乙女ゲーム迷宮~隠れゲーマーの優等生は、ゲーム脳を駆使して転移を繰り返す先輩を攻略する!~

森の木

第1話 序・女子高生、タヌキに会う

 ヒカリは目の前の光景に、一瞬意識を失いそうになった。見たことがない空間が広がっている。


「わかってる、わかってる。これは夢、そう夢なのよ! 」


 だが、いくら待っても意識が覚醒し、いつもの目が覚める……その気配を感じられない。これは夢の話だなと思ったら、意識が浮上することが多い……はず。


 「いやいや、異世界転移?妄想は得意だけれど、まさか幻覚を見るなんて…………」


 途方に暮れるしかなかった。
 この空間は、時空のゆがみであるのか。天井はないし、光の渦が宙にいくつも浮かんでいる。足下にある地面は、つるつるとした石のようなもので、履いているローファーのつま先でトントンと蹴ってみても、反響するのは鈍い音。


 「わたし、なんでこうなったのだろう…………」


 ここに至る経緯を思い返してみた。


 朝起きて、ご飯を食べて、学校へ行った。ヒカリは高校二年生。まだ誕生日が来ていない。よって年齢は十六歳。


 家から電車で少し、比較的距離は近い公立の高校へ通っている。姉が2人いるが、姉たちも家から近いという理由で同じ高校だった。姉たちは年が離れているので、社会人である。
 ヒカリは姉たちに大切な用事を頼まれていて、放課後はある店へ直行する任務を請け負っていた。その任務とはあるゲームを入手することだ。






 「そう、ゲームをお姉ちゃんから頼まれて。発売日だったし……」


 いつもの通り、学校へ行ったことは覚えている。


 ヒカリは学校では、普通の女子高生。スポーツは好きではあるし、成績は中の上。友達もそれなりにいる。一般的に優等生といったところだろうか。


 だがヒカリには、人には言えない趣味がある。実はガッチガチのゲーム好き。昔から姉たちがお年玉を駆使し、さらに長女が投資の才能もあって小銭をある程度の資金にまで増やす。そしてその資金を投入して、ゲームを買いあさっていた。三姉妹でゲームにのめり込んだものだ。
 王道RPGからホラーゲーム、格闘ゲーム、シュミレーションゲーム、パズルゲーム。どんな分野も姉たちと一緒に楽しんだ。そのなかで最近三姉妹がドはまりしているのが、恋愛ゲーム。乙女ゲームと言われているものだ。




「お姉ちゃんに、発売日チェックしておけって言われたのに。ほかのゲームに夢中ですっかり忘れてて……気がついたら予約できなくなってて」




 姉たちは学生から社会人になり、時間もとれなくなっていて、一緒にゲームをすることが少なくなった。しかし学生ならば比較的時間も自由だろうと、妹に乙女ゲームの発売をチェックさせ、大人の資金力を投入して、新作乙女ゲームを予約している。
 ゲームを受け取りへ行くのも、ヒカリの大切な任務なのである。乙女ゲームは基本的にひとりでできるゲームであるので、忙しい姉たちの生活スタイルにも合っているようだ。


 今回発売のゲームを手に入れるのは、とても大変だった。数量限定発売であり、予約するのも大変だった。ネットでも前評判がよく、いつもは購入できる店でも、予約受付停止。次の予約再開は未定だという。発売情報について気づくのが遅れてしまい、予約をし損ねたのがいけなかった。






「でも、どうにか予約できて。ゲーム屋さんに行ったところまでは間違いなし! 」




 そう、確かに記憶はある。
 そこで家の近くにある、古くて流行ってないゲーム屋にダメ元で頼んでみた。そうしたらなんと予約ができたのである。さっそく姉から預かったお金を握りしめて、学校へ行った。


 ヒカリの日課。学生だから、学校へ行くこと。ただ、学校では優等生を演じてはいるが、学校など人生の優先順位としては低い。学校はゲームをするため、仕方なく行っているようなものだ。
 勉強をおろそかにすれば、ゲームは禁止になるだろう。両親は優秀な姉たちを見ているから、ゲームは勉強に悪影響を与えるものではないと認識している。姉たちは学校で優秀な成績であったし、そのあとも大学へ行き、人生を楽しんでいる。ヒカリは姉たちのようにバリバリ仕事をしたいわけではないが、とにかくゲームができなくなるのは困る。学校では無難に過ごすことが、ゲームを楽しむために必要だとわかっているのだ。










 ただヒカリにとって、ゲーム以外にも一つ楽しみがあった。


 学校が終わり、掃除をさっさと終わらせて、昇降口へいく。そんなヒカリの横を颯爽と過ぎる大きな背中。野球のユニフォームをきて、グラウンドへ行く男子高生。
 彼はヒカリの一年先輩である。背は大きいが、顔はごつくて、太い眉。お世辞にもかっこいいという顔つきではない。ただとても優しいのは知っている。




 マジマサトル先輩。


 早朝に野球の練習をして、授業が終わったら一番にグラウンドへいく。どうにかレギュラーにはなっているみたいだが、野球部はそんなに強くはない。ただ一生懸命に野球を楽しみ、泥だらけになって、汗をかいている先輩。
 早朝に予習をするために学校へ行くこともあるヒカリ。(教科書やノートを学校へ置いていくことが多いため)彼が誰よりも早くグラウンドへ行くのを知っている。たまに横切ると頭を下げてくれる。そんな何気ない仕草がとても気になっている。自分が物事に真面目な方ではないから、不器用にがんばっているマジマ先輩がまぶしく感じる。








「いけない、いけない…………」


 うっかり先輩のことを考えてしまった。気を取り直して、昇降口へ出て、靴を履いていると、ちょうど先輩が部活へ行く姿が見えた。今日も先輩が見られた!ラッキーと思った。それにこれからゲームをゲットしにいくことを考えると、心躍る。それから記憶にあるのは、ゲームを取りに行き、店員さんにお金を払って……


「で、道に猫?みたいなのが居たから、危ないから端に行くように近づいた気がしたけど」


そう、そこで意識が飛んだ。
そしてこの状況である。


「猫じゃないヤン、妖精ヤン! 」


ブニブニしたしゃがれた声が聞こえてきた。道でみた猫かと思ったが、よくみたらタヌキだ。


「タヌキの妖精? 」


ユニークな顔つきに和んだ。クリクリした目であるが、鼻は丸くて、頬も丸い。
でっぷりしたお腹も触り心地がよさそうだ。ただ妖精っぽくはない。


「違うヤン、君にお願いがあって猫に体を借りてここに連れてきたヤン! 」


「え、どういうこと?! 」


「君は、乙女ゲームの神に選ばれたヤン!乙女ゲームに君の大切な人が、さらわれたヤン!助けないと、君もその人もずっとこの迷宮にとじこめられるヤン!そうしたら、迷宮もろとも世界もなくなるヤン! 」


「え!!!! 全然意味が分らない! 」


 タヌキだか、猫だか、妖精だかわからないが。何かとてつもなくイラっとしたのだ。お腹触ってやろうか?手を伸ばして、なで回してみた。



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