意思に応じるように、


 ーーただ一人の大賢者が、
 血塗られた戦の地に降り立つのだった。

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