オタク気質が災いしてお妃候補になりました

森の木

幕間 従者ジャンは目撃する2(ジャン視点)



 ここは渓谷に囲まれた王国。外敵の侵入は難しく、国内は比較的安定している。というのも400年前、国王とその臣下らがこの地を見つけ、建国してからこの国は存続している。
 現在の王には、公爵の息子とその孫がいる。王には子どもがほかにもいるが、男の後継者はほかにはいない。王国は、王が早くに亡くなってしまったなど特殊な理由がない限り、男性が国王になる。


 ジャンが仕えている主は、王国の未来を背負っている。国王の家系は赤髪に、金の瞳である。特にその特徴が男性に濃く出るため、後継者として男性が選ばれるのは、そういった特徴をもつ子どもに限られるからである。ジャンの主も、見事な赤髪と金の瞳、紛れもなく後継者としての資質はある。しかし内面は資質があるかと言われるとまだわからない。主はまだ子どもだ。


「ジャン、エドワード様はどこにおられますかな? 」


 ジャンは何かあると大臣から、この言葉を言われる。ジャンも従者として様々なことを学ばなくてはならなく、王子の子守をずっとできるわけではない。子守といっても主と年齢にそう差はあるわけではないのだが。


「先ほどまで、剣の指導を受けるお時間でした。そろそろ着替えに戻ってこられ、午後は座学の勉強になるかと思われますが」


「そうか。剣の指南は終わったと聞いてこちらに来たのだが。着替えに戻ってこられないのだな」


「はい」


 しれっとした顔で返事をするが、内心ドス黒い感情がわき出てくる。


(あの、クソ王子どこに行ったんだよ)


 率直に言えばこうである。ジャンは幼い頃に、従者として資質を見いだされ、王子のもとへ来たが、最初はやる気がなかった。王子が幼すぎたのである。わがままであるし、人を見下した態度をとる。ジャンは肩書きだけの従者だった。しかし王子は、自分のなかに足りない部分を自覚してから、少しだけだが変化があった。
 それは侯爵家のガーデンパーティーがあって、侯爵家と一悶着あった時だ。侯爵家の令嬢のドレスを破ってしまい、反撃に殴られるということがあった。大人たちが解決してどうにか丸く収めたかに思えたが、主は令嬢を怒らせることをさらにしてしまう。侯爵からも父親の公爵からも注意され、行いを改めるようになった。


 それまで赤髪の王子は、城の中だけの王だった。しかし外部から見たらどう自分が見られているのか、初めて自覚するようになった。今まで王になるべく受けていた教育も真面目に受けるようになり、剣の稽古も真面目に受けるようになった。
 しかし主・エドワードは壁に当たっているように感じる。真面目にやっても、やっても。そこには、王としてどうあるべきかというのが問われることに気がついてしまった。どこへ行っても、実の父・エンドリク様と比較される。父のエンドリク様は、天才型といってもいい位、人望があつく、勉強も、剣もすべてがこなせる。
 偉大なる父の前では、エドワード様は自分と父との格差を感じることになる。真面目にやればやるほど、自分には父を越えることができない苛立ちを感じることが多くなったようだ。
 最近は、いろいろな面で煮詰まっていて、目を離すといなくなっていることがある。
つまりサボりである。それが大臣や、そのほかの人にバレれば、ジャンが説教をされる。ジャンはエドワードが悩んでいるのは知っている。しかしエドワードが越えなければ意味のないことだと、突き放していた。特に意見を求められていないし、エドワードが癇癪カンシャク持ちだからである。つまり面倒くさかった。しかし、エドワードが行方をくらませるのは、もっと周囲からの小言が多くなるので面倒くさい。仕方なくジャンはエドワードを探しに行く。


 ほぼエドワードが行く先は検討がつく。


 実は城内には、王族しか知らない隠し通路が縦横無尽ジュウオウムジンにある。
ジャンはエドワードが通路へ入っていくのを知ってしまい、隠し通路に入ることはできないが、行き先を調べることはできた。
 まず考えられるのは、エドワード様の母君の場所だ。エドワードの母・サラ様は内政に干渉しないで、王宮の奥に暮らしている。あまり体が丈夫ではないというのもある。エドワードが逃げ場にしている可能性は大きい。
 次に考えられるのが、城の中にある図書館である。エドワード様は実は本が好きだ。特に昔からの英雄物語が好きらしく、本を読んでいる。
 そして最後に考えられるのが、侯爵家の中庭である。もともと王家と英雄・サンパウロの邸宅はいくつか通路でつながっているらしい。王家に何かあったとき、逃亡用の通路として作られたのだろうことが予想できた。エドワード様は中庭にある、大きな木の上でいるのがお好きなようだ。
城を外から眺めることができ、城の中だけでは思考が偏ってしまうのを改めることもあるのだと思う。


 ジャンはエドワードがいなくなると、その場所を見回りに行く。だが、全部が離れた場所にあるので、見回りに行くのも一仕事である。見回りが終わったら、普通にエドワードが戻っていて「遅い!」と怒られることもあるのである。理不尽である。


(クソ王子、自己中なのはわかっているけどな。こっちの苦労も察せよ!)


 いつもジャンの心の中は「クソ王子」と連呼している。
 しかし、その日常も変化があった。国王が流行病で倒れたのだ。
 今まではどこかみなが、エドワード様に甘かった。しかしエンドリク様が国王代行になって、国務を遂行することになると、その息子のエドワード様は国務の補佐の仕事も出てきた。もしエンドリク様が手いっぱいになったら、エドワード様が表に立つこともある。
初めてエドワード様は、後継者としての重荷に気がついたようだ。


 もちろんそれはジャンも同じだった。実際、外交面で使者との席にジャンも同席する機会がある。すると国内だけの知識では、とても足りなく、国王という立場はあらゆる知識に精通していなければならないことを実感した。ジャンも、そういう王に対して補佐として、王が足りないと感じたら、さりげなくフォローできるように常に備えていなければならない。


 ジャンは自分自身も甘かったことに気がついた。
 城の中だけの王子とエドワードを馬鹿にしていたが、自分も単なる貴族の坊ちゃんであった。自分がエドワードを補佐するということは、エドワード以上にいろんな立ち居振る舞いを勉強しなければならない。ジャンは毎日が大変だった。
 しかし自分のことで手一杯で、エドワードに気遣うこともできなかった。
 今日の隣国の使者との面会で、エドワード様はほとんど意見を言うことができなかった。隣国の王子はエドワード様とほとんど年齢がかわらない。ただその王子としての差が明確になってしまった。エドワード様はひどく落ち込んでいた。面会が終わって、エドワード様はすぐに姿が見えなくなってしまった。
 城内をくまなく調べたが、いなかったので、たぶん侯爵家の中庭にいるだろうと考えた。
そして侯爵家に向かい、厳重な警備のなか警備兵が交代する時間帯を見計らって、中に潜入した。中庭へいくと、大きな木の上に案の定、エドワード様がいた。しかしそこには侯爵家の令嬢、アリーシア様がいた。
 アリーシア様とエドワード様は、ガーデンパーティー以降ぎくしゃくした関係である。ほとんどエドワード様が女性に対する接し方を間違っている点が大きいが、アリーシア様もなかなかに頑固である。アリーシア様は素直で優しいと評判であるから、エドワード様に距離をもつのも意外でもある。アリーシア様は、母上も父上も常識人であるため、エドワード様の自己中な部分が嫌いなのかもしれないとも思った。
 貴族では王子という立場もあって、エドワード様には意見するものなどいない。まして女性ならエドワード様にくちごたえする人は皆無だろう。


 様子を陰でうかがっていると、エドワード様が愚痴っていた。
 それをアリーシア様が聞いていた。そしてなだめるように話をしていた。年齢の割に、大人びた印象のある令嬢だ。年相応かと思ったら、言葉の端々が大人のような物言いをする時がある。賢いとはまた違う。女性はませているところがあると聞くが、アリーシア様はそういうのとは違う気がする。
あえて言うなら不思議な令嬢だ。つかみ所がない令嬢だ。


「ジャン…………」


 話が終わって木から下りてきたエドワード様を見て、ジャンは姿を主の前に現した。


「エドワード様、大切な時期です。いなくなられては困ります」


「………悪かった」


 ジャンはひどく驚いた。目の前のクソ王子―――ではなく、エドワード様が謝ったのである。そしてすっきりした顔をしていた。目が赤かったので、泣いていたのだろうか。


「いえ。わたくしも、エドワード様の従者として至らぬ点を痛感しています。エドワード様、今日は申し訳ありませんでした」


「……、それは俺も勉強不足であった。まだまだ成長が足りない、ということだろう」


 エドワード様も素直に頭を下げるジャンに驚いたようだ。そして、エドワードも王子らしい言葉を告げる。ジャンは主の成長を感じられた。ジャン自身ももっと精神的にも成長が必要だと感じた。主には負けたくない。クソ王子が成長しているのに、負けてられない。


 ジャンはやはり心の中でドス黒いものが出てきたが、わくわくしていた。この王子についていったら面白くなるかもしれない。ジャンは自分自身、主に尽くす正しい従者にはなれないと感じている。だが、ジャンが思うなりの従者になりたい。エドワードの後ろについていき、これからのことを思う。


 その後、相談に乗ってくれたらしいアリーシア嬢に対して、お礼のつもりでクソ王子は社交界デビューのパートナーに指定した。しかしアリーシア嬢はいやがったらしい。それはそうだ。お妃候補に揺れている国内情勢を考えれば、余計なことに巻き込まれたくないのはわかる。エドワード様はアリーシア様のことがそれなりにお気に入りなのだと思う。というか、綺麗で聡明であるし、お妃候補としても申し分はないだろう。ただお妃にとなると、いろんな重圧があるし、アリーシア様本人が乗り気ではないのに不憫である。


 エドワード様の気分だけでは社交界のパートナーも自由に決めることができない。
そんなエドワード様も不憫であるが、ジャンだって勝手にパートナーを決めることができないから同じようなものだ。従者だって、エドワード様の相手を決められてから、バランスをみて決められる。自由なんて最初からない。


「従者も、なかなか辛いんだよ。クソ王子」


 エドワード様を部屋に送ってから自室に戻ると、一言つぶやいた。まだまだ自分にはやるべきことがある。ジャンは今日もクソ王子とつぶやきながら、勉強を再開するのだった。



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