誰にでもできる異世界救済 ~【トライ&エラー】と【ステータス】でニートの君も今日から勇者だ!~

平尾正和/ほーち

5-1 それからの日々

 トセマに戻った俺は、なんとなく日々を過ごしていた。
 朝ゆっくり起きて、薬草採取や魔物討伐なんかで半日働き、夕暮れ前から夜まで飲む、という感じで。

「ねぇショウスケくん、デルフィちゃんは?」

 フェデーレさん始め、ギルド職員や知り合いの冒険者からは、時々そんなことを聞かれた。

「いやぁ、どうなんっすかね? あくまでダンジョン攻略までの期間限定で組んでただけなんで……」

 と、俺はそんな感じでごまかした。
 実を言えば、常時組むとも、期間限定とも決めてなくて、彼女とはなんとなく流れで組んだだけだから。

「はぁ……やっぱ嫌われちゃったのかなぁ」

 トセマに戻って10日くらい経ったその日も、俺はいつものように、ギルドの酒場にひとり座って酒を飲んでいた。
 酔うと、ついそんな言葉がこぼれてしまう。

「いや、そもそも、最初から好かれなかったか……」

 彼女との冒険は楽しかった。
 彼女も同じように楽しんでいてくれてるんだと思ってたけど、俺ひとりで盛り上がってただけなのかな。

「はぁ……」

 ジョッキの底に残った、気の抜けたビールを一気に流し込んだ俺は、席を立ち、冒険者ギルドの寝台に向かう。
 金に余裕はあるから部屋は借りられるんだけど、ひとりで部屋にいるってことに、耐えられそうにないんだよな。
 だから、いつも人の気配を感じられるギルドの寝台を、俺は使っていた。

**********

「おい、もたもたするな。さっさといくぞ」

 翌朝、洗顔やら歯磨きやらを終えてギルドに下りるなり、エルフの弓術教官であるクロードさんに声をかけられた。

「はい?」

 とはいえ、彼と約束をした覚えはないんだけど。

「あの、いったいなにを――」
「いいから黙ってついてこい」

 え? なんなの?

「いや、俺まだ朝メシも……」
「携行食は持ってないのか?」
「そりゃ、持ってますけど」

 いまは半日で帰ってるけど、これでも一応ダンジョンに何日も潜っていたからな。
 食事は携行食で済ませていたから、そのときの残りが収納庫に……。

「あ」
「どうした?」

 携行食はデルフィと共用の収納庫に入れてるんだよな。
 あわよくばばこの収納庫を使ってやりとりを……なんてことも考えたけど《収納》ってのは州をまたぐと使えなくなるそうだ。
 州内なら収納屋と魔術師ギルドのサポートがあるので、端と端だろうが、それこそダンジョンの最深部だろうが使用は可能だが、州をまたぐ場合はそれ相応のサービスがある収納庫じゃないとだめだ。
 なので、エカナ州を遠く離れた樹海にいる彼女には、共用の収納庫を使うことができない。

「いえ、なんでもないです……」

 まぁ放っておけば傷んで捨てなくちゃいけないものだし、食べても問題ないか。

「そうか。なら朝食は馬車で済ませろ」

 しかし、なんだかよくわからないけど、これ、ついていかなきゃいけない流れ?

「お、ショウスケくんいってらー」

 なぜかフェデーレさんもそんなこと言ってるしなぁ……。
 ま、やることはないし、問題はないか。

**********

「いや、俺、そういう気分じゃないんで……」

 馬車に揺られて移動した先は、以前にも来たことのあるタバトシンテ・ダンジョン。
 そしていま俺たちは、これまた以前に訪れた『淫魔の館』の前に立っていた。

「心配するな。お前のヘタレっぷりはわかっている」
「えっと、じゃあなんでここに?」
「なに、フェデーレから話を聞いてな。まったく……逸材だと言っただろうが」
「は、はぁ……」

 つまり、クロードさんはデルフィが俺の元を離れたことを知って、力になってくれようというんだろうか?

「ただ、私に女心はわからん。だから、プロに話を聞こうというわけだ」
「……で、ここですか?」
「うむ。私の知る限り、彼女ほど男女の機微に詳しい者はいないからな」

「で、アタシのところに来たってのかい?」

 クロードさんから話を持ちかけられた受付のおばちゃんは、呆れたようにそう言った。
 キセル片手の気怠い姿が、妙に絵になる人だ。

「……ったく、ここは恋愛相談所じゃあないんだよ?」
「まぁ、そう堅いことをいうなよ」
「はぁ……。まぁお得意さんの頼みをむげにもできないし、なにより面白そうだ。アンタ、詳しく話してみな」
「は、はぁ……。えっと、俺がデルフィと一緒に活動するようになって――」
「だめだめ。出会ったところから全部だよ」

 そんなわけで、俺は彼女との出会いから、ダンジョン攻略が終わり、俺の元を去って行くまでの経緯を話した。
 ところどころ死に戻りが絡んできて、ややこしかったけど、とりあえずそのあたりはうまくごまかしながら、ちゃんと説明はできたと思う。

「はぁ……ったく。アンタ、やっぱあのときアレシアを抱いておくべきだったんだよ」

 いや、なんでそうなるの?

「そしたらアンタ、その娘を受け入れるだけの余裕ができていただろうさ。これだから童貞は……」
「ど、どど童貞ちゃうわ!」

 一応これでも、大学時代にいろいろあって、童貞だけは卒業しているのだ。

「はん。経験の有無を言ってんじゃない。心の持ちようが童貞だってのよ」
「な、なんなんすかそれ……」

 俺の問いかけに、おばちゃんは大きく息を吐いた。
 それがため息なのか、キセルを吸ったあとの煙を吐いたのかはよくわからなかったけど。

「童貞……とくに歳のいった童貞ってのは、とかく男女の営みを神聖視しがちなのさ。なにか特別な行為だと思っているから、するのにきっかけや言い訳を求めるんだ。ちゃんと告白してからだとか、いい雰囲気の部屋で、だとかね」

 ……心当たりがありすぎる。

「アタシにいわせりゃ馬鹿らしいにもほどがあるねぇ。男と女がふたりっきりになりゃあ、とりあえずするのが自然さ。それが始まり。先のことはしてから考えりゃいい」
「い、いくらなんでも極端な考えじゃ……? それに、彼女の意志だって――」
「抱かれたくもない男とふたりだけでダンジョンに潜る女ぁいないよ」
「う……」

 やっぱり、そういうこと……なのかな。
 ここは異世界で、日本の常識は通用しなくて……。
 つまり、俺は彼女の想いを踏みにじったってこと?
 それで、もう、顔も見たくない、と……。

「で、書き置きの内容をもう一度、できるだけ正確に教えてくれるかい?」
「あ、だったらこれを……」

 そう言って俺は、収納庫からデルフィの残した手紙を取り出した。

「はぁ……ったく。こんなもん取っておくんじゃないよ……」

 呆れたようにそう言いながら、おばちゃんは俺から手紙をひったくった。
 そして、目を通すと片眉を上げる。

「で、アンタはどうするんだい?」
「えっと……どう……?」
「アンタはこの娘のことをどう思ってるのさ?」

 おばちゃんは、デルフィの手紙を受付台に置き、それをトントンと叩きながらそう尋ねてきた。

「それは、その……いい仲間で……できれば、また、一緒に――ふべしっ!?」

 突然鼻に衝撃を受けた。
 レベルのおかげか鼻血が出るようなことはなかったが、それなりに痛い。
 冷たい目で拳を握るおばちゃんを見て、殴られたんだと気づく。

「抱きたいのか抱きたくないのか、どっちなんだい?」

 静かな問いかけだけど、妙に迫力があった。
 その二択ならもちろん……。

「抱きたい、です……」
「だったらさっさと迎えにいってやんな」
「え?」

 迎えに、いく……?

「でも、迷惑なんじゃ……」
「あのねぇ、本当に離れたいんなら、わざわざ書き置きなんて残しやしないし、残したとしてもこんなこたぁ書きゃしないね」

 そう言って、おばちゃんは手紙をトントンと叩く。

 ――私は樹海に帰ります。

 そう書かれた部分を。

「えっと……」
「わざわざ居場所を教えてるんだ! さっさと迎えに来いって意味に決まってるだろう!?」
「ええーっ?」

 いや、難易度高すぎるだろ!
 ……俺がポンコツなだけなのか?

「アタシが手伝えるのはここまでだよ。場所が樹海ってんなら、あとはそっちの優男に相談しな」

 おばちゃんがそう言ってキセルを向けた先には、ずっと無言で話を聞いていたクロードさんがいた。
 すっかり存在を忘れてたよ……。

「えっと……」
「商売の邪魔だよ。さっさといっちまいな」
「ありがとうございます」

 俺はそう言って頭を下げたあと、ふと気になったことを尋ねた。

「あの、アレシアは元気ですか?」
「アンタねぇ……こんなときに他の女の名前出すんじゃないよ!」
「す、すいません!」

 とはいえ、あのとき抱いときゃよかったなんて言われたら、やっぱ気になるし……。

「はぁ……。心配しなくても、あの子はちゃんと大人になったよ。だからアンタも大人になってきな」
「あ、はい。あの、ありがとうございました」

 もう一度頭を下げたあと、俺はクロードさんと店を出た。

「で、どうする?」
「……いきます」

 あそこまで言われたから、っていうのもあるけど、デルフィに会える……会いにいっていいんだと思うと、もういてもたってもいられなくなっている自分に気付いた。

「そうか。ではトセマに戻る道中で、樹海について話してやろう」

 そんなわけで俺は、デルフィの故郷であるネサ樹海へ、彼女を迎えにいくことにしたのだった。

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