死神探偵の様式美

夢空

見習い探偵の斟酌 Ⅱ

「それで、どうしてこんな所に来てるんですか?探してたんですよ」
警官たちを見送ると青年、小鳥遊 紡たかなし つむぎは苦言を呈する。すると探偵、芥子風太かし ふうたはふらりと店内を歩きだしふと、アーケードゲームが並んでいる一帯で足を止めた。
「なんでって、そりゃ僕の仕事を全うするためさ」
「仕事って……こんな所で遊ぶことが仕事の一環なんですか?」
そんな小鳥遊の小言も芥子には届いていないのか、近場にあったシューティング系のアーケードゲームを始め出す。
「ふっふっふ。やっぱりワトソンくんは甘いね。とりあえず座りなよ、このゲーム結構人気なんだからさ」
「小鳥遊です。
それは…どういう意味ですか?」
『甘いね』その言葉が引っかかり渋々隣の席に腰を下ろした。
隣に座るのを横目に確認すると、芥子はくすくすと笑い、
「ダメだよ。」
そう言った。
アケコンをガチャガチャと動かしそう言うものだから、理由を渋っているようにしか見えない。だが、ふざけている時とは異なっていて、凛とした探偵の目をしていた。
「君は確かにワトソンくんじゃない。僕の弟子『小鳥遊 紡たかなし つむぎ』だ。であるなら、ただ探偵の話を聞くだけの語り手になってはいけないよ。君も探偵として考えるんだ。」
久しぶりに先生としての姿に言葉が出なかった。確かに小鳥遊はここまで『なぜ先生はこんな所にいるんだ』という疑問から目を逸らしていた。考えるのが面倒だからではない。そこまで考えることをしていなかったのだ。
先生はいつも僕では考えられないようなことをする。だから今回も考えても無駄だ。そんな押しつけをして『疑問を持つ』という探偵として絶対的に必要な能力を蔑ろにしていた。
目頭を押さえ思考を巡らす。先生は言った『考えろ』と。
つまり、これは事件に関係する事なのだろう。
考える。
なぜ、先生はこんな所にいるのか。
思い出せ。
ここ数日の出来事を。
たしか、あれは一昨日のことか。先生はまた警察に呼ばれて署に行っていた。恐らくそこで事件の依頼を受けたに違いない。
しかし、と再び先生を見る。
ゲームに夢中になっていて口の端を上げている。しかし、その喜びはゲームに対してではない。自分の弟子がどういう答えを出すのか、それを楽しみにしている。
『警察からの依頼』という解答では満足しないだろう。
まだ足りない。考えろ、考えるんだ。思考を巡らす。記憶している過去の出来事を隅から隅まで洗っていく。
しかし、どれだけ記憶を辿ってもその時の依頼について先生は俺に何も言っていなかった。
でも、先生は情報の足りない質問で試すような人ではない。
何かあるんだ、答えに導かれる情報が。
ふと、昔に言われたある言葉が蘇る。
『人間なんて2つの要因で動く。『動機』と『状況』これらが揃えば他人は他人を簡単に殺せる。
そして僕達探偵はまず、状況から入る。』
理由が分からなければその場の状況から洗う。
今の状況とは、先生がアーケードゲームに没頭している。これが答えに繋がる情報なのか?
そもそも先生がこのゲームセンターに来たのはゲームをするためなんかじゃない。依頼を達成するためだ。
しかし、と辺りに視線だけ動かす。
(匂いは酷いが血の匂いはしない。)
先生は言っていた。
『探偵と警察はよく似ているんだ。どちらも事件が起こった後にしか動けないカウンターカード。
だって事件が起こらなかったら存在価値が薄れちゃうからね。特に探偵は。』
つまり、このゲームセンターには既に何かが起こっている。ここで血の匂いがしないとなると殺人事件関連とは関係がない。
次に考えるは、先生にくる依頼の傾向だ。
先生の所には主に殺人事件、盗難関係、対人調査。
この中じゃ有り得そうなのは盗難と対人。
(だけど、どっちもありえない)
盗難事件を受けるとまず行くのは依頼主の所だ。依頼主から無くした状況、無くした物の形状などの詳細を尋ねないといけない。しかし、今朝先生は『三田駅に行く』と言っていた。俺が追いついたのはそれから15分ほど。それならまだ依頼主の所にいてもおかしくない。なのに先生はもう既にゲームセンターに到着していて警察の厄介になっていた。
もし、既に情報を受けていて無くした場所のゲームセンターに来ているとするなら、どうして先生はゲームをしている?全くと言っていいほど先生からは探す素振りが見えない。
そもそもゲームセンターで盗られたと分かっているならわざわざ探偵を雇わずともここの店長にでも尋ねて監視カメラを見る方が早いしお金もかからない。
よって盗難関連は関係ない。
次に対人調査だ。浮気や、素性などの調査依頼。これも先生に依頼してくるのは多いが、
でもこれもおかしい。
もしこれが先生の受けた依頼であるならばどうして先生はゲーム画面しか見ていないのか。
先生の五感は別に一般人と変わらない。
『見ないように見るなんて僕には出来ない』と言っていたのも覚えている。
もし調査するターゲットがいるのなら今ゲームに熱中している先生は自身の信条、『依頼を受けたからには最大限の力を使って解決する』という決め事を裏切っている事になる。
つまり対人関係もこの事件とは関連がない。
(くそ…行く手がない…)
巡る思考は停止を始め、気づけば眉間に付けていた指が口元にまで降りてきていて爪を噛んでいた。
いけないとすぐに眉間に戻すが、そこで声がかけられる。
「君の推理がどこまで行ったのか、聞きたい所だけどちょっと苦戦してるらしいね。
なら、ヒントをあげよう」
顔を上げ先生を見る。もうゲームは終わったのか画面には『100円入れてください』という文字が点滅し、後ろでキャラクターが自動的に動いていた。
「君はその推理の中で僕のおかしな点にいくつか気づいたはずだ。普段の依頼中なら絶対にしないこと。なら、それをしているという事はそれはどういう事なのかな?
さぁ、もう1プレイだ。」
それだけ言うと先生は100円を投入し再びゲームを始めた。

コメント

コメントを書く

「推理」の人気作品

書籍化作品