死神探偵の様式美

夢空

見習い探偵の斟酌 IV

先生は少し眉をひそめたが、
「まあね。警官が帰ってもう10分だ。そろそろ動き出す。君も周りを見ちゃダメだよ。相手は相当臆病だから」
先生はゲーム画面に釘付け状態でそう言う。俺もゲーム画面を見なければ、そう思い顔を上げた所で、ふと、おかしな音に気がついた。急いでいるのかテンポの速い足音は途端で右に曲がったり左に曲がったりと忙しなく歩き回っている。まるで、このゲームセンターに自身の脅威となる存在がいないか確かめているかのようだ。
それが3回ほど行われるとこれまた速い足音でこちらのアーケードゲームエリアへと向かってきた。どんどんと大きくなる足音。それと比例して自分の心臓が高鳴っていくのに気づき、鼻で深呼吸をして落ち着かせる。
(まだだ…。まだゲーム画面から目を離すな)
取引現場を抑える。それが今回の依頼であるなら難易度はかなり高い。
例えばだが、取引する相手がいち早く分かり取引が行われる前に取り押さえるとする。しかし、取引が行われる前に捕まえてしまうと、相手を逮捕することは出来ない。なぜなら証拠がないからだ。
だからよくドラマでも取引相手に変装して犯人と取引をし、取引が完了した時に自分の正体を明かして逮捕、というのもよく見られる。あれも取引現場を抑えることの難しさをよく表していると言えるだろう。
そして、今の状況もそれと同じだ。おそらく先生はこの足音の主が取引を完了した時に名乗りを上げて捕まえる魂胆なんだろうが、そもそも今聞こえる足音は『1つだけ』なのだ。当たり前のことだが取引というものは1人ではできない。
これからもう1人来るとして、それまでこのゲーム画面を睨み続けるのは小鳥遊にとって精神的にかなり苦痛だった。
しかし、そう考えても頭が重くなるだけ。直ぐに聴覚へ意識を尖らし足音の行方を探る。先程まで勢いのあった足音が今では普通の速度になってこちらに来ていた。
(このスピードは周りを確認している?)
足音の速さからどうやら周りをキョロキョロと見回っている…らしい。今までの足音は目的の元に急いで行く、といった分かりやすい感じだったのだが今は目的の物は何処にあるのか、と探しているような感覚だ。
そして、足音はその速さを保ちつつ俺たちの後ろを通ろうとして、
止まった。
喉の奥で息が詰まった。出来るだけ平穏に普通な態度でいないといけないのに、出来ない。心臓が痛い。鼓動がお祭り騒ぎのように鳴っていて、それなのに呼吸が出来ないから酸素が足りず酸欠のように目眩がする。
目の前がぐらぐらと揺れ次第に気が遠くなって……
「ねぇ、お兄ちゃん!もう1回!もう1回させてよ!」 
「……へ?」
服の袖を引っ張られてようやく意識が覚醒した。見れば隣に座っている先生が俺の袖を引っ張り、よく分からないがゴネている。
「あと1回でやめるから!ねぇ、おねがい」
(先生どうしたんだ?なんか急に上目遣いしてくるし、喋り方も子供っぽくなってて見た目通りになってるし。)
そこで、ようやく思い出した。自分の後ろに取引相手がいることに。
「あ、ああ。全くしょうがないな風太は。あと1回でちゃんと終わらせるんだぞ。」
「やったーー!よーし、今度こそあのボスを倒してやる!」
震える手で100円を先生に手渡すと、それが本性ではないのかと思わされるほど無邪気な子供のように喜びながらゲームを始めた。
(落ち着け…落ち着けおれ…)
また先生に助けられてしまった。そんな自責の念と緊張感からまた心臓が鳴りはじめる。
しかしそんな緊張もすぐに解けた。足音が動き出したのだ。
先生の演技が効いたのか、或いは別の目的からか止まっていた足音は速すぎるテンポで歩きだしそして、
再び止まった。
すると、
「いいよ、見ても」
ほんの小さな呟きが先生から聞こえた。俺は少しずつ少しずつ視線をゲーム画面からずらし右奥へ。先生の短髪の後ろから視線を覗かせる。
「あれは…清掃員?」
服装はこのゲームセンターの店員と同じ。しかし手にはホウキとちりとりが一体となったような器具を持ってしゃがんでいた。そしてその男性はちりとりに手を突っ込みそこから素早く鍵を取り出すと、俺たちから7つほど右にあるアーケードゲームの筐体を開けた。
まさかと思い呆然と見ていると、男性はその中から蛇のマークが描かれた茶色の袋を取り出し、
「はい、お兄さんアウトでーす」
先程まで俺の横にいた先生はいつの間にかその男性の背後に立っていて、

そのまま、勢いよくチョップ・・・・・・・・をかましていた。

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