死神探偵の様式美
見習い探偵の勘酌 Ⅶ
「はぁぁぁ...ああいう人が僕は一番苦手だよ。殺人犯とお喋りする方が断然マシだ。」
「自分のファンに対してそれはあんまりなんじゃないですか」
先生の疲れきった声にニヤリと皮肉を返した。
しかしその皮肉に、
「君は泥船に乗って自慢げに胸を張っちゃうような悲しい男なのかい?」
ため息と共に全く理解ができない返答が帰ってきた。
(やっぱり言葉が足りないなぁ)
俺の悩む顔を見て先生は再びため息を吐いた。
「あの警官僕の顔を最初見た時、僕を芥子風太だと気づいていなかった。
つまり彼は実際に僕を見た事もない、ただ『芥子風太』という名前と噂話だけ聞いてあんな自慢げに語ってるんだよ。
そういう奴は大概、僕が何かヘマをしたり悪い噂が立つとそれはもうミキサーのように手の平をクルクル回すに決まっているんだ。」
「あぁ、だから泥船…ですか」
理解するように頷くと先生は更に肩を落とし、いつもの半分くらいのサイズになってしまう。
「ほんっとに今日は疲れたぁぁ…
もう家に帰るのも長く感じてしまうよ」
その言葉にぴくりと反応してしまう。先生の最後のフレーズがまるで漫才でよく見るような振りの様に聞こえたのだ。
確かに何も考えずに道を歩くというのは長く感じてしまう。だから、では無いが少し感じていた疑念を先生にぶつけることにした。
「では先生、暇つぶしに1つ質問してもいいですか?」
「うん?なんだい急に。
そんな事いちいち聞かなくても別に大丈夫だよ。」
じゃあ、と俺は口を開く。
あの時、あの年配警官が先生の名刺を見せた時に感じた違和感。なぜそうしたのか全く理解できない先生の行動。
それは、
「なんで先生は自分で警官を呼んだんですか?」
そう言った時先生の目が薄く、だが確かに開かれたのを小鳥遊は見逃さない。
「…それはまた、どうしてだい?」
それでも先生は驚きを表には出さない。
「俺はあの時、あのゲームセンターに入った時、先生が補導される姿を見て恐らくあの店の店員が呼んだものだと思っていました。」
でも、と俺は続ける。
「警官に渡していた名刺。あの名刺の後ろに書かれた言葉はまるで警官が来る事を前もって分かっていたかのようでした。」
しかしそれに先生は、
「でもそれって警官が来たのを僕が確認してから書いたかもしれないよ」
歩く速さは一定。呼吸も表情も変化なし。鼓動も……あまり聞こえないが恐らく一定。どんなに小さな疑いであっても疑いを持たれた相手は普通なら何かしら反射的に行動してしまうものだ。
(やっぱり先生は凄い……でもまだ付け入る隙はある!)
「ではどうして先生は名刺を内ポケットに入れていたんですか?その場で書いたのであればそのまま渡せばいいのに」
あの時先生は謝る警官たちに名刺を差し出していた。しかしそれは内ポケットから取り出して渡していたのだ。もし来たのに気づいて書いたのであれば一々仕舞う必要なんてないはず。
(これでどうだ!)
何度繰り返し考えても抜け目のないはずの推理。
先生自身が警官を呼んだ理由はさっぱりで予測も立てれないが、しかし今先生の『自分は警官を呼んでいない』という主張が大きく揺れている事に俺は確かな優越感に浸っていた。
そして俺はちらりと視線を横で歩いている先生に向ける。少しは焦りを見せているのだろうか、そんな淡い期待が募る中先生は軽く言った。
「あーそりゃあ1度あの警官に渡したさ。でも受け取って貰えなかったんだよね。なんかその時から僕の事を完全に子供扱いしていたのか口を開けば学校学校でこっちの話は全部無視なんだもん」
「え…渡したんですか?」
「そう。だから君が探偵証を見せた後に言ってたじゃん。『次は受け取って貰えますよね』ってさ。」
(あ…あぁぁぁぁぁぁあ!言ってた!確かに言ってました!なんで出てこなかったんだ俺の海馬!!)
「それで受け取って貰えなかったから1度内ポケットに入れたんだよ。落としたりしてあの犯人にでも見られたら計画がおじゃんだからね」
胸中を騒がせている中先生はさらに情報をつけ加える。もう既に俺の抜け目の無い推理は抜け目だらけである事が証明され付け入る隙は糸を通す程も残っていなかった。
(先生は1度渡していた。そこで受け取って貰えなかったから1度仕舞って、話を聞いてくれるようになったから内ポケットから取り出した。
辻褄は合っている………合ってしまっている…)
「それで他には無いのかい?僕が警官を呼んだと思われる理由は。」
心の中で頭を抱える俺に気づいているのかニヤニヤとした先生は催促してくる。
(何か…何か言わないと…)
「いや、でも……あの…」
相手との駆け引きで大事なのはその場の雰囲気だ。その場に第三者など他人がいる状態でもその場の空気によって賛同者は変わる。少しでも周囲の空気を掌握した者が駆け引きに勝つのだ。
だから小鳥遊は必死に頭を働かせ粗を探すが、しかし口から出るのはなんとも言えない残念なキョドり声。
そんな俺に先生は、
「それに、君は最初『先生は警官が来る事を前もって知っていた』ことを問題視してるけど別にこれは普通なんだよ。僕は約20年間この身なりで生活しているからね、昼間にゲームセンターにでも行けばどうなるかなんて軽く想像がつく。なら、前もって名刺の裏に書いててもなんら不思議じゃないよね?」
まるで悪魔のような笑みに貫かれ俺の口からは何も出なくなってしまった。全てが先生の言う通りだ、と逆に説得させられてしまったのだ。先に仕掛けた俺の方が、この場の雰囲気も状況も全て有利だった筈なのに一瞬にして逆転されてしまう。俺はもう付け入る隙が見つからずただただ拳を固く握りしめた。すると、
「あはは!いやいや目の付け所は良いよ。でもまだ足りない。人を追い詰めるには相手の更に先を考えないと。どんな返しをされてもそれを言い返す強い根拠を見つけ出す、それが駆け引きを上手くするコツだよ。まあでも疑問に持った時点で今は合格だ。」
先生は軽く走り前に出るとこちらに振り返った。
「うん、そうだよ。あの警官たちを呼んだのは僕だ。逃げられるのは目に見えてたし追いかけるのもめんどくさいからね」
やれやれと首を振る先生。それを見て今回の謎はこれで全て解けた、いや解かれてしまったことに気づく。
今回俺は何一つ自分の力で解けていない。その無気力感が小鳥遊紡を苛んでいた。
(こんなんで芥子風太の弟子と名乗るなんて先生に申し訳しかない……)
その想いが胸に詰まりそれを解くべくため息を吐いた。集中していたからかそれだけで脳が軽くなるのを感じ、前でゆったり歩いている先生を見る。その瞬間何かが脳裏を過った。
(まだ…謎があるのか?)
俺は不思議な事にあの先生の答えにまだ違和感を感じていたのだ。
『うんそうだよ。あの警官たちを呼んだのは僕だ。逃げられるのは目に見えてたし追いかけるのもめんどくさいからね』
(そう先生は言っていた。何もおかしくはない……はずだ。なんなんだこの感覚は?)
それに、と小鳥遊は前を歩く先生を見る。ごく稀にだがこちらに意識を向けている……ような気がする。
第六感、とまでは言わないが偶に感覚が鋭くなる事がある。今だって先生は5歩に1度歩幅を狭くしてこちらに合してきている。後ろを歩く小鳥遊を意識している証拠だ。
(いや、もしかしたら謎とか関係なしにただ俺のペースに合わしているだけかもしれないが)
それでも脳裏に過ったこの感覚を無視してはいけない。その感覚こそが芥子風太が小鳥遊紡に見出した才能なのだから。
すぐ様記憶を辿る。その荒々しい川のような情報に意識を通して全てを視ていく。
今日先生が言った言葉。それを集中的に分別し掬い取って、そして、
「本当に…それだけですか?」
ようやく1つの根拠に行き着いた。
「うん?まだ何か疑問があるのかい?」
振り返った先生は予想通りに満点の笑顔だ。やはりまだ謎が残っていてそれに気づくかどうかを試していたのだろう。本当に人が悪い。
「先生は言っていました。『今回の依頼は取引相手を見つけることであって捕まえろとは言われていない』と。先生は依頼に対しては厳格な人です。もしそれが本当なら先生は捕まえる為に警官を呼んだんじゃなくて、何か別の目的で警官を呼んだ。そしてその目的が達成したから、ついでに捕まえてもらえるように名刺を渡した。……………どうですか?」
長々と自信の無い憶測を並べていく。しかし、口に出した後再び考えると不思議と筋の通った憶測だと気づいた。目の前にいた先生は腕を組み何度も上下に首を振って、
「うんうん、じゃあ何で僕は警官を呼んだと思う?」
否定でも肯定でもなく疑問をぶつけられた。そう、結局はそこに戻ってきてしまう。
なぜ先生は警官を呼んだのか。犯人を捕まえてもらう為ではない別の理由。
「それは……」
そこで再び口が閉じられた。
やはり俺の推理力じゃ足りない。先生の弟子として失格だ。そんな弱気を奥歯を噛むことで胸に留める。すると、
「『人生において何かを成すのであればそれに関する不確定要素を排除するべきだ』って言葉覚えてるかな」
先生の発したそれは昔聞いた事のある言葉だった。あれは俺が弟子入りしてからまだ1ヶ月も経たない頃に言われた教訓。初めて弟子として教えられた最初の教示。
「今回で言う『成すこと』というのは麻薬取引犯を捕まえること。そして捕まえる為に必要な情報は3つある。1つ目は場所。これはゲームセンターだと分かっている。2つ目は人。これもゲームセンターに入ってから見つけた。そして3つ目は、時間だ。」
ぐじゃぐじゃになった糸。
何本もの糸が絡み合い縺れ合ったその中の1つ。先生はその1本を軽く引いて全てを解かすような奇妙な感覚を小鳥遊に感じさせる。
前を歩く先生はこちらをチラリと振り向いて言った。
芥子風太が弟子に与えた課題、その最後の解答とは。
「警官を呼んだ答えは『時間を確定させるため』だよ」
「自分のファンに対してそれはあんまりなんじゃないですか」
先生の疲れきった声にニヤリと皮肉を返した。
しかしその皮肉に、
「君は泥船に乗って自慢げに胸を張っちゃうような悲しい男なのかい?」
ため息と共に全く理解ができない返答が帰ってきた。
(やっぱり言葉が足りないなぁ)
俺の悩む顔を見て先生は再びため息を吐いた。
「あの警官僕の顔を最初見た時、僕を芥子風太だと気づいていなかった。
つまり彼は実際に僕を見た事もない、ただ『芥子風太』という名前と噂話だけ聞いてあんな自慢げに語ってるんだよ。
そういう奴は大概、僕が何かヘマをしたり悪い噂が立つとそれはもうミキサーのように手の平をクルクル回すに決まっているんだ。」
「あぁ、だから泥船…ですか」
理解するように頷くと先生は更に肩を落とし、いつもの半分くらいのサイズになってしまう。
「ほんっとに今日は疲れたぁぁ…
もう家に帰るのも長く感じてしまうよ」
その言葉にぴくりと反応してしまう。先生の最後のフレーズがまるで漫才でよく見るような振りの様に聞こえたのだ。
確かに何も考えずに道を歩くというのは長く感じてしまう。だから、では無いが少し感じていた疑念を先生にぶつけることにした。
「では先生、暇つぶしに1つ質問してもいいですか?」
「うん?なんだい急に。
そんな事いちいち聞かなくても別に大丈夫だよ。」
じゃあ、と俺は口を開く。
あの時、あの年配警官が先生の名刺を見せた時に感じた違和感。なぜそうしたのか全く理解できない先生の行動。
それは、
「なんで先生は自分で警官を呼んだんですか?」
そう言った時先生の目が薄く、だが確かに開かれたのを小鳥遊は見逃さない。
「…それはまた、どうしてだい?」
それでも先生は驚きを表には出さない。
「俺はあの時、あのゲームセンターに入った時、先生が補導される姿を見て恐らくあの店の店員が呼んだものだと思っていました。」
でも、と俺は続ける。
「警官に渡していた名刺。あの名刺の後ろに書かれた言葉はまるで警官が来る事を前もって分かっていたかのようでした。」
しかしそれに先生は、
「でもそれって警官が来たのを僕が確認してから書いたかもしれないよ」
歩く速さは一定。呼吸も表情も変化なし。鼓動も……あまり聞こえないが恐らく一定。どんなに小さな疑いであっても疑いを持たれた相手は普通なら何かしら反射的に行動してしまうものだ。
(やっぱり先生は凄い……でもまだ付け入る隙はある!)
「ではどうして先生は名刺を内ポケットに入れていたんですか?その場で書いたのであればそのまま渡せばいいのに」
あの時先生は謝る警官たちに名刺を差し出していた。しかしそれは内ポケットから取り出して渡していたのだ。もし来たのに気づいて書いたのであれば一々仕舞う必要なんてないはず。
(これでどうだ!)
何度繰り返し考えても抜け目のないはずの推理。
先生自身が警官を呼んだ理由はさっぱりで予測も立てれないが、しかし今先生の『自分は警官を呼んでいない』という主張が大きく揺れている事に俺は確かな優越感に浸っていた。
そして俺はちらりと視線を横で歩いている先生に向ける。少しは焦りを見せているのだろうか、そんな淡い期待が募る中先生は軽く言った。
「あーそりゃあ1度あの警官に渡したさ。でも受け取って貰えなかったんだよね。なんかその時から僕の事を完全に子供扱いしていたのか口を開けば学校学校でこっちの話は全部無視なんだもん」
「え…渡したんですか?」
「そう。だから君が探偵証を見せた後に言ってたじゃん。『次は受け取って貰えますよね』ってさ。」
(あ…あぁぁぁぁぁぁあ!言ってた!確かに言ってました!なんで出てこなかったんだ俺の海馬!!)
「それで受け取って貰えなかったから1度内ポケットに入れたんだよ。落としたりしてあの犯人にでも見られたら計画がおじゃんだからね」
胸中を騒がせている中先生はさらに情報をつけ加える。もう既に俺の抜け目の無い推理は抜け目だらけである事が証明され付け入る隙は糸を通す程も残っていなかった。
(先生は1度渡していた。そこで受け取って貰えなかったから1度仕舞って、話を聞いてくれるようになったから内ポケットから取り出した。
辻褄は合っている………合ってしまっている…)
「それで他には無いのかい?僕が警官を呼んだと思われる理由は。」
心の中で頭を抱える俺に気づいているのかニヤニヤとした先生は催促してくる。
(何か…何か言わないと…)
「いや、でも……あの…」
相手との駆け引きで大事なのはその場の雰囲気だ。その場に第三者など他人がいる状態でもその場の空気によって賛同者は変わる。少しでも周囲の空気を掌握した者が駆け引きに勝つのだ。
だから小鳥遊は必死に頭を働かせ粗を探すが、しかし口から出るのはなんとも言えない残念なキョドり声。
そんな俺に先生は、
「それに、君は最初『先生は警官が来る事を前もって知っていた』ことを問題視してるけど別にこれは普通なんだよ。僕は約20年間この身なりで生活しているからね、昼間にゲームセンターにでも行けばどうなるかなんて軽く想像がつく。なら、前もって名刺の裏に書いててもなんら不思議じゃないよね?」
まるで悪魔のような笑みに貫かれ俺の口からは何も出なくなってしまった。全てが先生の言う通りだ、と逆に説得させられてしまったのだ。先に仕掛けた俺の方が、この場の雰囲気も状況も全て有利だった筈なのに一瞬にして逆転されてしまう。俺はもう付け入る隙が見つからずただただ拳を固く握りしめた。すると、
「あはは!いやいや目の付け所は良いよ。でもまだ足りない。人を追い詰めるには相手の更に先を考えないと。どんな返しをされてもそれを言い返す強い根拠を見つけ出す、それが駆け引きを上手くするコツだよ。まあでも疑問に持った時点で今は合格だ。」
先生は軽く走り前に出るとこちらに振り返った。
「うん、そうだよ。あの警官たちを呼んだのは僕だ。逃げられるのは目に見えてたし追いかけるのもめんどくさいからね」
やれやれと首を振る先生。それを見て今回の謎はこれで全て解けた、いや解かれてしまったことに気づく。
今回俺は何一つ自分の力で解けていない。その無気力感が小鳥遊紡を苛んでいた。
(こんなんで芥子風太の弟子と名乗るなんて先生に申し訳しかない……)
その想いが胸に詰まりそれを解くべくため息を吐いた。集中していたからかそれだけで脳が軽くなるのを感じ、前でゆったり歩いている先生を見る。その瞬間何かが脳裏を過った。
(まだ…謎があるのか?)
俺は不思議な事にあの先生の答えにまだ違和感を感じていたのだ。
『うんそうだよ。あの警官たちを呼んだのは僕だ。逃げられるのは目に見えてたし追いかけるのもめんどくさいからね』
(そう先生は言っていた。何もおかしくはない……はずだ。なんなんだこの感覚は?)
それに、と小鳥遊は前を歩く先生を見る。ごく稀にだがこちらに意識を向けている……ような気がする。
第六感、とまでは言わないが偶に感覚が鋭くなる事がある。今だって先生は5歩に1度歩幅を狭くしてこちらに合してきている。後ろを歩く小鳥遊を意識している証拠だ。
(いや、もしかしたら謎とか関係なしにただ俺のペースに合わしているだけかもしれないが)
それでも脳裏に過ったこの感覚を無視してはいけない。その感覚こそが芥子風太が小鳥遊紡に見出した才能なのだから。
すぐ様記憶を辿る。その荒々しい川のような情報に意識を通して全てを視ていく。
今日先生が言った言葉。それを集中的に分別し掬い取って、そして、
「本当に…それだけですか?」
ようやく1つの根拠に行き着いた。
「うん?まだ何か疑問があるのかい?」
振り返った先生は予想通りに満点の笑顔だ。やはりまだ謎が残っていてそれに気づくかどうかを試していたのだろう。本当に人が悪い。
「先生は言っていました。『今回の依頼は取引相手を見つけることであって捕まえろとは言われていない』と。先生は依頼に対しては厳格な人です。もしそれが本当なら先生は捕まえる為に警官を呼んだんじゃなくて、何か別の目的で警官を呼んだ。そしてその目的が達成したから、ついでに捕まえてもらえるように名刺を渡した。……………どうですか?」
長々と自信の無い憶測を並べていく。しかし、口に出した後再び考えると不思議と筋の通った憶測だと気づいた。目の前にいた先生は腕を組み何度も上下に首を振って、
「うんうん、じゃあ何で僕は警官を呼んだと思う?」
否定でも肯定でもなく疑問をぶつけられた。そう、結局はそこに戻ってきてしまう。
なぜ先生は警官を呼んだのか。犯人を捕まえてもらう為ではない別の理由。
「それは……」
そこで再び口が閉じられた。
やはり俺の推理力じゃ足りない。先生の弟子として失格だ。そんな弱気を奥歯を噛むことで胸に留める。すると、
「『人生において何かを成すのであればそれに関する不確定要素を排除するべきだ』って言葉覚えてるかな」
先生の発したそれは昔聞いた事のある言葉だった。あれは俺が弟子入りしてからまだ1ヶ月も経たない頃に言われた教訓。初めて弟子として教えられた最初の教示。
「今回で言う『成すこと』というのは麻薬取引犯を捕まえること。そして捕まえる為に必要な情報は3つある。1つ目は場所。これはゲームセンターだと分かっている。2つ目は人。これもゲームセンターに入ってから見つけた。そして3つ目は、時間だ。」
ぐじゃぐじゃになった糸。
何本もの糸が絡み合い縺れ合ったその中の1つ。先生はその1本を軽く引いて全てを解かすような奇妙な感覚を小鳥遊に感じさせる。
前を歩く先生はこちらをチラリと振り向いて言った。
芥子風太が弟子に与えた課題、その最後の解答とは。
「警官を呼んだ答えは『時間を確定させるため』だよ」
コメント