君の行く末を、私は見たい

モブタツ

  紬と別れ、部屋に戻ってくると、今まで圏外だったケータイに電波が戻って来た。そのため、職場の同僚から不在着信が入っていたのも、ここで初めて気がついたのだった。
  何かあったのかと思い、すぐに折り返す。
  2回、3回と音がなり、間も無くして同僚の声が聞こえた。
『あ、めぐちゃん?ごめんね急に電話して』
「ううん。こっちこそ電話でれなくてごめんね」
『いいのいいの。それでね、部長がめぐちゃんに頼んでた仕事あったでしょ?』
「あぁ…あの人の仕事ね」
  部長はいつも理不尽なことを言うし、すぐに仕事を私に押し付ける。「頼まれているうちが華だぞ」とか言いながら。
『その仕事、そっちの仕事が終わってからでいいとか言ってたのに、突然今すぐ終わらせろとか言い出してさ』
「えぇ!?無理だよ!こっち、もう日本の上の方にいるんだよ!?」
『だよね…代わりに私やってみるけど、できるかどうか…』
「迷惑かけてごめんね…」
『全然。めぐちゃんには色々助けられてるしさ』
  彼女とはよく一緒にご飯を食べに行く仲だ。助けているつもりはなかったが、どうやら向こうは私に助けられているらしいので、今回は彼女のご厚意に甘えることにしよう。
「じゃあ…悪いけど、お願いします」
『任せとけぃ。そっちもお仕事頑張ってね〜』
  電話を切り、しばらくしてから布団に身を委ねる。
「はぁ……ほんと、仕事うまくいかないなぁ…」
  それでいて、なかなか良い縁にも恵まれない。私の名前って一体…。
  その後体の疲れを温泉で流し、布団にくるまって意識を失ったのだった。


  翌朝。食事をとった後、座敷わらしが出ると言われている「緑の間」と言う部屋に向かった。少しでも座敷わらしさんの力を借りれたらと、淡い期待もあったが、そんなことよりもここにいる間くらいはこの宿を堪能したい、仕事とは言えども大女将がここまで手厚くしてくれるのだから仕事疲れを取るためにもゆっくりしていきたいという切実な願いがあった。
「昨日、夜ここの部屋で子供を見た人がいるんだって!」
  私とすれ違った二人組がそんな話題で盛り上がっている。子供の霊なんて見たら普通は恐ろしいことなのでは?と疑問に思いながらも部屋を見渡した。
  見た目は普通の部屋だ。しかし、どこか不思議な感覚がある。
  この旅館は、一度大火災に見舞われたことがある。しかし、この緑の間だけは焼けずに綺麗に残ったらしい。その部屋はいつからか「座敷わらしが住み着いている」と言われるようになり、思い込みのせいなのか今では子供の霊の目撃情報が相次いでいる。
「じゃあ、その人は幸せになれるかもね!私たちは………」
  部屋を出て行きながら、そんなことも言っていた。
  一年間を通して大勢の宿泊客が来るのだから、座敷わらしさんも一人一人を幸せにするのは大変だろう。
「座敷わらしも、ブラック企業なんだね」
  そこに関しては、私と同じ境遇にあるのではないかと、同情した。
  そんな座敷わらしさんに「仕事、うまく行きますように」なんてお願いをするのはいささか失礼なのではないかと思い、やめることにしたのだった。
  ただ、その代わりに道無き道を進んだところにある神社、そこには小さなお願いをした。
(またあの子に会えますように)
  昔、ここに来た時に一緒にいたあの子。短い時間だったがしっかりと覚えている。あの子と一緒にいる時間はとても楽しかったと。
  お賽銭を入れて手を合わせる。相変わらず鈴はなく、目を瞑ると周りは風の音しかしない。
「恵さん」
  突然後ろから声がして少し驚いたが、ゆっくりと振り向いた。
「おはようございます」
  落ち着いた色の着物を着た少女がにっこりと笑っているのを見て、少しだけ安心した。
  昨日会ったあの子は、夢ではなかったのだと。

  紬は人の相談事を聞くのが上手だった。
  紬曰く「今までたくさんの人の悩み事を聞いてきたから」と言っていたが、なかなか大人のような事を言う少女である。
  いつの間にか、私も彼女に悩みを打ち明けていた。
「お仕事…ですか。恵さんも大変なのですね」
「本当に、嫌になっちゃう。…って言っても、まだ紬ちゃんには分からないか」
「…ツムギは子供ではないのです」
  ムスッと膨れるあたり、やはり子供なのだなと微笑ましくなる。
「でもさ…この旅館にいるって言われてる座敷わらしさん、すごく大変だよね」
「…なぜですか?」
「ここにはいろんな人が、いろんな場所から泊まりに来るでしょ?ここに来るみんなの目的は一つじゃん」
「…に会いに…こと」
  突然風が吹き、よく聞き取れなかったが、そう、と返した。
「みんな座敷わらしさんに幸せにしてもらいたいーってここに来る。私も最初はそう思ってたし。でも、そんなに沢山の人達を、座敷わらしさんが一人で全部相手にするのは、大変なんじゃないかなって」
  私の言葉を聞いた紬はふふっと小さく笑った。
「恵さんって変わってますね」
「そうかな?」
「ええ。変わってますよ。でも、恵さんはここに来る人々の誰よりも賢い。みなさんが気づいていないことに、恵さんは気付いたのですから」
  紬はそう言いながらお手玉を回し始めた。が、うまくいかない。
「うーん…昔はできたのに…うまくいかないなぁ」
  彼女の言葉を頭の中でもう一度再生する。
『誰よりも賢い』
「…私は、そんな大層なことは言ってないよ」
  ただ、私と同じ境遇にあるんだなって、そう思っただけ。と、続けたが、お手玉に夢中で聞いていないようだ。
「ほら、ちょって貸してごらん」
  彼女は目を丸くしながら私に手渡した。
「できるようになったのですか?」
「できるのですか?でしょ?」
  敬語に慣れてない子供である。
  二つのお手玉を受け取り、カバンからさらに一つ取り出す。
  それをテンポよく回してみせた。
「おぉ!すごいです!まるで」
  そこまで聞くと、その言葉の続きがなかなか聞こえなかった。
  お手玉を回す手を止め、彼女に視線を移す。
  紬は、寂しそうに俯いていた。
  続きの言葉が聞こえたのは、しばらくしてからである。
「まるで…ツムギの母のようです」
  仕事で忙しいために相手をしてもらえない、そう言うことだろう。寂しそうな顔はここから来ているのかもしれない。

  辺りの風が強くなって来た昼ごろ、私は仕事に取り掛からなくてはいけなくなってしまったため、宿に戻ることにした。
「紬ちゃんは、宿に戻らないの?」
「いつも日が暮れる頃に戻るのですよ。ツムギはそれがお仕事なのです」
「あはは。お仕事、ね。じゃあ、先に戻ってるよ」
  宿に戻った後は、仕事、温泉、食事という単純な作業を終わらせ、眠りについた。

  あまりにも仕事に夢中になったせいか、私は大事なことに気がついていなかった。
  夜になっているのに、宿のどこにも紬がいなかったことに。

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