死神探偵の様式美

夢空

見習い探偵の勘酌 VI

「依頼達成っと。じゃあさっさと警察呼んで連れてってもらおうか」

「……けい、さつ……」

先生の言葉にぴくりと反応する青年。その青年に先生はにんまり笑顔で、

「ああ。まあ捕まってもどうせ一年ちょっと刑務所にいるだけだしこれから頑張ってよ」

そう言い放つ。そんな中、小鳥遊は気づいた。青年が何かぶつぶつと言っていることに。

「…ダメだダメだダメだダメだ、そんな事になったら運べねぇ、薬を届けてやれねぇ。このままじゃあいつが、ダメだ捕まったらダメだ、くすりを、届けねぇと、届ける届ける、届けるには捕まっちゃダメだ、ダメだ……」

「ん?どしたの?」

ぶつぶつと独り言を言う青年に聞き耳を立てるべく近づいた。その時だった。

「……ックソがぁあああ!」

不用意に近づいた先生を突き飛ばし物凄い勢いで出口へと走った。

「待て!先生早く追いかけましょう!」

見ると突き飛ばされた衝撃で尻もちをついている先生。
そんな先生は腰をさすりながら立ち上がりホコリを払うように服をはたく。

「何言ってるんだいワトソンくん。それは今日の依頼じゃない。依頼は取引相手を見つける事であって捕まえろなんて言われてないんだから」

「だからって見過ごすんですか!?」

今も取引相手は全速力でアーケードゲームエリアにUFOキャッチャーエリアを走り抜けていた。
このままでは本当に逃げられてしまう。そう思い問いかけると先生は何故だか不敵に笑った。

「確かに、せっかく見つけた犯人を取り逃がすのも癪だしね。
だから───」

そう先生が言った頃には犯人は出口に到着していて自動ドアが開き、

「ここは本職の人に任せよう」

その途端青年の左右から男性2人が登場し、そのまま犯人の青年を地面へと伏せ倒し、

「…ッ誰だてめぇら!!」

「警察だ!お前を麻薬取締法違反の罪で逮捕する!」

「なッ…サツだと!?速過ぎんだろッッ!」

成人男性2人係で固めているにも関わらずじたばたと暴れる青年。しかしそんな青年も手錠がかけられるなりもう無理だと悟ったのか大人しく項垂れていた。


「御協力感謝します」

それは応援に来たパトカーに取引相手を乗せた後の出来事だ。
帽子をとり深々と頭を下げ、にこやかな笑顔を向けてくるのは警官2人のうちの1人。年配の警官だ。
しかしその人に奇妙な感覚を小鳥遊は感じた。
どこかで見たことがある、そんな不快感は、しかし直ぐに解放された。

「あ、確かあの時の…!」

「その折はどうもすみませんでした。」

そう。この人は俺がゲームセンターに入った頃先生を補導していた警官だった。
その警官は軽く頭を下げるとすぐに視線を軽く下に向け、

「いやぁまさかこんな所で探偵協会の方に、それもあの有名な芥子先生に出会えるなんて驚きました」

嬉しそうに先生に握手を求めるが、先生はそれを手で制し微笑むことで避けた。するとそこに若い方の探偵が帰ってくる。どうやらここの店長への報告が終わったらしい。

「すみません、遅れました……って何やってんすか先輩」

大の大人が中腰になって両手を差し出しているその図は傍から見れば確かに変に見られてしまうのだろう。

「いや君知らないの?芥子先生だよ芥子先生」

「かし...?あーたまに署に来ていた子…じゃなくて人ですか?でもなんで先生呼びなんですか」

「ばか!芥子先生はな2年前に突如として現れた凄い探偵なんだよ。もう動きまくる探偵で1番凄いんだから!」

「...もういいから...」

珍しく狼狽えている先生を他所にヒートアップする年配警官。

そう。あの時、年配警官は先生の探偵証を見て驚いていたが、あれは「本当に大人だ」ということよりも先生の実力、つまり探偵協会の頂点に位置するSランクに所属していることに驚いていたのだ。

【S003 芥子 風太 (20)】それが先生の身分であり、齢20にして探偵界の最高峰にまで上り詰めた稀代の天才である。
そんな探偵界隈では超有名人に位置する芥子風太の語りが止まらない年配警官に俺たち2人はげんなりとしていた。

もう無理やりにでも話を切って帰ろう。そう思い声を掛けようとして、ふとある事に疑問を持つ。

「あの、2人はどうしてゲームセンターの出入り口にいたんですか?」

この2人の警官は先生が大人である証拠を見てそのまま帰ったはずだ。なのになぜ店の前に居たのだろうか。まるで、取引相手が出てくる事を予め知っていたかのように。
すると、そんな疑問も興奮気味な口調の年配警官が答えてくれた。

「名刺の裏にね書いてあったんだよ。『10分後ぐらいにこの店の店員の格好した人が走って出てくるからそいつを取り押さえてくれ』ってね」

大事そうに財布に入れていた先生の名刺をこちらに見せてくる。
ボールペンで書かれたそれには確かにそう書いていて、それを見た途端なんとも言えない感覚に小鳥遊は小首を傾げる。
まだ解けていない謎がある。そう誰かが言っているように。
するとそこでようやく先生が口を開いた。

「ねぇそろそろ帰ろ。帰って報告書書かないと」

「これはこれは、長引かせてすみません。
またいつでも協力しますので声をおかけしてください。勿論次からは顔パスでよろしいので」

それを言い終わる前に先生は後ろに反転、帰路に着いた。その先生の行動に少し冷たさを感じるが、いちいち反応していたら限りがないのだろう。俺は軽く頭を下げて先生の後につく。
俺たちの家、芥子探偵事務所に帰るために。

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