政略結婚で仮面夫婦の予定だったが、破滅フラグを回避するため鬼嫁になります
第二十七話 襲来
Side ローズ
 「まさか……」
観客席でロバートとアルフレッドのパフォーマンスを見ていて、晴天の空のもと、楽しい時間が過ぎていた。だが、それもさきほどまでのこと。
今は空が暗くなり、地響きがする。そして、何かを感知するように左目が熱い。記憶の奥底からあふれてくる情景が、頭に何度も浮かぶ。大きな翼をはためかせ、この会場に飛来するだろう大きな影。
ローズは左目を押さえて、周囲を見回す。
ステージでは、倒れ込んだロバートを介抱しようとルボワが近づいた。ロバートの様子が変だ。まがまがしい魔力がロバートを取り巻いている。この魔力は、人間のものと思えない。
不意に観客から声が上がった。叫び声のような悲鳴だった。観客が注視してる先は、ロバートだった。
ロバートはふらつきながら立ち上がり、近くにいたアルフレッドの首を突然絞め始めた。
ローズは慌ててアルフレッドの傍まで近づいていく。
ロバートは今までのハンサムな姿はなく、顔が赤黒く染まり、まるで別人の顔つきだった。
 「誰かに、憑依されている? 」
  ローズはつぶやいた。そして傍にいたルボワが頷いた。
 「ええ、この様子はたぶんアルフレッド様の叔父であるレンド様かと」
 「叔父さま……」
アルフレッドは首を絞めるロバートを見つめていた。アルフレッドの表情には恐怖もあるようだが、それ以上にかわいそうな相手に複雑な感情をもっているようだった。
 「アルフレッド様をお離してください! 」
このままでは大変なことになってしまう。ローズはロバートに近づき、手を離させようとする。しかしロバートは躊躇なく、魔術を放ってきた。ローズは警戒していたので寸でのところで、魔術を相殺した。
 「やめろ!ローズには手を出すな! 」
首をしめられても抵抗していなかったアルフレッドが、初めて声をだした。そして自分からロバートの手を払いのけた。
 「はあ、はあ、はあ……僕のことはどうでもいいんです。でもローズは関係ない! 」
首を絞められて息があがったアルフレッドは、明らかに怒っている。アルフレッドが本気で怒る姿を初めてみた。静かに、青い炎がなびくようにゆらゆらと怒気をあらわすアルフレッド。
 「レンドおじさん、ですよね?ロバートさんを操っているのは。彼も関係ない人間です! 」
 「うるさい!!!お前はくちごたえするな!!! 」
アルフレッドはロバートに強い口調で彼の行為をたしなめたが、それを割ったのはロバートの怒声だった。その様子からロバートがアルフレッドの叔父レンドに操られているのは間違いなかった。
 
「お前があのまま、部屋のなかで朽ち果てれば。全部我が物になったのに。この女のせいでお前は部屋の外に出てしまった。全部お前のせいだ。そしてこの女も血祭りにあげなくてはならない! 」
狂ったようにロバートは声をあげる。
そしてロバートの姿をしたレンドは、両手を上げて、術式を詠唱した。それは長い長い詠唱だった。その術式は、ローズは聞き覚えがあった。アルフレッドも術式を聞けば、それがどんなものかわかってしまった。
 「ルボワ!!!みんなを避難させて!!! 」
 「ハンナ!!!みんなを外に避難させて!!! 」
ローズとアルフレッドは同時に叫んだ。空に時空の歪みのようなものが発生し、その中心から大きな竜巻のような風が吹き荒れる。雷がバリバリと空を駆け抜ける。領民は悲鳴を上げてその会場から逃げていく。ルボワとハンナは領民を誘導し、混乱をさけるように冷静に対処する。そして屋敷へ向かうように声をかける。屋敷ならば結界があり、どうにか助かる可能性も出てくるだろう。
そう、ロバートが詠唱したのは、禁術であり、ドラゴンを召喚させるものだった。
ローズは思い出した。自分が禁術で何をしたのかを。昔ドラゴンを倒すために、ローズはドラゴンを召喚した。王家に伝わる禁術、それは古くから王家を守護するらしいドラゴンの始祖。赤いドラゴンは、ローズを襲ったドラゴンを八つ裂きにした。
ローズの記憶が戻っていくと同時に、空間のゆがみから光沢のある黒いドラゴンが姿を現した。大きな黒いドラゴンの後ろには、小型の緑のドラゴンがいる。複数のドラゴン。今まで王家がこの国を建国してから、複数のドラゴンの襲来は報告されていない。最悪の事態である。ロバートの魔力を空っぽにして、強制的に召喚魔術を使ったようだ。そんな無理をしては、ロバートの命さえ危ぶまれる。
「はははは!面白い!これで全部なくなればいいんだ。俺を否定した世界!俺を馬鹿にした世界!こんな世界は全部なくなればいい!苦しめばいいんだ! 」
ロバートの体にある魔力が枯渇して、意識を乗っ取るのも難しくなったのだろう、そのままロバートは意識を失い倒れ込んだ。慌ててローズはロバートに近づく。どうにかロバートは息をしているが、かなり衰弱をしている。これだけ無理やり魔力を使わされたのだ。早く医師へみせなければとローズは判断した。
「アルフレッド、ロバートをお願い」
「ローズ?まさか……無謀だよ」
ローズはロバートをアルフレッドに預けた。ローズは手袋をはめた。これは戦闘時に使うもの。魔術が編み込まれた魔導装置に近い役割の手袋は、魔力を増幅させる。ときには魔力のダメージを軽減もしてくれる。王家に伝わる秘宝の一つである。これを使うときがこんなにも早いとは思わなかった。ローズは夢をみてから、下着に隠して王家の秘宝を領地へ持ち込んだ。
「できるだけ、時間を稼ぐから。もしわたしが倒れても、あなたは逃げて」
「ローズ!!!!! 」
ローズは魔術を唱え、空を飛んだ。まずはドラゴンの意識を民衆から離すためだ。なるべく離れたところに行こう。そうすれば、被害を少しでも減らすことができるかもしれない。
「黒いドラゴン!!!!わたしが相手よ! 」
術式を詠唱し大きな力を呼び覚ます。『爆発』、『火』、『四方八方』……それらを詠唱しはじめた。術式は大きな炎の塊となって現れ、ローズを覆い隠す。そして複数の火の玉はドラゴンを攻撃し始める。 ローズは連続して詠唱する。
『雷』、『直線』、『剣』……その詠唱でローズの手には大きな稲妻を宿した剣が生まれる。大きな稲妻の剣を持ち、ドラゴンの群れに向かって、大きくなぎ払った。
だが、その攻撃でダメージを受けたドラゴンはいなかった。
ローズがもつ上級魔法で連続して攻撃してみたが、ダメージを残すことができない。ローズは乱れる息を飲み込んだ。
ようやく黒いドラゴンが攻撃に気がついて、率いたドラゴンとともに、ローズに相対する。黒いドラゴン1匹、緑のドラゴン4匹。計5匹のドラゴンに対して何もすべが見つからない。ローズはいくつかの魔法を考えてみたが、やはり解決策は浮かばない。
「でも、諦めていられない。わたしががんばらないと」
ここで引いたら、大切なものがなくなってしまう。大好きな領地、領民、召使い、そして夫。ローズは負けそうになる心を奮い立たせて、魔術を詠唱し始めた。
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