君の行く末を、私は見たい

モブタツ

  お手玉を片手で投げ、もう片方の手に、もう一つのお手玉を投げる。一つが上に飛んでいる間に下で一つを通す。単純な作業に見えて、器用な人でないと簡単にはできない。
「うーん…うまくできないなぁ」
  私も、そのうちの一人であった。
「そのうちできるようになるのです。何事も、練習あるのみですよ」
  隣にいる彼女は、笑いながら言った。
「でも…ずっとやってるのにできないの〜!」
「ずっとって、まだ始めたばかりでしょう。もっと長い時間をかければできるのです」
「うーん…できるかなぁ…」
「きっとできるようになりますよ」
「君、いいこと言うんだね」
「あなたも、何度もめげずに練習するなんて、簡単にできることではないのです」
「そういえば、名前、なんて言うの?あ、」
  私は、彼女に手を差し伸べた。
「私、めぐみ!よろしくね!」
  彼女は、少し躊躇したのち、私の手に、手を重ねた。
  彼女の手は、とても冷たかった。
「紬と申します。よろしくお願いします」

                                    …

「紬ちゃん………」
  消えかけていた記憶が、蘇る。
  昔、私はこの旅館に泊まりに来た。
  まだ小学生だった当時の私は、弟の面倒を見るので精一杯だった両親を気遣い、少しの間だけ部屋を後にした。
  フラフラと歩くつもりが、大自然に囲まれたこの敷地は子供の遊び心をくすぐり、気がつけば私は探検をするような気持ちでワクワクしながら草むらをかき分けて進んでいた。
  しばらく歩くと、広場に出た。そこにはボロボロになった小さな神社が建っていた。今にも崩れそうな神社。その段差に、一人の少女が座っているのを見つけた。
  私が話しかけると、彼女は驚いた様子で私を見た。
  次の日、彼女と遊ぶことになった。
  短い時間ながら、気がつけば彼女は私の大切な友達になっていた。
  その子の名前は、紬。落ち着いた着物を身にまとい、少しだけ不自然な敬語で話す、神秘的な少女。
『うん。ごめん、ゲームとかはないんだけど』
『げ、げえむ……?』
  彼女の不自然な言動には理由があると、私も気がついていた。
『お手玉ですか!やりたいです!紙風船とか、おいばねも!』
『おいばね?』
  でも、その理由が何なのかまでは見当がつかなくて。
『…ツムギは子供ではないのです』
  結局、気のせいだと自分に言い聞かせて考えずにいた。
『ほら、ちょって貸してごらん』
『できるようになったのですか?』
『できるのですか?でしょ?』
  彼女は気づいて欲しかったのかもしれない。
『紬ちゃんは、宿に戻らないの?』
『いつも日が暮れる頃に戻るのですよ。ツムギはそれがお仕事なのです』
  あの寂しそうな、悲しそうな笑顔にも理由があって。
『ところで、どうやってここに来たの?』
『どういうことでしょうか』
『だって……着物』
『…内緒です』
  私がその笑顔の意味を理解した時。
『そういえば、紬ちゃんってどこに住んでるの?』
『…この神社です』
  彼女の何気ない無意味な言動に、意味が生まれる。
  そう。あの時聞こうとした質問。
『ねぇ、なんで私の』
  ………名前を知っているの?
  彼女は、動かない。
  私が何かを問いかけない限りは動かないだろう。
「ねぇ、君って」
「もう、お分かりですよね」
  私の言葉の続きは、彼女が遮った。
  …分かった。
「……久しぶり。紬ちゃん」
  彼女は、美しく笑った。
  眩しい笑顔で、笑った。
「お久しぶりです…!……恵ちゃん!」
  悲しみが晴れたような笑顔だった。
  その笑顔を見て、私はホッと肩をなでおろし、心の整理を終わらせた。

  山奥にある旅館。そこには、座敷わらしが出ると言われ、今では何ヶ月も待たなければ宿泊ができないと言われている、大人気の旅館だ。
  座敷わらしと呼ばれるモノは、日が暮れると旅館で目撃されることが多いらしい。その姿は着物を着た少女のような見た目をしており、おもちゃのお供え物に興味を示すように現れるのだとか。
  今でこそ、座敷わらしと呼ばれている彼女は、もともと人間だったらしい。病に倒れた彼女は、幼いながらも「この家を末代まで守り続ける」と言って息を引き取ったそうだ。女の子なのに、とても強い子である。
  その子を祀るために、大昔に神社が建てられた。
  今となっては廃墟と化してしまっていたボロボロの神社は、幼少期の私によって発見され、手入れが施されている。
  そこに住んでいる座敷わらし…いや。
  そこに住んでいる紬も…きっと喜んでいたことだろう。
  紬は、座敷わらしの出る旅館の娘ではない。
  紬は…座敷わらしそのものだったのである。

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