乙女ゲーム迷宮~隠れゲーマーの優等生は、ゲーム脳を駆使して転移を繰り返す先輩を攻略する!~
第29話 女子高生、願いを決める
「エリーどうしたの? 」
「ずっと、探していたの。あの人を…………まさかヒカリがグルだったなんて」
「どういうこと? 」
エレノアの姿がまた黒くなってきている。闇がまた彼女を襲っていく。だめだ、せっかく彼女が光を取り戻したのに。ヒカリはエレノアが怒っている原因がわかなかった。
「ヒカリの持っていたアイテム。これは、あの人の力を感じるの。わたくしを捨てて消えていってしまった。あの人の…………だからこのアイテムに頼りたくなかった。目に入れたくなかった」
「このアイテム…………、エリーはもしかしてヤンヤンのこと知っているの? 」
「ええ、よく知っている。ずっと探していたのですもの」
「もしかして、ヤンヤンがエリーの恋人だったの?! 」
ヒカリは古い知り合いだとはヤンヤンから聞いていたが、まさかエレノアの探し人本人だとは思わなかった。とすると、全部ヤンヤンは知っていたのだろうか。
「ええ、ヤンヤンというのね。彼は…………わたくしの恋人、リュシアンよ」
「リュシアン、全然似合わない名前…………」
あのタヌキがリュシアンなんて、かっこいい名前笑ってしまう。その証拠にヒカリは思わず吹き出してしまった。
「ヒカリは失礼ヤン! 」
エレノアが地面にたたきつけたスマートフォンが、カタカタと動き出す。そして白い光とともに出てきたのは、金髪の青年だった。確かに見た目がリュシアンという感じの美形の青年だった。そしてリュシアンの前に、エレノアは立つと、頬を打った。エレノアは泣いていた。しかし綺麗な涙を流しながら、彼女は闇に飲み込まれず、綺麗なままの女神だった。闇を退けたようだった。
「ごめん、エレノア」
「それは、どういう意味なの?わたくしの前から消えたこと?それとも、わたくしを捨てていったこと? 」
「全部、かな? 」
ヒカリは「最悪だな」と内心呟いていた。確かにリュシアンは美形で、背も高く、誰もが振り向くだろうかっこよさだ。でも顔つきが、ヒカリの苦手な感じの美形。そう軽薄であるのだ。これは、ぜったいダメ男。やっぱりエレノアはダメ男を好きになってしまうタイプなのだろう。こんな男をずっと引きずって、闇におちてしまって。エレノアの男運のなさには同情するが、リュシアンには同情するところはなかった。
「あなたは、なんてひどい人なの…………」
「これで僕を嫌いになってくれた? 」
「リュシアン! 」
話せば話すほど最低なやつだ。ヒカリは2人のことであるので、口ははさまないが、泣き崩れるエレノアを慰めたくなった。そしてエレノアが立ち上がれなくなるほど絶望しているのを見てから、ヒカリはリュシアンと話をする番だと思った。
「ヤンヤン、いえ違うわね。リュシアン、あなたは何をしようとしていたの?このゲームに誘い出したのは、あなたよね。そして先輩を助け出してほしいと。でも全部が悪い人には思えない。このゲームをクリアする手助けを少しでもしてくれたから」
「うーん、何をしようとしたかというと。ヒカリには、この世界をクリアしてもらいたかっただけだよ。魔女となってしまったエレノアがつくり出した、異世界。これ以上この世界のエネルギーが膨らむと、いろんな世界に影響をしてしまうから。彼女の力は暴走していたからね」
「じゃあ、あなたが仕組んだの?この世界に、わたしが行き着くように」
「そうだね。そもそも先輩を選んだのも、僕だよ」
「なんですって!ちょっと、聞いてない! 」
「うん、言ってないからね」
リュシアンはまったく悪びれなく、自分の功罪を口にする。
「ヒカリがこの世界をクリアできると思った。だから、魔女が興味もちそうな人物を見繕った。ヒカリがその男に興味をもつように、自然と接点を現実世界でも作った」
「ちょっと、先輩とわたしって…………どこまであなたが企んだの? 」
「全部。君と先輩が出会って、そして君が先輩を追いかけることを予想して。そしてゲームの中に誘い込んだ。先輩には僕の力を少しずつ送って、魔女が興味をもつようにね」
「どこまで人をバカにすれば気が済むの?!納得できない! 」
ヒカリは心底怒った。全部自分の都合で、人を操作して、手のひらで転がした。結果的にこの世界をクリアできたこと。リュシアンにとっては、思い通りになっただろう。しかし、ヒカリの前に立ちかばってくれた人がいた。
「先輩…………」
「アラキ、お前が怒る必要はない」
「でも」
「こういうのはキライだけれど、悪い」
謝りながら、先輩はリュシアンの頬を殴った。先輩は大柄で力も強い。容赦がなかった。リュシアンは崩れ落ちた。だが力を使えば無傷でもいられるはずだ。でも先輩の拳をよけなかった。多少は悪いという気持ちはあるのかもしれない。
「アラキは、人のために怒れる人だ。だが自分のことでは怒れない。だから俺が怒るよ」
「先輩、ありがとう…………」
唇が切れて血を流すリュシアン。まだ薄ら笑いを浮かべている。相手をバカにしたような微笑みだ。
「これで満足なのかな?これくらいで、全部がなかったことにできるなら安いものだ」
「リュシアン! 」
ヒカリはまた怒りがわいてきた。でも先輩が自分のかわりにリュシアンを殴ってくれた。そしてエレノアも自分とリュシアンの決着を自分でつけた。これで終わりなのかもしれない。後味がとても悪い。ヒカリは俯いて、しまった。どうすればいいのかわからなかった。
すると、すっとエレノアが立ち上がった。涙を拭いて、そして美しい顔であった。
「ヒカリ、サトル…………どうか怒らないでください。すべてわたくしが、闇に飲み込まれ、世界に歪みを生み出してしまったこと。リュシアンがすべて悪いわけではありません。わたくしの至らなさが招いたことです」
「でも…………」
エレノアの言っていることは、もっともではある。でも感情の部分で、エレノアを傷つけたこと。そして自分はいいが、先輩をこんなことに巻き込んでしまったことへの怒りがおさまらなかった。先輩がいい人だから、気にしないと言うかもしれない。だが、納得ができない。
「ヒカリ、あなたの願いを一つなんでも叶えましょう」
「え…………」
「そうだよ、ヒカリ。クリアしたら、先輩とのハッピーエンドを願えばいいんだよ。そうすれば、2人はずっと幸せになれる」
リュシュアンも言葉を加えた。そうだ、確かに最初に言われたこと。この世界から先輩を助け出せば、ラブラブになれると。でもヒカリはそんなことは望んではいない。もちろんゆくゆくは先輩と仲良くなれたらなと、淡い気持ちはもっている。でも誰かにお願いして叶える願いではない気がする。ヒカリとすれば、時間をかけて、先輩のことをもっと知りたい。どこかへ出かけて、たくさん思い出を重ねて。ヒカリのことをもっと知ってほしい。
「先輩、わたし願いなんてないです」
「アラキは無欲だな」
「今に満足しているから。ただ、一つだけ…………」
先輩に振り向いて、ヒカリは迷いをぶつけた。先輩は少し悩んだように頷いた。ヒカリの心をわかっているように、背中を押してくれているようにヒカリを見つめ返した。
「ハッピーエンドにしたい。この結末が嫌なの。魔女が悲しんで、リュシュアンが悪者になって。わたしも悲しい。だったら、チャンスがほしい」
「ヒカリ、チャンスを願いますか? 」
「はい、今ある結末は変えられなくてもいいの。でもみんながいつかハッピーエンドになれるように、チャンスをください」
先輩が、ヒカリの肩にそっと手を乗せた。先輩もヒカリの意見に賛同してくれているようだ。またもう一度、このゲームをクリアしろと言われたら嫌である。でも、この結果を上書きするようなチャンスがほしい。ヒカリは先輩を見あげてから、エレノアに向き直った。そしてエレノアは祈った。大きな光がエレノアからあふれる。この世界も光に飲み込まれていく。光が周囲を飲み込み、視界さえものみこむと、ヒカリは意識がなくなっていくのを感じた。
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