勇者に見捨てられて死んだ大賢者はゴブリンに転生したので、魔王の配下になって魔族の軍勢を率いる大賢者になる
第11話 「妹はゴブリンが嫌いなようです」
「ノエル、なのか?」
薄暗い牢屋の中、ゴブリンの用意した肉を食していたノエルは自分の名前が呼ばれて鉄格子の向こう側に立っていた、人間の姿に近いゴブリンへと視線を移動させた。
途端、彼女はゾッとした。
どうして見ず知らずのゴブリンが自分の名を知っているのか。
どうして急に涙を流しているのか。
想像もつかないノエルはゴブリンの行動に気持ち悪がった。
鉄格子が隔てられていようと、ノエルは自分の名を口にしたゴブリンから距離を離す。
「だ、誰なんですか貴方?  どうしてワタ、ワタ、私の名を……ガタガタ」
魔族を相手にして震えたりしたら舐められてしまう。
なんせ魔族は人間の苦の表情が大好物なのだからだ。
かつて町の学舎で学んだことなので、舐められないよう勇気をもって敵前は胸を張ろうと考えていた。
だがゴブリンは違った、奴らは女を見るやいなや見境なく犯してしまう生物なのだと噂に聞いたことがある。
実際、遭遇したことがないのでそういう認識しか無い。
「僕が分からないのかい?  だって君は僕の、えっと……………あっ」
目の前のゴブリンの顔が色白になり、視線がノエルから視線が外れる。
そのまま、そのゴブリンは自身の緑色の手をまじまじと見つめていた。
そして何かに気がつきハッと声を漏らし、落ち込むように肩を落とす。
「そうだ……今の僕ってゴブリンになっていたんだ」
意味の分からない事を呟きながら、ゴブリンはノエルの方を見つめ返した。
「ひっ!」
ゴブリンには嫌悪感を覚えることを忘れないノエルは、顔を青ざめながら体を両手で覆う。
目を丸くしながらそれを見つめるゴブリンは、その姿に反する温和な言葉を口にする。
「ごめんね、急に訳のわからない事を言っちゃって……何がなんだか分からないようだけど、君に危害を加えるつもりは無いよ」
微笑みながら言うも、彼の言葉に背後の執事っぽい蝙蝠族が驚くような表情をみせた。
「はい?  人族は美味なものなので、てっきり焼くか煮るかと……」
ノエルを舐めるように見ながら、執事は唖然とした様子で顔を傾ける。
獲物を捕捉するような眼光には、強い殺意が宿っていた。
ノエルはそれに気がつくと、乾いていた瞳を再び潤わせてしまう。
「まいやいやいや! 待って、そんな残酷な事は勿論しないからねっ!?」
ノエルが泣いてしまう寸前にゴブリンは執事を制するように割り込み、慌てた顔で蝙蝠族の執事を注意した。
途端、執事の殺意が消滅して何事もなかったようにゴブリンへと頭を下げて了承。
今度はノエルの方へと見向き、なにやら納得いかない様子で鼻を鳴らしながら頭を下げる。
「若々しい少女の血肉を味わえないのは惜しいのですが我が主の命は絶対であります」
「ケイン、物騒な発言はなるべく本人の前では控えてよね……」
そう言いながらゴブリンは懐から鍵を取り出すと、ノエルの入っていた牢屋の南京錠を躊躇いもなく開けてしまう。
その行動にノエルは目を見開き、困惑する。
無防備な女を目の前にしながらも、堂々たる態度のゴブリンが特にだ。
『アイツらは、見境なく女を道具のように犯すケダモノなのよ』
学舎で働く魔術担当の先生がよく口にしていた言葉だ。
まだそういう面は未熟に等しい生徒たちの前で口にするような言葉ではないのだが、生徒たちのこれから先を考えの発言なのだろう。
ノエルはそんな彼女を尊敬していた。
だからこそゴブリンというのは卑劣な生物だという認識が定着したのだ。
だがらこそノエルは目の前で平然と自分の牢屋を開けてくれたゴブリンへの警戒を解かなかった。
「さて、まずはノエル」
「ひ、ひゃいっ!」
「相変わらずだね、昔から変わらない」
微笑ましそうにノエルに笑いかけるゴブリン。
だかノエルの瞳には、卑劣で汚い笑いにしか捉えることができなかった。
そのゴブリンに抱いた第一印象は『気持ち悪い』という残念なものだった。
魔物でありながらも、人間らしい言動が特にいけ好かない。
(まるでお兄ちゃんのような口調……許せない)
自分の尊敬する兄が汚されているようで気に入らなかった彼女は、段々と目の前のゴブリンの好感度を下げるのだった。
ーーー
牢屋を出てすぐ側には、木材で作られた二階建てのアルフォンス邸があった。
この村で最も豪華に設計した建物だが、技術からしたら普通の民家。
ノエルにはそう見えていた。
何故ならこの村には建築関係者は一人として居ない。
よって僕は悩んだ。
この件を魔王に相談する手もあるのだが……あの人、ズバ抜けて頭が良さそうにも見えないし辞めた。
逆に馬鹿にされそう『お主も馬鹿なんじゃな!  ハハハハハハ!!!』
って、鼓膜を振動しそうな笑い声で。
まあ、それは置いといて。
その前にノエルの事情を聞くのが先だ。
ここは魔王サリエルの所有する領地『ブラッティア』だ。
人族を敵視する魔族や魔物が多く生息するこの地は、容易く人族が入れるような場所ではない。
僕の住まう建物に入ると、中にはくつろいで寝ているリンとゴブの姿があった。
村長ニコラスには気安く近づくなと最初は注意されていた二人だが、別に構わないと思いながら二人を招き入れていたのを思い出す。
「こんな汚い建物に連れてきて……わ、私に何をする気なのよっ!  武器と武具がないのを良いことに、まさか!」
喚き散らかすノエルが逃走しないよう、二人のゴブリンの護衛に頼んで拘束させていた。
途中、護衛らはノエルの抵抗で頭などをポカポカと叩かれていたようだが全然効いていなかった。
笑いを堪えるのもやっとだ。
「さて、ノエルさん。単刀直入に聞くけど……」
「言っておくけど貴方は私のタイプじゃないから、諦めてくださいっ!」
「!」
キッパリと訳も分からなくフラれてしまった。
何か誤解しているようだが、そういった面の話をする気なんて最初っからない。
ノエルの言葉でちょっぴり傷ついたけど。
「その前に私から質問をっ!」
ノエルがテーブルを叩きながら身を乗り出してきた。
本来なら兄の立場で行儀が悪いと注意していたところだが、ゴブリンの姿になった今では説得力がないだろう。
とりあえず身内のような発言は控えよう、仕方がない。
「人間ごとき、我々の主になんて生意気な口を」
「許せん!」
だが、彼女のその行動がこの場にいるゴブリン族や蝙蝠族らを不快にさせてしまう。
おぉ……!
僕を慕う気持ちは嬉しいのだが、妹をそんなに睨みつけないで欲しい。
「まぁまぁ、落ち着いてみんな。質問ぐらいなら受け付けるよ。さあ、言ってごらん」
周りを制しながら、自分の行動を後悔し怯えだすノエルに言葉を返す。
どのような質問がくるのか、そう思いながら彼女へと耳を傾ける。
「そ、それでは遠慮なくっ!  その……貴方が誰なのかは存知ないですけれど伺います!  どうして貴方はこの私の名前を知っているんですか?  私、貴方のような汚らわしいゴブリンと対面した覚えは今までないし、これから先ないでしょう!」
「そ、それは……」
口が裂けても僕は君の兄です、とは言えない。気持ち悪がられるか笑われるのが目に見えている。
「それに、私の名前を知っているのならば教えてください!」
「へ、何を?」
「何を……って、決まっているじゃないですか!  私の名前を知りながらも自分は名乗らないのですか!?  流石に理不尽ですよ!」
僕の名前……か。
今、この姿で本当の名を明かしていいのだろうか?
偽名でも使って隠し通すという考えが一瞬だけ頭の中をよぎったのだが、この村にいればいずれ知られてしまうだろう。
ならば……仕方がない、本当に。
「アルフォンス」
「…………へ?  いま、その、何て?」
「僕がこの世界に生まれ落ちた時に付けられた名前だよ。それがアルフォンス」
溜息を吐きながら、自分の名を偽りなく口にしてみせた。
これでも必死に考えて導きだした答えだ。
実の妹に嘘を吐くのも心苦しいし。
「へっ、え、ある、アルフォ……お兄っ、え?」
予想通り、僕の名をした途端にノエルは混乱しだしてしまった。
心なしか、全ての絶望を背負ってしまったような顔をしている。
名前だけは明かすのだが、転生してしまっまことを話を出したところで到底信じてくれそうに無いだろう。
ていうかこれ以上、ノエルを混乱させる訳にもいかない。
どうせ時期に勇者たちの報告によって全世界に公表されるだろう。
大賢者アルフォンスの死を。
その時がくるまで、一か八かノエルに全てを打ち明けてみせよう。
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