婚約破棄したら、人畜無害の(元)婚約者がいろいろ面倒くさい

森の木

9.婚約者激変?せまる危機 4



 きつくプレゼントはいらないと言ってから、オスカーは家に来なくなった。あれだけ相手のいうことを遮って、拒否したらさすがのオスカーも折れたのだろう。多少心は痛むが、平穏な生活を過ごすには、心を鬼にしなければならない。ソフィアはそう自分に何度も言い聞かせた。


「姉さま、オスカーこないね」


 ココはのんびりしたように、ソフィアに話しかけた。


「オスカーも忙しいのよ。これからはなかなか来られないでしょうね」


「そうなんだ」


 ソフィアはリビングでソファに座り仕事をしていた。依頼で服を作っているのだ。最近依頼があるのは、ココやキキの年頃の女の子の衣装だ。ココとキキに作った服を、いつも納品している服屋に店主の思いつきで展示することになった。双子の衣装は、色も装飾も違うが、並べると一対のシリーズに見えると好評だ。
 双子がいる家庭は意外と多く、両親はおそろいで着させたいという要望がある。その展示品をみて口コミで来店する商家も多くなったそうだ。貴族となれば、オーダーメイドで家お抱えのお針子がドレスを作るだろう。だが、商家や役人の家では既製品を着ている家も多い。


「おじさんにも、服のサンプルを頼まれているから。明日までにデザインを考えないと」


 ソフィアは、忙しくなってくる仕事で、日々追われている。
ソフィアが作った服を、フレーベルおじさんは高評価してくれる。店での双子ファッションが売れたら、叔父さんの工場でも子ども服を作ることもいいと叔父さんは考えているようだ。


「姉さま、お手伝いさんと一緒にお料理作ってもいい?」


「ココとキキが?」


 忙しくしている姉を見ていて、ココとキキは思いついたようだった。ココとキキはまだお祖父さんの家にいたことがないので、家事はやったことがない。ただこの家に来てからは、自分たちでもやれることはしようと、自分たちの身支度は率先してやっていた。昔はメイドたちの力を借りなければ、服を着替えることなかったのに。
 日々、ソフィアだけでなく双子も成長している。


「お手伝いさんのいうことをしっかり守ってね。邪魔をしてはだめよ」


「「はーい!」」


 聞き分けがいい双子はソフィアに対しては、わがままを言うこともあるが、お手伝いさんのいうことは素直に聞いている。双子たちが良い子すぎることも少々心配だが、双子たちがやりたいということは挑戦させたいなとソフィアは考えている。


 ソフィアは双子たちがキッチンへたち、小さなナイフをもって野菜の皮のむき方をお手伝いさんに教えてもらっているのを遠目で見ていた。ソフィアはオスカーのことは頭の隅へやり、作業に没頭した。しかし、また騒動が起こるなどそのときソフィアは思いもしなかった。






******




「え、オーダーメイドの依頼が?」


 ソフィアは、その日いつもの服屋に服を納品した。だが、店主から思わぬ依頼がきていた。最近、王都に引っ越してきた商家のご婦人からの依頼であった。


「商家の奥様から依頼よ。奥様は王都に初めてきて知り合いも少ないのですって。不安なところもあるのよ」


 店主のオットーがカウンター越しにソフィアに話しかける。オットーは体格がいい、美丈夫である。ソフィアはオットーの性別が詳しくはわからなかった。男性のようでもあり、女性のようでもある。ただ、センスがとてもよくお店が繁盛しているという事実がある。


「わたしはいいけれど。フルオーダーで依頼を受けたことがないから。少し不安……」


「奥様の話し相手兼、お子さんの服を作ってほしいというものなの。ココとキキたちと同じくらいの年齢のお子さんなのですって。その子も、友達がいなくて……」


「住む場所がかわると、お友達がいないわよね。ココとキキも、近い年齢の友達はいなくて。新しい家に来てから、家にいることが多くて。学校へ行かせた方がいいのか、両親と話しあってはいるのだけれど」


「奥様からお願いがあって、ココとキキも一緒にきてほしいと頼まれたの。フレーベル叔父さんと、奥様の旦那様は取引があるらしいわ。フレーベルさんの姪御さんなら信頼できるって言われたのよ」


「そうなの?」


「双子のドレスを展示してから、ドレスを見に来る人も多くてね。買いたいという人も多いのよ。展示品だから数が多くないし、売れないと断っているけれど」


「嬉しいことだわ。でもそんなに急に話題になるものかしら?」


「噂を聞いてと言っていたわね。出所は大体想像できるけれど…」


「貴族の間で噂話かしら?わたしがドレスを作っているなんて、知らない人が多いはずだけれど。噂って怖いわね」


「うーん、ソフィアにファンがいるってことよ」


「まさか」


 オットーは意味ありげに笑うが、ソフィアは冗談としか思えなかった。社交界に出て、夜会などに参加したことはあるけれど声なんてかけられたことなどない。ソフィアには、決められた婚約者がいたのだから、傍にいるのはいつもオスカー。大体無言で過ぎることが多く、二人になっても間が持たなかった。そんなソフィアに誘いをかけてくれる異性など居るはずもなく、ファンなんて見たこともない。


「オットーさんったら大げさですよ。でも、気に入ってくれた人がいて嬉しい」


「ソフィアって、気が利くのだけれど。人の好意には鈍感なところがあるわね」


「え……」


「いいの、いいの。変な虫がつかなくて、ご両親も安心でしょうね。あの彼も……」


 オットーの言っていることがよくわからなかった。もしかして、人の好意を無視してしまったことがあるのだろうか。何かしてもらったら、お礼を言うように心がけはしているが、オットーの言うことに少し悩んでしまう。


「ソフィアは、良い子だから自信をもって大丈夫。ただ気を回しすぎて、良い子すぎるところはダメよ。双子の子守、家事、仕事。自分の時間をもっていいと思うの。異性とデートしたっていいと思うのよ」


「でも、わたしこうやってお仕事をしているだけで嬉しい。人の目も気にせず、好きなことができて。今までは自由に外に出て、打ち合わせすることさえできなかったのですもの。デートとかは、いいかな。疲れるもの」


「あら、疲れるって。良い年頃の娘さんが」


「だって、気を遣うでしょう。一所懸命やってくれたことには、ありがとうって言って。粗相をしないように、緊張するし。デートするより、家族とご飯を食べて、家事をしている方がいいわ」


「なんだかもったいないわ。わたしがソフィアの年齢のときは、たくさんあそんだものよ」


「叔父さんや父は心配しているけれどね。でも不満がまったくないの、今の生活に。前の生活にも不満がないと思っていたけれど、今考えると窮屈なことも多かった。今は今で大変なことはあるけれど、いいこともたくさんあるのよ。だから結局今も昔もそれなりに楽しい」


「本当にソフィアって良い子だわ」


「それほど物事に執着がないのかもね。これがないと絶対だめというものもないし」


「いいんだか、悪いのだか。最近の若い子ってこうなのかしら」


 オットーさんは肩をすくめた。ソフィアは苦笑いするしかなかった。そうして世間話をしていた。オットーさんが商家からの依頼について調整してくれるそうで、日程や時間帯などを手紙であとで連絡すると言ってくれた。そうして打ち合わせをすませ、自宅に戻るべく歩いて大通りを歩くことになった。時間は夕方である。仕事帰りの人々が増えてきて、外食をする人々でそろそろこの辺りも賑わうだろう。
 食事などをするレストランは、もっと王城の近くの自然がある地域に点在する。そこはもちろん貴族や富裕層が使うレストランである。庶民が気軽に寄れる店は、もっと大通りから離れている。街の外に行けば行くほど、貧民街も近くなり、不穏な店も多くなる。
 ソフィアの家は、貧民街がある方面とは真逆にあるので、その点心配はない。この時間でも、女性が歩いても危険は少ない地域なのである。ソフィアは夕飯の食材を買おうか考えながら帰っていた。
 その姿を見ていた、ある従者。従者は書き物をさらさらとして、ジャケットの内ポケットにしまった。ソフィアが無事に帰れるように、しばらくつける従者。そしてソフィアが立ち去った服屋には、ソフィアの元・婚約者が入っていく。オスカーはソフィアのドレスをいくつか買い付けた。そして、取引のあるご婦人たちの子どもたちにプレゼントするのだ。ソフィアの服は、そうしてますます商家のご婦人達の噂の的になっていく。





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