英雄は愛しい女神に跪く

シーチキンたいし

降りかかる悪意



「もぉ!あんなに暴れちゃって!」

「悪い優理、機嫌直してくれ」

冒険者ギルドを出た俺達は、再び王都を見て周っていた。

しかし、ギルドでの模擬戦を見ていた優理はプンプンと頬を膨らませて目を合わせてくれない。これは優理の「怒ってます」の意思表示だ。

「仕方ないなぁ!あそこの屋台買ってくれたら許してあげる!」

「いくらでも」

こうして、優理と平穏に過ごせるだけで幸せだ。

この平穏を守り続けるのが、俺の役目だ。










それから適当な依頼を受けつつ、王都を堪能していた。

討伐以来はほとんどないので、街のお手伝いのような依頼をしてみたのだ。わりと、面白かったと優理が喜んでいたので、報酬が少なくとも受けた。

そんな感じで王都での生活が二週間ほど経った頃、久々の休みで優理と街を散策したあと、公園のような場所でのんびり昼寝を始めた。

優理の至上の膝枕を堪能しながら木陰で眠っていると、だんだん騒がしくなっていった。

「なんだ?」

「あ、十夜起きちゃった」

目を開けると、優理が困ったように笑っていた。そして、俺達の前に変な餓鬼と騎士のように武装した者が立っていた。

多分騒がしくなった原因はこいつか。

「おい!お前!俺の前でのんきに昼寝しやがって!まぁいい、その女を私の愛人にしてやる。お前はさっさとどこかに消えろ!」

身なりからして、多分どこかの貴族だ。恐らく、クーベルト伯爵のように建国誕生祭のために王都に来た貴族のお坊っちゃんなのだろう。

何度も言うが、突っかかってくるのはいっこうに構わない。俺は売られた喧嘩は買う主義だ。だが、だけは許さない。

「うるせぇ餓鬼。俺の女に近づくな」

「ナッ?!」

言い返されるとは思っても見なかったのだろう。バカなのか?

優理の外見は確かに一般的に人を惹き付ける『絶世の美女』というやつだ。男が群がるのは仕方ない。だが、それを許す俺ではない。


「貴様!この方をどなたと心得る!」

「知るか」

「ぶ、無礼な!俺はゲルド侯爵が嫡男、フール・ゲルド様だぞ!」

「……フール愚か者ね」

「き、貴様ぁぁぁ!」

相変わらずの態度の俺に、愚か者フールはギャーギャーと騒ぐ。煩いことこの上ない。

そんな俺に呆れた優理が、諦めの悪い貴族のお坊っちゃんにハッキリと告げた。

「私、貴方の愛人に成る気はありません。私には十夜が居ますから」

「な、何故だ!私には金もある欲しい物ならなんでも手にはいるぞ!」

「そんなもの要りません。私が愛しているのは十夜一人です」

「……ッ!」

バカが。

金?そんなもの、なんの足しにもならない。俺達の絆は、切っても切れない。それくらい深く重く繋ぎあわせている。

俺が優理を、優理が俺を。そうやって今まで生きてきた。優理俺の女はそんな安い女じゃない。バカにするのもいい加減にしろ。

いっそのこと、この場で殺ってしまうか?と、本気で考え始めていたとき、話に割って入るように後ろから少年が出てきた。俺達にとってはつい最近見た顔だ。

「フール君。君はまた問題を起こしてるのかい?」

「お、お前は!」

「お前……確か伯爵の…」

「はい。お久しぶりですトーヤさん。クーベルト伯爵が嫡男、テオと申します。あの時はろくに挨拶も出来ずにすみません」

間に入ってきたのは、ラクス・クーベルト伯爵を王都に護衛したときに居た少年。あの伯爵の嫡男らしい。

「別に」

「それはよかった」

テオは伯爵と同じで、敏く、賢かった。既に伯爵からも嫡男として、クーベルト家の跡取りとして教育も始まっている。

そんなテオもまた、父親と同じように十夜のことを注目していたし、敵に回さない方がいいと理解し、むしろ見方につけた方がいいと判断していた。

この場に居合わせたのは本当に偶然だったが、テオは見過ごすことはしなかった。

「おい!テオ!お前のような伯爵風情がしゃしゃり出るな!この女は俺が先に声をかけたんだ!」

「君、僕を目の敵にするのは構わないけど、彼らを敵に回さない方がいいよ?」

「なんだと?!」

「なぜ、僕が彼等を知っていたと思う?勿論、この王都まで彼等に護衛してもらったからだよ。この意味分かるよね?」

「まさか……?!冒険者なのか?!」

「そう、彼等は二人ともAランク冒険者。君の言う金なんて、彼らの強さなら魔物を狩れば簡単に手にはいるものだし、なんの意味もないんだよ」

「ぐっ!!」

後ろに控えてた騎士達も驚いたように、ざわざわし始める。俺達は平穏な日常のために、出来るだけ周囲に馴染む紛れるようにしている。だから、よほど敏い奴か、感知系スキルが高くないと気付かないだろう。このお坊ちゃんも護衛の騎士も全然なってないな。

「おい」

「何ですか?トーヤさん」

「お前…」

さも当たり前ですよみたいな顔で笑みを作ってやがる。

まぁ、こう裏もないとかえって清々しい。こいつ、あの伯爵よりすげぇ奴になるんじゃね?と思う。

「くそっ!覚えてろ!!!」

変な餓鬼はそのまま帰っていった。

「やっとうるさいやつが居なくなりましたね」

「お前、腹黒って言われないか?」

「さぁ?」

「十夜!ごめんね、ありがとテオ君。」

「お安いご用ですよ。それに、フール君とは学園に居るときから仲悪いですから、これくらい何ともないです」

「仲悪いの?」

「彼は貴族派の家の子でもありますから」

勿論、この国の事情も知っている十夜にとって、その言葉から、何を指し示すのか容易に理解できた。

「めんどくせぇな」

「…僕の一言で分かっちゃうなんて、流石トーヤさん!ぜひ僕が伯爵領を継いでも仲良くしたいです」

「生きてたらな」











「と、言うことがあったんですよ父上」

「それはそれは…」

「あら、私もちゃんと挨拶しておけば良かったわ」

「兄上様わたしも!」

王都にあるクーベルト伯爵家の屋敷で、家族団欒夕食をとっていたとき、今日の出来事をテオは家族に話していた。

「流石トーヤくんだね。私以外の貴族にも相変わらずだ」

「えぇ、出来ればずっとクーベルト家とは縁を繋いでおきたいです」

「お前は私に似たのかミリアに似たのか…」

「あら?あなた、私に似てなんですの?」

「いや、何でもない」

「いいなぁ兄上様。リオもお話したかった!」

「リオ、トーヤさん達は建国誕生祭まで居るみたいだ。そのうち会えるよ」

「はい!」

家族でそんな風に会話していたが、急にラクスは真剣な顔に戻る。

「それにしてもゲルド侯爵か……。トーヤくんも厄介な家に目をつけられたかもしれないね」

「……ですね」

「今回の建国誕生祭、何事もなく終わればいいんだけどね」

「父上、今回の建国誕生祭…それほど重要なのですか?」

「あぁ、お前達には話していなかったね。オクベル、人払いを」

「畏まりました」

使用人達が居なくなったのを見計らって、ラクスは話し始めた。

「今、貴族派の者達が皇太子を祭り上げ、王を排そうとしているのは知っているね?」

「はい。先日の領内の盗賊の一件も貴族派の工作であると、父上も言ってましたよね」

「あぁ、今貴族派の力が大きくなりつつあり、中立派の貴族を取り込もうとしているんだ。そして、帝国と繋がっているかもという疑惑もある。今この国は、いつ貴族派が派手に動いて内乱になるか分からない状態だよ」

「父上は…建国誕生祭が奴等の動き出す好機と見ているのですね」

「そうだ。それに、それだけじゃない。今回の、建国誕生祭が特別なのは……王女様が誕生なされたからだよ」

「なッ?!」

テオもラクスの妻ミリアも、あまりのことに驚きを隠せない。

「ロナイヤ様がお子を?そんなそぶり…それにロナイヤ様は…」

「あぁ、王妃様は親しいものにも秘密にしていたからね。それに皇太子様を産んで以降、お子に恵まれなかった。周りにも、もうお子は望めないだろうと言われていたからね。」

「では…、王女様が産まれたのは本当なのですね?」

「あぁ、一年前にね。しかし、お子を身籠ったとき、ロナイヤ様は生まれる直前まで王にも秘密にしていた。ロナイヤ様は聡いお方だ。情勢を理解していらっしゃった。皇太子様を押す貴族派が知ったら、貴族派内で分裂しかねない。そうなれば、皇太子を押す貴族達が黙っていない。王女様を何としてでも殺そうとするだろう。だからロナイヤ様は一番親しい侍女一人にだけ告げて、それ以外の者には例外なく秘密にされていた。」

「ロナイヤ様…」

「おかげで王女様は無事産まれた。名をリリーシェ様という。王女様が産まれたことで、王も腹をくくられた。例え国が混乱しようとも、お子を守ると。そのために、帝国と繋がった売国奴共をまとめて処分…つまりこの国の膿を出すことを。」

「では、建国誕生祭のおりに王女様の存在を発表するのですか?」

「そのようだ。私も、王に言われてずっと証拠を探していた。先日の領内の盗賊の一件は逆に行幸。トーヤくんとも繋がりを持てた。さらにトーヤくんが重要な証拠を掴んでくれたからね」

十夜が渡したあの鍵付きの箱のなかには、盗賊達への依頼書だけではなかった。

盗賊を通じて、帝国と取引をしていたという記録までご丁寧に保管されていたのだ。

この書類があれば、貴族派を崩すことも出来る。


「では、本番はここから……と言うことですね」

「あぁ、我々もこの国のため、この国の膿を一掃する。それが、王の盾と言われたクーベルト家の成すことだ」

「「はい!」」



建国誕生祭まで、あと一週間をきっていた。



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