婚約破棄したら、人畜無害の(元)婚約者がいろいろ面倒くさい

森の木

37.婚約者はやっぱりいろいろ面倒くさい 2



「あいつはどうしようもないバカだな」


 数日後、祖父は帰宅して開口一番吐き捨てた。ソフィアは出迎えようとしたら、祖父の声にびっくりしてしまった。祖父は慌てて、ソフィアに言ったのではないと修正した。


「お祖父様、お疲れのようですわ」


「ソフィア……すまんな」


 祖父はオスカーの父と何回か会って話し合いをしているそうだ。だが、オスカーの父はカタリナを連れ戻すと一点張りだった。


「カタリナ様を今の状態で王都に戻すのは、反対です。せっかく最近は笑顔で過ごせるようになったのですから」


「まったくだ。あんな男の傍にいたら、カタリナさんも気が晴れないだろう。あの男は昔から自分勝手過ぎる」


「お祖父様は、オスカーのお父様のことご存知なのですか?」


「ああ、事業を何度か援助したな。あとオスカーのお祖父さんとは、いろいろ競争相手にもなったよ。いいライバルだった」


「まあ、そうなのですか」


「ああ仕事相手としてはいいヤツだったよ。だが、子どもに甘すぎたのはいけないな。何度も忠告はしたことはあるのだがな。女子どもには優しくするように教えろって。まあ昔気質というか、自分勝手な部分があったのかもしれない。俺もひとのことは言えないかも知れないが」


「お祖父様はお祖母様にとても優しかったではないですか」


「好きな女を守れなくて、何が一人前の男だ。俺はオスカーには期待していたが、まだ子どもだな。18才といえば、もう大人の部分があってもいい。オスカーは貴族のあまちゃん過ぎる部分がある」


「わたしお祖父様のお嫁さんになったひとはとても幸せだと思うわ」


「そうか?」


「ええ、お祖母様は世界一幸せな奥さんだったと思うもの」


「そう言われると嬉しいな。ソフィアから言われると、本人から言われている気がするよ。ありがとう」


 ぽんぽんとソフィアの頭を撫でて、少し疲れ気味の祖父は食事をしに部屋へ行った。祖父が手こずる相手、オスカーの父。なかなか手強い相手なのだろう。
 そいうことが何日も続いた。オスカーの父は折れる気配がなかった。カタリナを連れ戻すと言うのだ。日にちがたつと、カタリナ様にもその噂が耳に届いたようだった。ある日、ソフィアがいつものようにカタリナの部屋の花を入れ替えようと、カタリナの部屋に訪れたとき、尋ねられた。


「旦那様がいらしていると、噂しているのが聞こえてしまったの」


「カタリナ様……」


「フィル様たちも大変迷惑をかけてしまっています……、ごめんなさい」


「いえ、そんな気にしないでください。お祖父様が応対してくれています。安心してください」


「わたし、このままじゃいけないと思ったのです。わたしから言いますわ。離縁を旦那さまにお伝えしたいのです」


「カタリナ様……」


 カタリナの意志は固いようだった。儚げだったカタリナはこの土地にきてから、気丈にそして強い女性になってきている。ソフィアは心配ではあったが、祖父にカタリナの言葉を伝えた。祖父は少し考えて、祖父とオスカーやソフィアが立ち会うならばいいだろうと決めた。そうして数日後、領主の屋敷で会談が行われることになった。




******




「旦那様……、離縁してくださいませ」


 カタリナ様は気丈にオスカーの父に言った。
 場所はマーティン様が前に出迎えしてくれた広間だった。大きなテーブルに、祖父とオスカー、ソフィア、そしてカタリナ、最後にオスカーの父が席についた。オスカーの父は不機嫌そうだったが、まっすぐとカタリナから離縁の申し出を受けて固まっていた。
 今まで従順だった妻が、はっきりとした口調で離縁を申し込むなど想定外だったのだろう。どうにかしぼりだした声は震えていた。


「お腹の子どもはどうする」


「こちらの土地で育てます。オスカーはもちろんですが、フィル様たち家族が支えてくれています。王都に戻ってうむより、健やかな子どもが育てられると思っていますわ」


「でも、そのお腹の子どもも侯爵家の跡取りだ」


「旦那様のお子であることは間違いありません。離縁を承諾してくださらなかったら、子どもは侯爵家の子どもとして認知してくださらなくて結構です」


「どうするんだ!父親が誰かわからないというつもりなのか」


「ええ、それでも。わたしは離縁したいのです」


「……そんなこと出来るわけがないだろう。女ひとりで育てるなど」


 話は難航した。ソフィアはオスカーの父を見ていると、オスカーと似ていると思った。不器用で好意を表せないひと。そして傲慢なひと。きっとカタリナ様を好きだったのかもしれないと思った。だが、カタリナ様に辛い思いをさせてしまった過去は消えない。もうカタリナ様は前に進もうとしている。


「いつまでそんな醜態をさらすつもりじゃ」


 扉があいて声を上げたのは、マーティン様だった。マーティンはオスカーの父の前の椅子に座った。


「これだけ覚悟が決まってカタリナは言っておるんじゃ、考えに考えて出した結論じゃよ。男だったら、黙って聞き入れろ。今まで好きにやってきたと聞いておるぞ。おぬしからは」


「それは……」


 そしてマーティン様はいくつかの手紙を持ち出した。


「これは、遊郭の一番の女からの手紙じゃな。さすが入れ込んだだけあって、金をつぎ込んでいる。そういった話をオスカーから聞いておる。最近は女も相手にしてくれなくなったじゃろ?」


「い、いえいえ……」


「オスカーが支払いをとめると店主に言ったそうじゃ。まだ未払いの金があるそうじゃからな。侯爵家とは別に、個人での支払いとして請求をしてもらうそうじゃ。だからオスカーの留守の間、カタリナのところへ戻ったのか?本当にどうしようもないやつじゃ」


 マーティン様の話によると、オスカーは多額の請求になった支払いを拒否したそうだ。そこでオスカーの父は家に帰らないとならなくなった。そうして、カタリナとは同じ時間を共有することになった。


「わたしは、母上と父上が話しあうことができればと思ってしました」


 オスカーは支払いに関してもうんざりしていた。そうして最後の機会として、退路をたつことで母と父が話し合いをできるならばと思ったという。
 結果的に子どもができた。だが、結局は夫婦の溝は縮まらなかった。


「旦那様はわたしに興味がないと思っていましたから、嬉しかったですわ。でももう旦那様の帰りを待って、オスカーに当たり散らして。期待をして傷つくことは嫌です。お腹の可愛い子どもたちを心の支えに、新しい土地で出発したいのです」


「カタリナ……!」


 はっきりとカタリナは言い切った。悲痛な叫びをオスカーの父はあげる。


「情けないやつじゃ。後悔してももう後の祭りじゃな。一生悔いるがいい。うまれる子どもの可愛いところも見れず、一人で生きるのじゃ。それにカタリナは心配いらん、後見人はわしがなる。侯爵家の血筋としなくとも、わしが後見人になる意味がわかるじゃろう?」


「前王の子どもでいらっしゃるマーティン様ですから……十分すぎるほどのご加護です」


 オスカーがマーティンに頭を下げた。ソフィアは今更のことだが、事実に驚いた。
 この会談が始まる前に、マーティンの出生の秘密を聞いたのだ。マーティンは今も権威をもっている大商人の溺愛した娘と、前王のとの間にうまれた子ども。平民の血が入っていながらも、王の寵愛は娘にあったという。そうしてマーティンは娘の実家の助けもあって、爵位を若くして賜った。伯爵の位である。マーティンは現・王の即位に関しても暗躍したという。


「王からもいろいろ差し金があったそうじゃな。相変わらず器が小さき男じゃ。我が弟とはいえ、情けないのう」


 現・王が即位する上で敵対したのが、前王の弟だった。前王の弟は、王の子ども(現・王)と跡目を争った。結果的に王の寵愛を一身に受けていたマーティンが味方したのが現・王。そうして王位継承は現・国王に決まったのだ。現・王はマーティン様には恩があれど、仇をなすことはないと言われている。


「王にはしっかり言ってやろう、綺麗な婦人を泣かせるとは言語道断!女遊びをした請求書と今までカタリナにしてきたことをオスカーが書面で証拠として押さえておる。国府の司法に裁かれるがいい。これで離縁もおぬしが嫌だといっても決まるだろう。それともおぬしが離縁を受け入れればおおやけにしなくてすむが……」


「わかりました、離縁を受け入れます……」


「ああ、侯爵家の位も早々に引退されよ。おぬしの評判は王都でよくないものと報告が入っておる。オスカーに侯爵家を渡して隠居でもされたらよかろう」


 マーティン様の言葉に何も言い返すことができないオスカーの父。オスカーは母親のためにいろいろ証拠を集めていたという。このままでは事態がうまくはいかない。そう考えてオスカーは行動し、マーティン様に掛け合ったという。それを聞いたのは先ほどのこと。身内の恥をさらすことで、オスカーは助けをソフィアの祖父やマーティン様に願ったのだろう。プライドが高いオスカー、だけれど覚悟を決めたのかもしれない。
 そうしてカタリナは離縁をして、この地へとどまることが決まった。マーティン様と祖父が話し合って最終的には決めた。そうしてソフィアは大きなお役目をもらうことになることになる。





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