英雄は愛しい女神に跪く
騒動の早急な終息
祭りは最終日になり、後はもう閉会の式典のみとなった。
「ねぇ、十夜?」
「なんだ?」
「今日もまた行っちゃうの?」
それは、俺が夜抜け出して、いろいろとやっていることを言っているのだろう。ここ最近は、優理のそばを離れなくてはならないので、イライラしていた。
でも、虫はどこからでも湧く。
何を勘違いしたのか、優理を手込めにしようと、誘拐を目論んだり、俺さえいなければと、俺の暗殺を目論んだり。
そこらじゅうから湧く。
夜な夜な、その対応をしていることを、優理も理解しているので、特に何も言わなかった。だがやはり、俺と同じように寂しいという気持ちを持ってくれているようだ。
「悪いな優理。今夜で終いだ。それまで我慢出来るか?」
「もぉ!しょうがないなぁ」
優理は優しいからな。さすが俺の女だ。でも、これ以上我慢させるのは俺が嫌だ。なので、今日で終わりにする。
俺も、優理の側を離れるのは嫌なんだ。
だけど、これ以上俺達の邪魔をする虫を野放しにしておくことはできない。さっさと踏み潰すにかぎる。
「悪いな。じゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい!」
優理に見送られ、俺は窓から空へと駆け出した。
そのころ城内は慌ただしくなっていた。
謁見の間に連れてこられたのは、今回集まった貴族たち。もちろんその中にも王暗殺を企てた貴族派の貴族たちもいる。
今回集められたのは、他でもない。王が危篤だからだ。正確には、そう言う嘘の情報を流し、貴族派の貴族たちの動きを監視していたのだ。
十夜が集めてきた証拠だけでも充分追い詰めて処罰することは可能だが、時間をかければ、他の貴族たちに逃げられてしまうかもしれない。なので、貴族たちが一同に会しているこの場で決着を着けたかったのだ。
「王が危篤とは……」
「大丈夫なのか?」
心配する者と、回りの様子を伺う者、謁見の間には多くの貴族が続々と集まっていた。
そして、そこへ王が現れる。
「ど…どういうことだ?!」
「動かれて大丈夫なのですか?!」
「な、なぜ……王が?!」
会場に動揺が走った。それを気にすること無く、王は粛々と話し始めた。
「皆、我のために集まってくれて感謝する。しかし、此度の報は我の流した誤報である。」
「静粛に!これより、不正をおかした不届き者に断罪を行う!この会場から一歩たりとも出ることは許さぬ!兵よ!少しでも逃げようとしたものが居れば、即座に捕縛せよ!」
宰相が、号令をだすと、謁見の間の入り口、窓、逃げられそうな場所の前に兵が配置された。
これで用意は整った。
そして、宰相は次々に貴族の名前を読み上げていった。そこに書かれていたのは貴族全体の3分の1。そのほとんどが貴族はだったが、中には王権派の貴族までもがいた。
「ち!違う!私は知らぬ!」
「ふ、不敬だぞ!」
「そんなバカな?!」
まさかはバレるわけが無いと高を括っていた貴族までもが呼ばれ、喚いてその場を逃れようとする。しかし、それを許す者はこの場に一人もいない。
「さて、以上が王に牙をむき、国家を乱そうとした罪人である。」
「それは、証拠があっての断罪ですかな?」
「…イーシュリン公爵」
声をあげたのは、貴族派の筆頭でもあるリッツ・イーシュリン公爵だった。
「我々が断罪されると言うことは、それ相応の証拠があってのことなのでしょう?」
「そ、そうだ!そうだ!」
「我々が罪を犯した証拠でもあるのか!」
イーシュリン公爵に追随するように、回りの貴族たちも声を高らかに抗議した。
内心ではイーシュリン公爵は、証拠など有るわけがないと強い自信があった。証人は既にこの世にはおらず、共犯者には強い契約魔法で「他人に喋ったら死ぬ」という契約を結ばせている。書類等も、厳重に封印魔法で保管されている。
だからこその自信であった。
「ありますよ」
「なっ?!」
宰相がキッパリと断言したことによって、今まで平静を保っていたイーシュリン公爵の顔色は変わった。
「こちらが、あなた方が犯した罪の証拠です。精査してまとめてあります」
「こ、これは…!!?あ、ありえない!!」
そこに積まれた自分の書類には見覚えのあるものばかりだった。イーシュリン公爵に続いて、多くの貴族たちも、自分の書類を見て顔を青ざめた。
「こんなもの!!!」
火の魔法で燃やそうとするが、燃えない。破こうとしてもまるで頑丈な布のように破けない。ならばとナイフで切ろうとすると鉄のように固くて刃が通らない。
「な、なんなのだこれは?!」
「こちらは重要書類ですので、とある冒険者に強力な保護魔法をかけていただいております。どのような方法でもこちらを今すぐに処分する方法などありませんよ」
もちろん、十夜である。ラインハルトに証拠書類を届けた際にかけておいたのだ。
今すぐにどころか、永遠に無理である。
「何故だ?!こんなはずでは……ッ!」
計画は順調だったはずだった。なのに、全てがひっくり返され、自身が追い詰められている。こんなはずではなかったと意味の無い嘆きを口にすることしかできず、逃げ道は騎士におさえられ、逃げることもままならない。
いったいどこで間違えたのか、自問自答すれども、答えは出ない。
「やってるな」
「だ、誰だ?!」
そこにまたもや空気を読まずにやって来た十夜。騎士達は動揺するが、王の「静まれ」の一言でちんせい沈静化した。
「彼こそが今回の事件の立役者。我らにお前たちの悪事を暴く証拠を提供してくれた」
「お、お……お前はッ!!」
ひとりの貴族が、十夜を見て声をあげた。そう、十夜の標的である、ゲルド侯爵だ。
彼は知っていた。つい先日まで、息子に頼まれて、十夜に刺客を放っていたのだから。
「あんたとは…初めましてだな。だが、会うのはこれが最後だ。お前はやり過ぎた。俺の回りをうろちょろしなければ、楽に死ねただろうに」
「なッ!この無礼者!私は侯爵だぞ!」
「俺にお前の地位など関係ない。国王、約束通りこの男と関係者は貰っていくぞ」
「…構わぬ。此度は誠に大義であった。助力に感謝する」
十夜は、国王を一見しその場を去っていった。ゲルド侯爵を引きずって。
「話を戻そう。もう言い訳など聞きたくもない。この国の膿は、今日をもって今すぐに取り除く」
「そ、そんなこと!許されない!」
「そうだ!だいたい、我らが居なくなれば、誰が領地を納めるというのか!」
最後の足掻きのように声をあげた貴族達に、国王は一切の余地も与えず、言い放った。
「安心するがいい。貴様等が抜けた穴は、優秀な分官と、相応しい素養のある次代の者達で、遺憾無く納められる。なんの心配もなく逝けるだろう」
「クソォォォォ!!」
貴族たちはそのまま騎士達によって連行されていった。
十夜に連れられ、去っていったゲルド侯爵は、それ以降見たものは居なかった。事件後訪れた侯爵の屋敷には、誰一人おらず、不気味な静寂であったと、報告された。
「此度の協力、感謝する」
「あ?別に。俺はやりたいようにやっただけだ」
「こら!十夜!国王様に失礼でしょ!」
「……ふん」
十夜は、優理を連れて、王宮の一室にやって来ていた。
「ユーリ嬢よいのだ、トーヤ殿は命の恩人だからな」
「すみません…」
この部屋には、十夜、優理、ラインハルト以外に、レオンハルト王子と、リリーシェ王女を連れたロナイヤ王妃、それに護衛の近衛騎士オリベと、Sランク冒険者のロギアスもいた。
「まさか…本当にイーシュリン公爵を釈放するとは。良いのですか?」
「はぁ?イーシュリン公爵って、貴族派の筆頭幹部だろ?いいのかよ陛下」
「トーヤ殿の希望でな……」
「トーヤ殿の?」
その場にいた全員が十夜に目を向けるが、そんな視線はどこ吹く風、十夜は優理の膝枕で呑気に寝ようとしていた。
「公爵さん?あぁ!あの人?悪い人だったの?」
「あ?……そうだな、安心しとけ。俺が手間をかけて調教しておいた」
「調教って……」
その言葉の意味を、報告を受けたラインハルトだけが知っていた。
もともと、イーシュリン公爵の狙いは貴族派をまとめ、3勢力の均衡を保つことにあったのだ。王権を影から操ろうなどと不遜な考えは微塵もなく、ただ、そうすることで秩序を保とうとしていた。しかし、その手段は苛烈であっただけなのだ。
彼は一重に、国王ではなく『国』そのものに忠誠を捧げた傑物であった。
それ故に、不満があったのも本当であった。しかし、、それは十夜によって一晩で長年の問題は解決してしまった。
イーシュリン公爵領は海に面し、漁業が盛んだが、他国との交易が全く無い。一番近い国は、日和国という国だが、この世界で唯一の鎖国国家。交易は望めない。
そこで、十夜は、色々な海に面した町の改良案を提供し、力を見せることで、イーシュリン公爵を大人しくさせたのだ。
「ま、今後もしバカをやれば、遠慮なく殺せ」
「あいわかった。…こところで、十夜殿は、この後はどうするのだ?」
「俺が提供してやった案が順調か、観光がてら見にイーシュリン公爵領の領都サーベストによって、そのあとは南下してリーデルだな」
「なるほど…、シュナイツ領ですか」
「宝飾品が有名ですわよね」
「伯爵様から聞きました!楽しみです」
同じ女同士、ロナイヤと優理は、気があったようだ。十夜も優理もお互いに、お互いしか、信用できるものが居なかった。この世界に来て、友達と呼べるような存在が優理に出来るのも悪くないと十夜は思っていた。
「なんだ?しばらくはこの国にいんのか?」
「あぁ、あんたはこの国に居んのか?」
「おう、俺は基本この国に拠点をおいて活動してる。また会ったら一緒に冒険しようぜ」
「……そうだな、いつか面白い冒険者をさせてやるよ」
「?、おう!」
この大陸を見て回ったあとは、先にダンジョンのある島に拠点を作るつもりでいた。十夜はそこに招待してやろうと、悪い笑みを浮かべていた。
「再び、この国に来たときには歓迎する。これは、そなたに返そう」
そう言って渡そうとしたのは、以前十夜ご押し付けた魔道具だった。それを見た十夜は怪訝な表情を浮かべていた突き返した。
「いらん。やる」
「し、しかし、このような貴重な魔道具は、どの国の国宝にもないほどの物だ!それをほいほいと…」
「いらんと言ったらいらん。俺の作った失敗作だ。返されても捨てるだけだ」
「トーヤ殿が?!す、捨てるなど!」
「だったら貰っとけ」
こうして十夜は失敗作の押し付けに成功したのであった。
とは言っても、この世界の基準から言えば、それはすでに国宝をも凌駕するほどの価値のある魔道具だ。
それすら、十夜にとっては、どうでもいい些細なことであった。
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