勇者に見捨てられて死んだ大賢者はゴブリンに転生したので、魔王の配下になって魔族の軍勢を率いる大賢者になる

英雄譚

第13話 「薄倖の特異点」

 


「ぎにゃあああ!!」

 不運な出来事を前に、ノエルは叫んだ。
 街から街を移動するために乗っていた馬車が勝手に自分を置いていって、暗闇の中を走り去って行ってしまった。
 冒険に必要な私物を荷台に置いたままである。

 馬車には御者はいない。
 ノエル自身が馬車を操っていたのだが、目を離した隙に馬が走りだしていってしまった。
 まさかの展開にノエルは戸惑いつつ追いかけようとしたが、馬に追いつけるはずも無くノエルは涙目になりながら去っていく馬車を見届けるしかなかった。



 その後。
 目的地まで数週間はかかる距離の為、移動手段を無くしたノエルは近くの港町『フロンテ』に立ち寄っていった。

 宿屋を前にして泊まろうとも考えたが、金をなるべく節約したかった彼女は野宿を決意した。
 しかし荷物は全部あの馬車に乗せたままだった為、手持ちは金の詰まった布袋ぐらい。

「ふぇぇ……一体この先をどうすればいいのぉ?」

 途方に暮れた彼女は、街で一番安いであろう酒場で食事をとっていた。
 味のしない小さなパンと具の少ない魚介シチュー。

 腹を鳴らしながらもご飯を食べ終える彼女だったが、今の手持ちじゃ贅沢はできない。
 半分、目的を諦めかけながらノエルは涙目でテーブルに顔を伏せてしまう。

 ある手紙を手にノエルは自身の目的を思い出す。

 むかっている先は『アズベル大陸』北東にある王国、広大な海を間近にした王都『ナイテッド』。
『魔の大陸』が最も間近な国である。

 そこには勇者一行がいて、ノエルの最愛の兄がいた。
 兄に故郷からの手紙を渡す為の旅であり、誰からも認められるような一人前の冒険者になる為の旅でもある。

 それを成し遂げるまでは故郷に帰るワケにはいかない。
 みんなは自分が立派になり、一人前になるのに期待してくれている。信じてくれている。
 それに応えなければならない、ノエルはそう思った。

 だがこの危機的状況を打開する方法が思いつかない。
 自分は冒険者なのでギルドに足を運んで依頼を受注すればいいだけの話だが、生憎この港町には冒険者ギルドは無かった。

 苦笑いしながらノエルは、改めて自分が不幸なのを心の中で再確認する。
 ほとんどの物事を失敗に終わらせる自信があるし、逆に成功できない自信もあった。

 破滅的ともいえる天然、ドジな性格は悪魔に与えられたに違いないと想像している。

 私は生贄だ。
 世界すべての不運を和らげる為、この世に降臨したであろう疫病神。
 汝の名を問えと言われれば、私はきっとこう答えるだろう。

『薄倖の特異点』

 息を切らせ、腹の奥がギュッと締め付けられるような感覚を我慢していると、ノエルに声をかける者が現れた。

「嬢ちゃん、困っているのかい?」

 素顔を隠すように、仮面を被った女性らしき人物がノエルの座るテーブルに席をついた。
 呼ばれたノエルは反射的に顔をあげる。

「ふぇぇ……もしかして、私に言っているんですか?」
「そりゃそうでしょう?  そんなに顔をクシャクシャにして、この店で困っているお嬢ちゃんと言ったら貴方しか居ないでしょ。何かあったのなら話してみせてよ」

 突如と自分の前に現れた人物に不信感を抱くものの、まさかと思いながらノエルは考えた。
 これはもしや救いの女神なのでは?  と。

 もう自分には後先が無いので、ノエルは思い切ってその仮面の人物に相談した。
 黙々と耳を傾ける仮面の人物は途中、ノエルの失敗エピソードに笑いながらも手を叩いた。

「王都ナイテッド付近の街行きの船なら出るよ?  金と労力を費やしてしまう効率の悪い方法よりさ、それで渡ればいいんじゃないの?」
「えぇ!?  王都への航路があったんですかっ!」
「まあね。船賃もそんなに高くないし、街に辿りつければ冒険者ギルドもある」

 その情報を聞き、ノエルは先程までのお通夜な雰囲気と打って変わって元気そうに仮面の人物へと身を乗り出す。

 是非!!  と思いながら仮面の人物に様々なことを教えてもらう。
 時間や日にち、移動時間などなど。
 まるですべてを分かっていたと言わんばかりに喋る仮面の人物だったが、ノエルは特に気にしたりはしなかった。



 ーーー




 それから二日後。
 ギリギリの予算で船に乗ろうとしたノエルだったが、ここで運悪くも彼女の不運能力が働いてしまった。

 本来の船乗り場の逆方向に向かってしまったノエルだったが、偶然にもボロい大船を見つけて彼女は乗ってしまった。
 奴隷を密輸するための『密輸船』だとは知らずに。

 無論、檻に入っている奴隷などを目撃したノエルを密輸人は返すわけにもいかず、そのまま彼女は檻に閉じ込められてしまう。

 訳の分からない状況にノエルは戸惑いながら命乞いをするが、奴隷商人に雇われた密輸人たちは彼女を見て判断した。
 人形のような可憐な容姿を持つ彼女を高値で売ろうと。
 それを知った途端、ノエルは顔を青ざめ言葉を失ってしまう。

 彼女が誤って乗ってしまった船は『魔の大陸』を目指し海を渡っていた。
 魔族は奴隷として最も高く売れるとの事らしい。


 だが大陸に着くやいなや海岸で待ち伏せしていた、とある魔王の指示で動く『魔族傭兵団』によって解放される。
 どうやら、奴隷の解放を目的に派遣された魔族の傭兵達のようだ。

 だが安心も束の間。
 魔族奴隷の中で一人だけ紛れ込んだノエルを人族だと分かった途端、魔族の傭兵達は理不尽にも彼女だけを処分することに決めてしまう。

(ふぇぇ……!  どうして私だけがぁあ!?)

 不運が継続したままのノエルは殺傷能力のある凶器に囲まれてしまい、死を覚悟したその瞬間。
 傭兵のリーダー格である、とある魔族の女性が集団を制止した。

 女性は荒々しい口調で周囲を一喝した後、ノエルの方へと近づき手を差し伸べる。
 ノエルの潤んだ水色の瞳には、自分に対して優しく微笑んでくれる女性の姿が映っていた。

 その逞しい姿に魅了され、そのままノエルは自身へと差し伸べられる暖かで力強い手を握りしめるのであった。


 この運命的な出会いによって、ノエルは『魔の大陸』で何とか生きながらえる事が出来たらしい。
 人族だと知りながらも魔族である女性は密かにノエルを魔王国へと連れていき、温かな食事や寝床を解放した奴隷達と同様に与えたという。
 だがその分、傭兵団の拠点の雑用を任されノエルはテキパキと働いてみせた。

 自分が生きているのはあの女性のおかげなんだと自覚しながら、ノエルは出来るだけの恩返しを数ヶ月続けた。

 そんなある日、ノエルを救った魔族の女性は彼女に『新たな依頼』言い渡す。

「……アンタ、冒険者なんだろ?  なら頼みごとを聞いてくれないかい?」

 いつもより気を遣うような視線、深刻そうな声にノエルは違和感を抱くも、彼女の役に立てるのならばと容易く承諾した。
 それが、東の魔王国ブラッティアに住まう『ゴブリン退治』という依頼であった。

 武器や防具を与えられ、すぐに駆り出されたノエルだったが、道中はやはりトラブルだらけでゴブリンの村に到着するまで一ヶ月もの時間を費やしてしまった。

 そして現に至る、という訳だ。

 僕は頭に手をあてながら、気の毒そうに彼女の方を見た。

「それで以上なの?  他にも何かない?」
「……私がここに来るまでの道のりや成り行きは、あらかたもう話ましたよ。もういいでしょう?  貴方みたいな嘘つきに構っている場合ではないんです!」

 ガチャガチャと、拘束具を鳴らしながら訴えてくる。
 先程はさすがに危なかった。

 まさか実名を明かした途端、強力な魔術を放ってくるだなんて予想もしていなかった。
 もし数秒間も反応が遅れていたら、この建物は間違いなく崩れ落ちていただろう。

 まったく……魔術の方が得意なくせして、ノエルはどうしてこうも剣などの接近武器ばかりを好むのだろうか?

 本来ならこの調子で魔術師を目指して欲しいところだが、彼女の意思を尊重するのが優先である。
 自分の妹の将来の決断、『魔剣士』になる夢を否定することなんて僕じゃ到底できない。

「聞くけど、その拘束具を外したら君はこの先どうするの?」
「そ、それは……もちろん依頼の通り貴方がたを退治しますよ?  あの方の期待を裏切る訳にはいかないですし」

 と、そっぽ向きながらノエルは答える。
 状況をちゃんとわかっているのだろうか?  厳重に拘束され、敵陣地にいながらも意思を曲げないのは良いことだが、流石に口が軽すぎる。

 普通なら、自分の目的を伏せて敵意はもう無いと告げる状況の筈。

「つまり、君は僕達を未だ殺そうとしている訳?  そう解釈していいんだよね?」
「あ、えっ…………えぇ!  うっかり口を滑らせちゃったじゃない私!  このバカバカ無能天然!!」

 破滅的なまでの天然さと運の悪さが働き、口にする気がなかった事実を答えてしまったらしい。
 なんて事だ、と心配してしまう。

「い、今のは忘れてください!  私は何も言ってませんしゴブリンの退治なんてコレっぽちも考えていないので……ご安心……を」

 唇を尖らせ、目を逸らしながら言いくるめようとするノエル。
 心なしか『成功した、バカめ!』という心の声が彼女から聞こえたような気がした。

 頭に指をあてながら、数日前にノエルがこの村にやってきた光景を思い返す。
 神であろうと驚愕するであろう、ドジな性格に予想もできなかった自滅という展開。

 なら問題ないかもしれない、と勝手に納得しながらノエルに提案する。

「ゴブリン退治が目的なら、それを達成するまでこの村に留まればいいんじゃないか?  まだ完全に理想としている村の未来像とは程遠いけど、他の場所よりかは安全だとは思う」
「へ……?  あの」

 予想だにもしなかった僕の提案にノエルは呆気に取られてしまう。

「ゴブリンには卑劣的な行為をする習性はないし、それはエビルゴブリンの出現が原因で人々に定着したに過ぎないデマだよ」

 ここは人族が一人だけで生き抜くには困難な大陸だ。たとえ数ヶ月持ったとしても、永遠な安全は保証できない。

 それに、あの破滅的な不運ならゴブリンの退治なんて無理だろう。
 ひとまずゴブリンの脅威ではない、蝙蝠族も同様で何もしなくてもノエルは自滅してしまうのは確かである。

「条件つきで住める場所も用意できるし、食料も十分ではないけど提供はできる」
「そ、そ、その状況とは?」
「君を留めてもいいけど、しっかり働いてはもらうし食料の調達も手伝ってもらう。いいよね?」

 行く当てが無いのなら、断る理由もない。
 ノエルは半信半疑ながらも決意するような眼差しを僕の方へと向けた。

「わ、わ、分かりましたよ。貴方がそこまで言うのならば、仕方ないので目的が達成するまでは……お世話になります」

 恥ずかしそうに縮こまりながら、ノエルは羞恥心に駆られたような声で答えてくれた。

 その答えを聞いて僕は安堵の息を漏らす。

 ずっと待機してくれた護衛にノエルの拘束具を外させ、解放した彼女に僕は握手を求めた。
 だが皮肉にもノエルはそれを無視して、不機嫌そうにそっぽ向いてしまう。

 失礼な態度だが、忘れてはいけない。
 ノエルにとって僕を含めて、ゴブリン達は退治すべき対象なんだと。


 ーーすなわち敵である。

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