英雄は愛しい女神に跪く

シーチキンたいし

ルマニアン王国建国誕生祭



「うわぁ!!すごいねぇ十夜!!」

「あぁ」

王都はこれまでにないほど盛り上がっていた。そう、ルマニアン王国建国誕生祭が始まったのだ。

今日から三日間、王都は熱気に包まれるだろう。三日間、王都内での露店や色々な催しが続く。大きな目玉は、一日目が建国誕生祭のパレードと王の式典。そして、三日目に終了の式典とパレードだろう。

国内外から沢山の人や物が集まってきていた。

俺と優理は、露店を回ったり、劇を見に行ったりと、まったりとしたデートを楽しんでいた。そんなとき、優理がふと、思い出したように俺に聞いた。

「ねぇ、十夜?ホントにいいの?」

「何がだ?」

「伯爵さんのことだよ」

「それはこの国の事情だろ?なんだ?優理は首突っ込みたいのか?」

「うーん。正直、面倒に巻き込まれるのはごめんだよ。でも、たぶんなにもなくても巻き込まれると思うの」

「……カンか?」

「うん…」

優理のカンは、未来予測並みに当たる。優理がそう言うなら、きっとそうなる。少なくとも俺はそう信じてる。そんな優理だからこそ、エレルも未来予測なんていうぶっ飛んだスキルを付けられたんだろう。

もし、俺が優理と戦闘しても、負けもしないが勝てもしないだろう。俺の動きを完全に見切られ、優理の結界で防がれる。優理も攻撃魔法は使えるが、本領は後方支援や防御だ。だから勝負がつかない。流石俺の女だ。


話は戻るが、あの伯爵もそうだが、この間絡んできたあの貴族のお坊っちゃんこともある。俺達はこの国の中枢に関わりすぎたかもしれない。

まぁ、でもその辺抜かりはない。

俺は優理のためなら、どんなことにも手は抜かない男だ。

「安心しろ優理。お前が心を煩わされる必要はない。俺がお前のことを分からないわけないだろ?」

「……十夜ったら。ここ最近、ずっと昼寝してたのは、夜居なくなってたからでしょ!私が分からないと思ってるの?」

「……悪い」

「私だって……もう十夜を守れるくらい強くなったんだよ?……それに、シたあとに居なくなられると寂しいんだからね…」

最後の方がボソボソと小さな声になっていったが、俺はちゃんと聞こえていた。

俺の女、可愛すぎか。

「なんだ?じゃあ、今日は一日ベットに縫い付けるか? 」

「もぉ!!十夜のバカ!エッチ!!」










パレードが終わると、王城前で開会式の式典が始まろうとしていた。

「ルマニアン王国、国王陛下ラインハルト・ルマニアン15世様と皇太子様のおなーりー!!!」

その合図と共に、大きな門の扉が開く。そこには、この国の現国王、ラインハルト・ルマニアン15世と、その息子、皇太子のレオンハルトが現れた。

国民達に手を振りながら、式典のステージに上がり、その姿を見せる。

『ワシはラインハルト・ルマニアン15世。皆、今日この日、この場に集まってくれたこと、感謝する。このルマニアン王国が建国して1500年以上の歴史を持ち、発展してこれたのも、我々だけではなく、それを支える貴族、そして国民がいてこそだ。この日を迎えられたことを神々も祝福してくださることだろう。』

街中に響く国王の声。恐らく、声を拡散させる魔道具か何かだろう。流石王家は伊達じゃない。

『今日この素晴らしい日を迎えたにあたって、国民の皆に、我から告げねばならぬことがある』

いつもなら開会を宣言して終わるところを、国王からの異例の公布に、なんだなんだと集まった民衆はざわめく。

こんな式典のシナリオにはなかったと、貴族達も驚いている。

『皆に紹介しよう。我が王妃と…愛しい愛娘を!』

そういって再び開かれた門には、王妃が立っていた。その王妃の腕のなかには、小さな命が抱き抱えられていた。

『我が娘、リリーシェ・ルマニアンである!』


わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


その時、王都中が沸いた。

それは、国民達にとって、非常に喜ばしいこと。国王陛下の第二子の誕生を知ったからだ。なんと素晴らしい日だと喜び、王女のことは、その日のうちに近隣の村や街にまで知れわたる事となった。

しかし、その宣言は国民達だけでなく、貴族にも衝撃を与えた。

「な、なんということだ!!」

これが、吉とでるか凶とでるか、王と王権派の者達は分からなかった。

しかし、貴族達は一つ大きな間違いを犯さしていた。その事に貴族派の誰もが、この宣言の衝撃で忘れてしまっていた。それが、王達に幸運を運んだということを知らない。

それを招いたのは、間違いなく自分達だというのに。 


「優理」

「ん?なぁに?」
 
「いや、面白くなるかもなと思って」

「面倒は嫌だったんじゃないの?」

「嫌さ。だが俺達の存在は、いずれ知れる。なら、味方は多い方がいいだろ?」

「十夜の好きにすればいいよ?十夜が楽しいと私も楽しいから」

「あぁ、そうだな」





                                                                           
 


それは建国誕生祭の三日前の事だった。

真夜中、月もなく真っ暗な闇でおおわれた日の夜の事だ。

使用人も、侍女も、護衛の騎士も、隠密も下げさせて、王族達が一同に会していた。

現国王、ラインハルト・ルマニアン15世と、皇太子レオンハルト、王妃ロナイヤ、そして、第二子リリーシェ王女だ。

「おぉ!見ろ!リリーが笑ったぞ!何と可愛いことか!俺の娘は!」

「あなた、そんなにリリーに触ったら、せっかく寝たのに起きてしまうわ」

「おぉ、すまんすまん。というか、レオン、お前も触りすぎだ」

「良いじゃないか、俺の妹なんだし」

今だリリーシェのことを公表せずにいる頃、こうして少しの間しか堂々と娘と接することが出来ない歯痒さをラインハルトは感じていた。

「すまぬ。ロナイヤよ……お前を一人、戦わせて」

「ふふふっ、私は王妃。あなたの妻ですのよ?私はあなたのためなら、どのような苦境に立たされようとそれを耐え、支えることこそ私の勤め。こうして少しだけであろうと、愛しいあなたと愛しい息子に、新たな愛しい娘を抱いてもらえるだけで、私は幸せです」

「母上……」

「ロナイヤよ、俺の愛しい妻よ、お前は強いな。今、貴族派が力をつけたのは私が招いた失態だ。だから私はそろそろ腹を括らなければならぬ」

ラインハルトはしっかりとした目でロナイヤを見つめて言った。その瞳には覚悟が浮かんでいた。

「父上、俺はまだ王位は要りませんよ。ちゃんと貴方に、そして貴族や国民に自分の力で認めさせてからなりますから」

「まったくお前は…。俺に似たのか?」

「ふふっ、そうねレオンはあなたソックリよ」

貴族の間では、皇太子は早く王成りたがっている。野心があると思われているが、それは間違いだ。

確かに野心はある。しかし、それは正道を自らの足で進んで、自らの力で掴み取ってこそのもの。

皇太子が望むのは、父親を越えた王。父を排し、蔑ろにした上に王に成るなど、レオンハルトのプライドが許さない。

「俺は、父上を越える王になりたいんです。なのに父上が居なくなってもらっては困ります。俺の正道を見届け、父上を越え、そして父上に認められ、一度くらいは「まいった」と言って敗北してもらわないと」

「お前が俺に勝つなどまだまだ甘いわ」

「だったらその王座、ちゃんと座り続けていてくださいよ」

「レオンハルト…ほんとあなたそっくりになってきたわよね」

「まったく!」

こうして、一家団欒できる少ない時間を、彼等は大切にしていた。

そんな中、空気を読まずに現れる一人の男。


「よぉ、一家団欒のとこ悪いな」

「誰だ!!?」

王と皇太子が素早く剣を抜いた。

「初めまして、俺は十夜。冒険者だ」

「冒険者がこんな夜中に何をしている?ここは王城。警備兵が居たはずだが?」

「安心ろ、別に誰も殺っちゃいない」

「それを信じろと……?」

「待て、レオンハルト!トーヤ…その名聞いたぞ。」

威嚇する皇太子を止めて、王は十夜に話しかけた。数日前、王都に到着した貴族。クーベルト伯爵からその名を聞いたからだ。

クーベルト伯爵家は、王の盾と言われる、王権派筆頭貴族。数世代前には王族の血も入った由緒正しい家だ。ラインハルトはラクス・クーベルトとは旧知の仲。彼を信頼し、既に国の膿を出すために動いてもらっていた。

そんな彼が、証拠の書類を掴んでくれ、登城した際、久しぶりに話をすることができた。その時、彼はラインハルトに十夜の存在を告げていたのだ。

『今回の護衛に雇った二人組の冒険者、トーヤくんとユーリくんと言うのだが…あれは駄目だ。一瞬で敵に回してはいけないものだと理解させられた。』

『……そんなにか?』

『おそらく…Sランクなんて彼等には目じゃない。あれはもっと別の何かだと私は思う。もし、君の前に現れることがあったら…それは敵じゃないことを祈るしかないね』

『酷いな。親友を守ってくれないのか?』

『僕だって死にたくないしね。まぁ、きっと大丈夫だろうけどね。彼、身内のユーリくんには甘いから。彼が味方のうちは、幸運を運んでくれる神様だと思えばいいよ。この、証拠書類みたいにさ』

そんな会話をしていたのだ。

漆黒の髪に、漆黒の瞳。身に付けているものも黒。まるで夜を体現したような男だとラインハルトは思った。

「クーベルト伯爵を王都まで護衛した二人組の冒険者。カザリアにて、半年も経たずにBランクに上り詰めたトーヤとユーリ。そうであろう?」

「……正解だ。ついでに言うと、今はAランクだ」

「半年も経たずに…?!」

「ラクス・クーベルトと俺は旧知の仲でな。先日、お前の話を聞いたぞ」

「そりゃ、話が早いな」

「ここに何しに来た?」

ラインハルトは、そう聞きながらも、ラクス・クーベルトが言っていたことは、膨張した話などではなかったと理解した。

ラインハルトもまた、対峙した瞬間に感じ取っていた。

そんなラインハルトを知ってか知らずか、十夜はズカズカと部屋に上がり込んで、王の目の前までやって来た。

「お前と話をするためだ、国王。単刀直入に言う。手を貸してやろう」

「手を……貸す?」

「そうだ。先に言っておくと、俺はそのチビガキの存在も、お前達が何をやろうとしてるのかも知っている。勿論、貴族派のこともな」

「ッ!?」

「俺は、俺達の敵にならなきゃ他はどうでもいい。国で何が起ころうと勝手にやってろ」

「では、何故手を貸す?」

「煩わしいことに一人、俺の大事なモンに手を出そうとした奴がいる。お前らの言う貴族派の一人だ。最近は鬱陶しくてイライラしてんだ。だからそいつを排除することにした」

国王の前で、ただの冒険者が貴族一家を潰すと宣言したのだ。本当なら笑い飛ばされて終わりだ。

だが、国王は笑えなかった。冗談ではない。この男なら本気でそれが出来ると確信してしまったからだ。

「それにあの伯爵のことは優理も気にかけてるしな。俺も死なせるには惜しいと思ってる。そして、お前もな。生きててくれた方が俺達のためになりそうだ」

なんて正直な男なんだろう。逆に清々しさすら感じる。

「俺はこの世界のことで知れないことなんて一つもないからな。お前に情報と決定的証拠ってやつをプレゼントしてやる。活かすも殺すも好きにしろ。ただし、俺の獲物には手を出してくれるなよ?」

「……ッ」

「建国誕生祭の前夜、また来る。それまでに決めておくことだ」

「まっ───!!」


待てと言い終わる前には、十夜の気配は無くなっていた。


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