英雄は愛しい女神に跪く

シーチキンたいし

動乱の始まり



王都の街は、人々が溢れ、活気に満ちていた。まだまだ祭りは終わらない。昼夜問わず賑わいを見せている。

「賑やかだね!十夜!あれ買って!」

「あれが食べたいのか?よし、待ってろ」

もう最終日に入ったというのに、十夜は動くことなく、優理と共に祭りを楽しんでいた。

否、動く必要など何処にもなかった。

優理には負けるとは言え、十夜もそれなりの天才的頭脳を持つ。その十夜が既に打てる手を打っているのだ。後は自分の出番ではないと理解していた。


祭りを楽しんでいると、ふと、優理は城のある方をじっと見ていた。

「十夜……」

「どうした?優理」

「……何処にでも居るんだねみたいな奴等って」

「…そう、だな」

優理の言う『あいつ等』とは、おそらく、地球あっちに居たときに俺達の邪魔をした全ての存在のことを言っているのだろう。

皆、自分勝手で、欲望丸出しの下劣な存在だった。何度俺達の平穏を邪魔されたことか。

それ故に、優理はそういう存在に容赦がない。基本的に優しい優理が、目に見えて冷淡さをあらわにするのは、その時だけだった。

「まぁ、どうせ待つのは破滅だ」

「やりすぎはダメだよ?」

「わかってる」

十夜はただ待っていた。

自分の獲物を屠るその時を。十夜にとって、優理に仇なす者は、すべからく敵なのだから。













王城 謁見の間

城では、何度目かになる謁見が行われていた。貴族派のみならず、中立派や王権派の貴族達も、真実を求めて謁見の間にやって来ていた。


「陛下!王女が生まれたというのは本当ですかな?」

「うむ、事実である。名をリリーシェと言う」

「リリーシェ王女!いやぁ、めでたいですなぁ!」

そう言うこの男は、貴族派の一人である。内心は焦りに焦っているだろうが、それを表に出すことはなかった。

「陛下、そろそろ閉会式の準備がございます」

「そうか。皆、すまない。我は閉会式の準備があるゆえ、これにて謁見を終了する。用があるものは後日、日を改めよ」

そう言い終わると、呼びに来た騎士と共に、謁見の間を後にした。

「陛下……どうやら、引っ掛かった者が居たようです」

「それは行幸。このまま芋ずる式に引きずり出せると良いのだがな」

「我々にお任せください」

そう言って敬礼を示すのは、このルマニアン王国近衛騎士団にて、総指揮を預かる、騎士団長オリベ・ルートリヒである。

彼は最小年で実力を見込まれ、王の近衛騎士団の団長になった強者。この国でも他国でも知らぬものがいないほどだ。

その力はSランク冒険者に並ぶのでは?とまで言われている。このルマニアン王国最強の騎士である。

そして、この国のSランク冒険者、『鉄壁』の古い友人でもある。

「よー!オリベ久しぶりだな!」

「……城の中でくらい、その口調はあらためろロギアス」

「いいだろ?お前と俺の仲じゃねぇーか」

「誤解を生む言い方はやめろ」

城の中で合流したのは、この国のSランク冒険者、『鉄壁』のロギアスである。

近衛騎士団の団長と旧知の仲なのもあって、王であるラインハルトとも面識があり、懇意にしている。

なので、ただ旧友に顔を出しに来たのではなく、今回の一件を依頼として受け、仕事としてここに来ていたのだ。

「で?俺はお妃様とお姫様を守ればいいんだな?」

「あぁ、我には近衛騎士がおる。しかし、ロナイヤやレオンハルトの回りには、貴族派の息のかかった者が多すぎる。急場の今、信頼できる護衛を頼みたいのだ」

「任せときな!俺は『鉄壁』だからな!」

「ロギアス!敬語を使え!」

平民として、冒険者として生きてきたロギアスに敬語など無縁のものだったので、使えるはずもない。幼なじみのオリベの災難は推して知るべし。

「それにしても……陛下、その魔道具……まさか」

長く冒険者をやっているロギアスは、国王の腕にはめられた魔道具をみて、直ぐに気がついた。その魔道具からは、尋常じゃないほどの魔力を感じる。

「これか?あぁ、おそらくアーティファクトだ」

「アーティファクト?!いったい、そんなものどこで?」

国庫にもおそらく存在していなかった魔道具アーティファクトをいったい何処で手に入れたのか気になったロギアスは問うた。

「人に……貰ったものだ」

「陛下?」

「いや、この様な魔道具をポンポンだす男が果たして本当に人か分からぬ。が、恐らくこの世界で最強の存在であろう。そんな男に渡されたものだ」

「陛下、恐らくこの世界で最強と言われているのはロギアスを含めたSランク冒険者でしょう?まさか、他国のSランクが手を貸したのですか?」

魔道具が気になっていたオリベも、出所が他国の者だとしたら危険では?と懸念を口にした。

「いや、Sランク冒険者ではない」

「!!じゃあいったいどいつなんだ?」

「トーヤと言う男だ。半年も経たずにAランクになった男でな、ある日突然王宮に現れ、我らに手を貸した」

「「!!?」」

二人は、『半年でAランク冒険者になった』と言う部分に驚けばよいのか『ある日突然王宮に現れた』と言う部分に驚けばよいのか分からなくなった。

「一夜にして、我々が手を煩っていた貴族達の、ありとあらゆる犯罪や汚職、黒い情報を証拠付きで揃えてきた。そしてこれで身を守れと渡されたものだ。」

受け取ったときの衝撃は、忘れることはないだろう。こんな貴重な魔道具アーティファクトを、まるでゴミを捨てるかのごとく投げ渡されたのだから。

「『付けるも付けないもお前次第』と言われたが…私はもうすでに覚悟を決めている。つけてステータスを確認したらどうだ?ステータスに『守護の腕輪EX(劣)』とあった。効果は『この腕輪をはめたものを守護する。一定範囲にきた害意を持つ者を検知、あらゆる魔法、物理攻撃を一定時間無効化』だぞ?こんな物をホイホイと四つも渡す男だぞ?」

「本当に…人間か?そいつ」

ラインハルトは腕輪をはめた後、自身のステータスを確認していた。 

そのステータスには、見慣れぬ文字が追加されていた。それが、『守護の腕輪EX(劣)』だ。その下の補足文に先ほど言った効果が書かれていたのだ。

一定範囲にきた害意を持つ者を検知する事。そして、あらゆる魔法、物理攻撃を一定時間無効化する事。そんな効果を持つ魔道具アーティファクトなど、聞いたこともなかった。

しかし、十夜としては、この腕輪はゴミ以外の何物でもなかった。と言うのも、この腕輪は優理専用の魔道具アーティファクトを作るさいの試作品であり、本来の効果はこの何倍も上なのだ。

なので、十夜としては、ゴミを処分した押し付けただけであり、感謝されるようなものではないのだ。

「恐らく近いうちに会いまみえよう。そのとき判断すればよい。我は一目みて、これは逆らってはいけぬナニカ存在だと感じた」

「陛下……それほどの者なのですね」

「仕事ばかりだと思ってたが、案外楽しくなりそうだな」


「おいおい、仲間外れか?」

「「「ッ!!?」」」

相も変わらず空気を読まない十夜は、当然のように三人の会話に乱入した。

この国の筆頭騎士も、Sランク冒険者も、誰一人十夜の接近に気が付かなかった。その事に二人は驚いた。

自分達の力量は、この世界で指折り数えられるうちに入ると自負がある。自惚れうぬぼれでも、見栄でもなく、事実。だからこその『近衛騎士団長』と『Sランク冒険者』という肩書きなのだから。

しかし、その二人が全く十夜の接近に気が付かなかった。二人はその事に戦慄した。同時に、その存在の異様さを感じ取っていた。

これはだ…と。

「それで?順調か?」

「……あぁ、今から始めるところだ」

「それは行幸だな。俺の獲物以外は好きにしていいぞ。俺はそいつ以外興味がないからな。他の有象無象はお前らに任せる」

まるで、何事も無かったかのように会話を始めた十夜に三人の笑顔は引き吊った。

「貴方がトーヤ殿か。私は近衛騎士団の団長の──」

「あぁ、いい。知ってるからオリベ・ルートリヒ」

「!?」

「あとそこのゴツいのが『鉄壁』のロギアスだろ?」

「ゴツッ!?!おい待て!俺はゴツくない!訂正しろ!」

「ゴツいだろ?全体的に」

「全体的に?!」

ロギアスを弄る十夜だが、本人は弄っているつもりはなく、本心で言っている。なお悪い。

ラインハルトとオリベは笑いを堪えながら、ロギアスから目を反らした。だが口許が隠しきれていない。

「そんな事はどうでもいいんだよ」

「どうでもよくねぇ!」

「ロギアス、諦めろ」

「ったく……」

何を言っても無駄だと判断したオリベは、ロギアスを制した。ロギアスも渋々ながらも引き下がった。

「貴殿の獲物とは……」

フール愚か者・ゲルドとかいう餓鬼だ」

「ゲルド侯爵家か…貴族派の幹部とは、またずいぶん大物が出てきましたね」

「俺の女に手を出そうとしたばかりか、俺の回りをうろちょろしやがる。いい加減目障りなんでな」

「命知らずな…」

「俺は基本、邪魔さえしなけりゃ大人しくしている…が、俺の前に立ちはだかるなら敵だ。忘れるなよ」

十夜はそれだけ言い残すと、公然と居なくなった。

「……陛下」

「なんだ?」

「……確かに彼は、敵に回してはいけない者ですね」

「……そうだろ?」

ロギアスもオリベも、冷や汗が止まらなかった。あれは敵に回してはいけない、ナニカ化物だと、本能が告げていた。


まだまだ、始まったばかりだというのに、三人は確信してしまった。彼が味方である内は、必ず成功すると。

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