異世界のスキル屋さん~スキルなんでも貸し出します~
第8話 Aランク冒険者レイア
リクトに知られていないと知ったレイアが落ち込んでいたのがしばらくほど前。
自信満々な自分を思い出して赤面していたものの、今ではだいぶ精神的に落ち着いてきた。
リクトはリクトでそんなレイアに申し訳なく思っていたのだった。
そんなこともあり多少の時間がかかったが、なんとか話をするところまで状況は進んでいた。
「では改めまして、スキル屋をやってますリクトです」
「レイアです」
スキル屋はこの日空いていた。
というよりかは休業中なので人は一人もいない。
レイアは店内のテーブル席に座る。
「飲物は何がいいですか?」
レイアと向かい合う様に座ろうとしたところで忘れていたことを思い出す。
うっかりしていたと照れたように笑いながら棚に近付く。
「紅茶などあれば嬉しいのですが」
そうしてリクトは紅茶のパックを取り出しお湯を注ぐ。
どうぞ、と差し出すとレイアはゆっくりと口をつけた。
堂々としていて物音一つ立てない。
だというのにその動きは洗練されていて無駄がなかった。
あまりマナーのことは詳しくないが素直に美しいと感じる。
上品な仕草だなあ、とリクトは内心ちょっとした感動を覚えた。
「……美味しいですね」
「ありがとうございます、安物ですけどね」
リクトが淹れたのは安物のレモンティーだ。
レモンの爽やかな風味が紅茶の味を何倍にもしている。
控えめな甘みも非常にレイア好みだった。
そしてそれを飲んだレイアば、それなりに紅茶に詳しいという自負があったのだが、飲んだことのない味だと驚いていた。
出来ればどこの国の紅茶か教えてほしかったのだが、本来の用件を思い出してレイアは気を取り直す。
「それでリクトさん、先日ギルドの人間がお伺いしたと思うんですが」
「ああ、あの人ですか」
「はい、そのことについてです。ギルドの職員たちは今忙しいらしく、急遽手が空いていた私が頼まれました」
ギルド関連の用件だったかとリクトは気を引き締める。
今度に関わってくる重要なことだ。
手は抜けないなと背筋を伸ばした。
ソフィアと名乗った少女は何やら良くないことを考えていたので追い返したが、レイアの言動には裏がないように思える。
リクトとしても先日の時のように後ろめたいことがないなら問題ないだろうと考えた。
「まず、ギルドの決定をお伝えします。リクトさんさえ良ければギルドと提携してギルド内でのスキルのレンタルをしてみないかと」
レイアはいくつかの条件を提示する。
それは貸し出す人間は予めこちらで決めた人間に対してということにする。
リクトがそれ以外の人間に貸したくなった場合にはギルドの許可が必要になる。
行動は制限される形になったが仕方ないかとリクトは頷く。
「勿論報酬もお支払いするそうです」
それはありがたいなともう一度リクトは頷いた。
というのもスキル屋は大勢の人間に売るためここ数日はかなり忙しかった。
その人間が厳選されて、しかも報酬も一定額が期待できるならリクトとしても悪い話ではなかった。
「分かりました、お受けいたします」
「ありがとうございます。こちらが契約書になります」
リクトは書面を確認する。
ギルドの紋章も入った正式なものだ。
これの偽装は重罪になるため信用していいのだろう。
問題がないことを確かめるとリクトは名前を書いた。
「……? あの? そのペンは? インクはつけないのですか?」
レイアは見たことがないペンに興味を示した。
普通のペンはインクをつけるものだ。
それが常識なのだが、リクトが懐から取り出したそのペンはインクをつけた様子がない。
魔道具の類かと思ったが魔力は感じられない。
「ああ、これはボールペンと言ってですね、中にインクが内蔵されてるんですよ」
「中にインクを……? それでは乾いてしまいませんか? それにそんな少量だと書ける文字量も限られるのでは?」
「使ってみますか?」
レイアはボールペンと呼ばれたそれと用紙を受け取り試し書きをしてみる。
するとスルスルとペン先が滑るように動き、滑らかな文字が現れた。
しかも、手が全く汚れない。
インクも途切れることなく文字は非常に綺麗なものだ。
「……あの、これ譲ってもらえませんか?」
彼女は仕事柄クエストの契約書などに署名をすることが多い。
その際にインクで手が汚れることがあり何とかしたいと考えていたのだ。
まさかこんなところで理想的なペンに出会えるとは思っていなかった。
「いいですよ?」
リクトは今日まで譲ってくれと言われたことはないが、スキルに関する契約の際にボールペンを見て驚嘆する冒険者は多かった。
いずれこんなことを言われる日も来るだろうと思っていたのだ。
「ほんとですか!?」
レイアは目を輝かせた。
動揺は顔に出さなかったが、それでも内心は驚愕していた。
これほどの道具をあっさり売るとは……なにか裏があるのかと思ったがリクトは変わらずニコニコしている。
「金貨何枚ほどですか?」
「一枚でどうでしょう」
「分かりました、一枚で……は!? 一枚!?」
20枚くらいは出すつもりでいたレイアは今度こそ本当に驚愕を顔に表した。
「あの……これほど精巧な道具をたった金貨一枚でいいんですか?」
それを言われてリクトは苦笑する。
手間を考えたら銀貨でもいいくらいだと。
ちなみに金貨1枚でリクトの世界の一万円程度だ。
銀貨で1000円くらいだと思ってもらえればいいだろう。
しかし、製造元を知らないレイアはどういうつもりだろうと勘繰った。
「あ、でも一つ条件があります」
そら来たことかとレイアは身構える。
そのほかの条件を飲ませるためにわざと安い金額を提示したのだと。
どんなことを要求されるんだろう。
代わりにクエストをクリアしてほしいとかだろうか?
Aランク冒険者にクエストを受けてもらうのは非常にお金がかかる。
そのほかにも取ってきてほしい素材でもあるんだろうかと考えた。
何にせよリクトの要求が難しいものであることは想像だに難くない。
しかし、Aランク冒険者として。そして何よりこの見たことのないボールペンと呼ばれるインクいらずの道具のためにも多少の無理は聞こうと決める。
「このクエストを依頼したいんです」
どんな依頼だろうとクエスト内容を確認する。
おそらくギルドへ依頼するための依頼書だろう。
ギルドへ依頼する前にレイアが来たことで、丁度いいと思ったのかもしれない。
しかし、そこに書かれていた魔物の名前を見て「ん?」と、なる。
「……あの、これ間違えてませんか? スライムの討伐って書いてあるんですけど」
そのクエストはレイアの予想の斜め上……いや、斜め下をいくものだった。
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