オタク気質が災いしてお妃候補になりました

森の木

従者ジャンは目撃する3(ジャン視点)

 従者としてジャンは、毎日あわただしく一日が過ぎる。
 ジャンは国の中で羨望され、さらに目立つ役職についている。なぜならば、仕える主が国王の位を継ぐ生まれにあるからだ。


 ジャンの主の名前はエドワード。現・国王の孫にあたる。父親も若く元気であり、才気あふれた立派な方である。エドワードはそんな偉大な父に複雑な気持ちを持っていたが、それを克服しようと日々勉学に勤しんでいる。
 ジャンも主以上に学ぶべきことは多く、エドワードの従者としての時間は勉学や稽古に追われていた。自分の時間などはほぼないと言えよう。
 ジャンはそんな忙しい役職でありながらも、最近はそんな日々に満足していた。主の前向きな姿勢と、人のことを思いやる姿勢が自分の捻くれた気持ちも、前向きにさせてくれるようになった。


 ジャンは南の貴族の出身の子爵の位にある。
 なぜ地方貴族の中堅が、重要な役になったかというといくつか理由がある。


 まずジャンはエドワードの遠い親戚筋にあるということだ。その縁で、母親は若いころに城で働いていた。そこでエドワード様の母親のサラ様や現・王妃の信頼を得ていた。
 次に南の貴族の特徴があるだろう。南の貴族が治める土地は、血気盛んであり、どちらかといえば好戦的な人柄が多い。武勇を誉れとし、国の中では武器を作り、さらに武道をたしなんでいる人々が多い。ジャンはその中でも、もっとも強い流派の一つであり、スパイなどの隠密活動が発達した家系だった。ジャンは、小さいころから素質があった。また背格好がエドワードと似ていたことも理由である。ジャンは、その技術と変装の腕前で、何かあればエドワードとそっくりに化けられるのである。ジャンは身代わりの役もこなせるのである。


 エドワードの従者として見込まれ、小さいころにエドワード付きの従者になって数年がたった。


 最近の主の関心ごとは、仕事以外ではほぼ一人の女の子のことが頭に占めていると思われる。主は侯爵家のアリーシア様がとてもお気に入りである。


 アリーシア様は、この国の建国において、多大な功績を残した忠臣の子孫である。また治める領地は財源が豊富であり、豊潤な土地であり、国にとってはなくてなくてはならない家である。アリーシア様は、子どもたちに文字を教えるために、資金を投じて工房を作った。その本は今まで見たことがないものであり、子どもたちはもちろん大人までも魅了した。


 エドワードは、小さいころから英雄の話が好きであった。特に英雄・サンパウロと国王の絆には憧れのようなものがあるらしかった。ジャンはそういうような熱い友情は苦手なので、純粋に憧れをもっているエドワードが子供っぽくも感じたが、素直に羨ましい気もした。


 エドワードはアリーシア様が作った本を最初に読んだとき、驚いていた。同じような年齢の子どもが工房で平民の出の者たちと一つに作品を生み出す力に感心していた。
 アリーシア様とエドワードは小さいころから確執もあった。エドワードの一方的な気持ちから、うまく言葉にできなく、アリーシア様に悪印象をもたれたままであったのだ。エドワードは素直ではなく、謝罪をすることができなかった。アリーシア様とは、侯爵家の木の上で何度か出会う機会があった。そこで親睦を深めたようだ。


 エドワードはアリーシア様の行動力、そして階級に関係なく平等に接し、世の中をよくしていこうとする姿勢に大きく影響を受けていったように感じる。エドワード様にとって、女性というものは、母のサラ様のように優しく、何も言わず、包み込んでくれる存在の者が多かった。


 しかしアリーシア様はそんなことはなかった。悪いことは悪いとはっきり言い、嫌なことは嫌だとはっきり言う。自分の意見は身分の高いものに対しても、毅然とした態度で主張する。そしてそれは身分の低いものであっても同様で、アリーシア様は皆に平等意識のある人だった。この意識は、階級社会である国の人間としては珍しい。やはり特権階級である意識の強い貴族は、平民とは同じ意識をもたない。最初に感じた通り、何か不思議な令嬢であるのは間違いなかった。考える発想は、この世の中の常識を覆すようなもの。
 アリーシア様のお兄様もまた不思議な才能の持ち主だ。生まれ持っての人を魅了するオーラ、そしてその才覚に甘んじることなく、ストイックなまでに自己研鑽をしている。
 エドワード様ですら、アラン様のもったオーラに圧倒され、むやみに近寄れない雰囲気があるのだ。エドワード様にとって、英雄サンパウロの末裔の侯爵家は憧れの存在でもあるように見られた。


 「ジャン、社交界のパートナーに誘うにはどうすればいいと思う? 」


 ジャンはエドワードについて、まじめに考えていたところ、雰囲気をぶち壊すような主の質問に内心突っ込みを入れたくなった。そうなのだ。エドワード様の関心はアリーシア様。最近は、仲良く話すチャンスも少しはあり、社交界デビューも近づき、どうすればアリーシア様をパートナーに誘うか考えていた。


「普通に誘えばいいじゃないですか?デートと同じように」


「いや、そういうわけにはいかない。そもそもデートの誘い方がわからない」


「そうですね。まあ、エドワード様は仮にも王位継承者ですし。軽々しく誘えないですよね」


「ジャン、最近俺の扱いが雑になっているような気がするのだが。まあ、いい。そういうことだ。軽々しく誘えないのが難点だ。世間ではお妃候補やら、騒がしすぎる」


「仕方ないですよ。王は国の中心ですから。アリーシア様は誘っても断るでしょうね」


「やはり、そうか」


「はい、重いって思われますよ。引き受けたらお妃候補だ、なんだって騒がれるじゃないですか」


「大臣たちに聞けば、俺が誘って喜ばない女はいないといわれたぞ」


「大臣はいうでしょうね。それは地位や名誉がほしい人は、娘を差し出したいって思うでしょうね。娘さんも王妃になりたい貴族は多いでしょうから。ただ全員が全員そういう考えではないでしょう」


「うーん」


「エドワード様には、もう誘いたい相手がいるのですから。それは悩みますよね」


「お妃だって、俺が言えばみんな喜んでお妃になると周囲はいうのだ。しかしあいつはきっとよしとしないだろうな」


「責任が重すぎますから。大変ですよ、王妃って位は。俺だって大変だと思います」


「ジャンもか」


「まあ、近からずも遠からずって立場にいるもので」


 ジャンも、エドワードに仕えている身である。羨望があるかわりに、嫉妬され、さらには責任も大きい。王妃という立場になれば、もっと大きくなるだろう。世継ぎを望まれ、国を支え、次の世代を育て、王のよき妻でいなければならない。


「アリーシア様は真面目な方ですから、簡単には誘いには応じないでしょうね」


「社交界のパートナーさえ簡単に選べないとは。今回ばかりはこの地位が憎いな」


「反対に考えれば、エドワード様の誘いは断れないってことです。ですから相手が嫌がらない程度に、強引にことを進めるという手段もあるにはあるでしょう」


「どういうことだ? 」


「本命とはパートナーにはなれなくても、今よりも仲を進展させることは可能です」


「というと? 」


「アリーシア様ですから、ダンスは踊ってくれるでしょう。そこでうまく連れ出し、仲を深めるのはどうですか? 」


「それはいいな」


「全部はうまくいかなくても、自分に有利な展開がもちこめれば勝ちみたいなものでしょう」


「こういう悪知恵は、昔からジャンには勝てないな」


「お褒めにあずかり光栄です」


 そういうこともあり、エドワードは社交界でアリーシア様を誘いテラスで話すことができ、アリーシア様と友人になる約束をかわしたとエドワードは報告してきた。ドレス姿で、今までの可愛らしいイメージのアリーシア様が、大人っぽく髪をあげて美しいことを熱弁していた。ジャンはエドワードの単純で、素直なところはいいところだと思った。






「ジャン、お妃候補についてだ。候補としてあいつが上がっている。困っているだろうか」


  次に相談されたのは、アリーシア様が作った本が売れに売れ、国中のブームになった時だ。サラ様が懐妊し、その勢いはさらに大きくなった。アリーシア様の兄上の手腕もあって、本の収益はかなりのものになり、アリーシア様は子どもたちの教育のために基金を創ることになった。なんと素晴らしい行いだ。アリーシア様たちの不思議な力はさておき、主の悩みはほとんどアリーシア様のことである。


「困っているでしょうね。もともと乗り気ではないでしょうから」


「お妃候補にいてくれると、何かと心強い。実際お妃になってもらえば、助かる。アリーシアの力量、器量。お妃としてふさわしいと父上にも言われている。しかし問題は本人のやる気のなさだ。王妃には興味がなさそうだ。」


「それはそうでしょうね。今以上に不自由になってしまいますから」


「しかし俺としては、気軽に意見を言えるのも、臣下として信頼できるのもいまのところアリーシアだ。恋愛感情など、よくわからないが……あいつなら王妃としてやってくれると考えている」


  エドワードはとっくにお気に入りを通り越して、アリーシア様が大好きであるのは一目見てわかる。ただエドワード様はまだまだお子様であるので、恋愛感情とか、大人の愛などわからないのであろう。いつかは女性としてアリーシア様を意識する日がくるだろうが、まだ先のことであろう。


「そうですね。だったらサンパウロ様の本の一節をとって誘ってみたらどうでしょう。アリーシア様はサンパウロ様がお好きですから、きっと心揺れるでしょうね」


「一節が。王がサンパウロに戦友になろう……と語りかけるシーンがあったな」


「そうです、王妃としてではなく、戦友として戦うという言葉はどうでしょう」


「なるほど、いいな」


「それに変にプレッシャーをかけてはいけません。お妃候補になっても、まだお妃じゃないから時間をかけてゆっくり考えてくれればいい、とでも言っておきましょう。これは持久戦に持ち込みましょう」


「ジャン、いい案だ」


 そういう会話もあり、アリーシア様はお妃候補になることが内定した。
 季節がめぐりサラ様は女の子をうんだ。エドワード様はお兄様になった。初めて血の繋がった家族がうまれ、メロメロなエドワード様である。アリーシア様がお妃候補になったこともあって、さらにご機嫌である。
 しかし4貴族などに取り決めにより、お妃候補選定は総合的に決めることが議論された。そこでエドワード様は6人のお妃候補とともに、同じ学び舎で過ごし、親交を深めてからお妃を決めることになった。ジャンももちろんエドワードに同行し、寄宿舎生活になる。


 エドワードは生まれたばかりのクリスティーナ様と離れるのが寂しそうである。ジャンにとっても、とても愛らしい王女様が大切である。しかし心を鬼にして、エドワードを叱咤する。


「エドワード様、これからが勝負です。王としての器を磨き、自分の決めた人と結婚する。長い道のりですよ! 」


 これからお妃候補のなかからお妃を選定し、そしてエドワード様が卒業されてから、本格的に王位継承者として動かれるであろう。ジャンもそのころには、きっと婚約者を決められ自由がなくなるだろう。
 それまで限りある自由な時間のなかで、寄宿舎生活を楽しむことにしよう。


 素直でわがままな主の世話を、今日もひねくれ者ジャンは嫌々ながらもするのであった。







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