英雄は愛しい女神に跪く

シーチキンたいし

動き出した者




「ち、父上!いったい何者なのですか!」

「わからん。ラクスから色々話を聞いたが、そんな人間居るわけないと高を括っておった。まさかあのような者がおろうとは…」

「ハハ」と渇いた笑いを溢すしかなかった。あの異様な存在感、威圧されれば普通の者なら立っているのも困難だろう。

「あなた……彼は敵なのですか?」

ロナイヤは心配そうにラインハルトに尋ねた。

「いいや、味方であろう。我らが彼等に害を成さぬうちは…な。ラクスは『Sランクなんて彼等には目じゃない』とゆうておった。この国のSランク冒険者である、『鉄壁のロギアス』には俺も会ったことがあるが、これほどの危機感を感じたことはない」

「あなた……」

「あれは確かに敵に回してはいけないものだ。レオンハルトよ、きっとお主の方が長く接することに成るやも知れん。あの者とうまく接してくれよ。現にラクスのとこの嫡男テオはそうするつもりらしい」

「あいつが?……わかりました」

こうして密かに、そして確実に、事は動き出していたのだった。







そして建国誕生祭の前夜、十夜は再び現れた。

「よぉ、国王」

「お前…家みたいに入ってくるがな、ここ王城の、しかも王の執務室だぞ?この間も思ったがいったいどのような手段で入ってきておるのだ…」

「細かいことは気にするなよ」

「いや、細かくないであろう…」

しれっとしている十夜にラインハルトも呆れる。

「それで?決まったか?」

「あぁ、もともとやると決めていた事だ。それに一つ二つ歯車が加えられようと、困難なことには変わりない。それを正しく回すのは、俺の裁量だ。せいぜい働くさ」

「ほぉ。そんなお前にさっそくプレゼントを持ってきてやったぞ」

十夜が指をならすと、執務室の机の上にドンと書類や本が落ちてきた。こそこそな量である。

「これは!?……これも、……これも、これも!まさか一日で集めたと言うのか?!」

それは確かに決定的証拠と呼ぶに相応しいものばかりだった。

金の流れのわかる裏帳簿、帝国と交わした密約書の原本、違法な奴隷売買、その契約書や顧客表、税金の癒着、横領…上げればきりがないほどの証拠書類。何点か証拠になりそうな物までズラリと執務室の机に乗りきらないくらいあった。

国に蔓延るがこれほどいると思うと、ラインハルトは頭がいたくなる思いだった。

「ついでに情報だが、建国誕生祭の閉会式の式典で、お前を暗殺する計画を貴族派が立ててるぞ」

「なに?!本当か?!」

「あぁ、せいぜいこれで身を守るといい」

そういって4つほど、大きさの違う金属の輪をラインハルトに投げ渡した。

「これは……?」

「ブレスレット…お前ら一家分だけだがな。それをやる。着けるも着けないもお前次第。好きにしろ。じゃあな、俺は帰る」

こうして執務室から再び十夜の気配は消えた。

「よくわからん男だ。しかし、これは……」

ラインハルトの手に握られた4つのブレスレット。どれも、恐ろしいほどの魔力を感じる。おそらく、アーティファクトである。

一体なんの魔法がかけられているのか?気になったが、ラインハルトはそれを鑑定する前に腕にはめた。

ブレスレットは着けると、サイズが自動で調節された。

『着けるも着けないもお前次第』

「信じられなければ、俺の成すことは進まない」

直ぐに自分のステータスを確認する。そして驚愕する。

「なっ?!こ、これは……!!」










こうして、ルマニアン王国建国誕生祭は始まったのである。

突如公開された王女の存在に、民達はめでたいと騒ぎ、熱気は収まることはなかった。

「始まりましたね父上」

「あぁ、始まった。これからが本番だ」

「あなた……」

「なに、心配することはない。我らは今、運に味方されておるからの」

そう言ってラインハルトは腕のブレスレットをみた。

準備は万端。後は、獲物を囲んで逃げ道を断ち、罠にかかるのを待つのみ。

「へ、陛下……ゲルド侯爵様や他の方々が面会を求めていらっしゃってます」

「やれやれ、さっそくか……」

ラインハルトは、嫌々ながらも報告しにした兵に「一時間後、謁見の間で」と伝えるよう言付けた。

「では、いってくる」

「私も行きます父上」

「あなた、レオン……気を付けてね」

「あぁ、お前もな」

「うぅ……たぅ?」

家族で決意を固めていると、ロナイヤの腕に抱かれて眠っていたリリーシェが目を覚まし、離れていこうとするラインハルトに手を伸ばした。

その腕にはあの、アーティファクトがはめられていた。

「リリー…。待っておれ、今お前の父は、お前のため、家族のため…そしてこの国のため…必ずや戻ってくる」

「あなたの信じた道を私も信じます。ですから、私達を気にせず、戦ってきてくださいまし」

「あぁ!行くぞレオンハルト!」

「はい、陛下!」












王女の存在が公布された直後、貴族派の貴族達は慌てて会合を始めていた。

「どういうことだ?!王女が誕生しているだと?!」

「そんな話は聞いていないぞ!」

「王女が産まれたのであれば、宮内で噂になってもおかしくないであろう!何故、事前に誰も王妃が懐妊していることを知らなかった!?」

「そう言う貴殿こそ、宮勤めだったではないか!」

怒号飛び交う会合は、最悪な雰囲気のまま終わりが見えない。誰もが王女の存在に気付かなかった。その事に対する責任の押し付け合いが繰り広げられている。

今回の公布は、貴族派の誰もが予想していなかったことだった。

貴族派は、王の世継ぎがレオンハルト一人しか居ないと踏んでいたからこそ、レオンハルトを次期王に押し上げ、裏から政権を握ることを目的に結束していた。

しかし、そこに王女が産まれたのであれば、話が変わってくる。

もしも、ここで皇太子であるレオンハルトが退場したとしても死んだとしても、王女が居るのなら、自分の嫡男を王女にあてがって、王族の仲間入りすることも可能になったのだ。

その誘惑を考える貴族達とで、貴族派の派閥は分裂しかかっていた。


「何を狼狽える?」

荒れた会議のなか、低い声で牽制するように言葉を発したのは、貴族派筆頭の公爵リッツ・イーシュリンだった。彼こそ、貴族派の最大勢力である公爵家の一人である。

ルマニアンには、国筆頭貴族である公爵家は3つある。それに加え、王の盾と呼ばれる伯爵家を含めて4大貴族と言われている。

西の国境付近治めるシュナイツ公爵家。東の国境付近を治めるメリッツバーグ公爵家。そして北の海岸沿いを治めるイーシュリン公爵家だ。

北を納めているクーベルト伯爵家は、伯爵家ではあるが、その役割の重さと、功績から、王の盾と呼ばれるほどの大貴族で、唯一それが許されている伯爵家である。

そんな4大貴族のうちの一つ、イーシュリン公爵家は、王族を向かいいれたこともある由緒ある家。しかし、これと言った功績もない。

他の4大貴族は、国境に面していたり、特色があったりするが、イーシュリン領は海に面しているというだけで、漁業が盛んだが、これと言った交易がない。

その事に、リッツ・イーシュリン公爵は不満を抱いていた。

「我らの目的は、崇高な血筋の貴族家で政権を握り、正しく国を導くこと。それ以外なかろう?」

「そ、それは……」

「そのために、今まで入念に準備してきた。そして、この建国誕生祭で、我らの長年の目的が成就されるのだ。もはや計画変更などありえない」

「では……王女はどうするのです?」

「王女はまだ幼い。申し訳ないが、我らの計画には不要だ。王と共に退場していただこう」

貴族派の一人が、リッツ・イーシュリンに問うと、さも当たり前のように言いはなった。

「……もはやそれしかないか…」

「では、計画を実行する」

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