幼馴染からのプロポーズを全力で断ろうと思います

りんか

(5)

 秋斗くんの部屋の中央に、秋斗くんがつくってくれた大きな赤い木製の扉があらわれる。
 こっちの世界とあっちの世界をつなぐ、唯一のもの。気になって扉をひらいていない状態でうしろにまわってみたけど、少しだけ扉の色が暗くなっているくらいで、そこから道が伸びているわけでもないし、特に変わったところはなかった。
 秋斗くんに手招きされて、最初の位置に戻る。彼がゆっくりと扉をひらくと、そこは真っ白な光につつまれていた。扉をひらくと別の場所って、まるでどこでもド――
「あ、あれ?」
 中に入って、私はすぐに違和感に気がついた。
 先を歩いていた秋斗くんが、ふりかえってくる。
「どうしたの、美結さん」
「あ、うん。前に通ったときと感じが違ったから、ちょっとビックリしただけ」
 初めて扉をくぐったとき、すごく気持ち悪いところだったはずなんだけど。また、あの不快感を味わうのかと少し憂鬱になっていたのに、ちょっと肩透かしをくらった気分。
「そうなの? 今、どんな感じ?」
「前はこう、真っ黒にぬりつぶされた世界に、グニョグニョと赤と緑の線がいくつも混じりあってて気持ち悪い感じだったんだけど、今は真っ白な世界に、きれいなピンクと黄色のグラデーションがかかっていて、なんかふんわりした感じ」
「へえ、そうなんだ」
 曲げた指を唇にあてた秋斗くんが、少し吹きだすのが見えた。
「……なんで、笑っているのよ」
「いや、別に。フフッ、ききたい?」
 悪戯っぽくたずねられて、私は一瞬ためらう。
 気にはなるけど、この表情は嫌な予感しかしない。けど、やっぱり知りたい。
 自分の好奇心にあっさり負けた私は、彼のペースに巻きこまれないように、両腕を組んでできるだけ高圧的な態度で答えた。
「と、当然じゃない」
「ここはね、その人のそのときの強い感情を増幅させて映し出す場所なんだ。だから、見る人によってまったく別物になるんだよ」
「そうなの?」
「うん。たぶん美結さんの場合、前にここを通ったときは『不安』とか『恐怖』みたいな負の感情が、なにより大きかったんじゃないかな?」
「な、なるほど」
 思い当たって、うなずく私。
 そっか。見る人によって、変わるんだ。なら、私が今見ているこの景色と秋斗くんが見ている景色は、全然違うものなのね。
 また秋斗くんが、「フフッ」と笑った。
「今、美結さんの見ている世界はおれの見ているものに似ているかもしれないね」
「え? でもさっき、まったく別物になるって言ってたじゃない」
「うん。だけど、見る人たちが同じような感情を持っていたら――」
 うわっ……
 こ、この、意味なくキラキラしまくっているオーラは……!
「フフッ、うれしいな」
「う、うれしいって、なんで?」
 「だって」と流されてきた、殺戮光線(流し目)。
 ひ、ひいいいいっ!
「おれと同じってことは――。幸せを感じてくれているんだね、美結さん」
「な……っ!?」
 ありえない指摘に、私の足がとまった。
「ばば、馬鹿なことを言わないで! な、なんで私が、しししし、幸せなんて!?」
 めちゃくちゃ、どもりまくったし!
 私より数歩おくれて立ち止まった秋斗くんは、「あ、ほら」と人差し指をクルリと宙で回転させた。
「美結さん、落ち着いて。取り乱しちゃうと、一気にこの世界が変わってしまうから」
「だ、だれのせいよ!」
「ここの時空にのまれたら、どこに放り出されるかわからないんだ。経験済みでしょ? 美結さん」
「おかげさまでね!」
「まあ、そうなってもおれが絶対見つけ出してあげるけど。きみを知らないところで一人にして、また心細い思いをさせるわけにはいかない。そういうわけだから、美結さん」
「な、なに?」
「きみを、抱きあげていい?」
「はあ!? なな、なんでそうなるのよ」
「だって、それが一番いい方法だと思うから。おれから離れることもないし、落ちることもない。美結さんも歩かないで済むし、気楽でいいでしょ?」
「よけい、気重になるわっ!」
「美結さんが気にする必要はないよ。おれが好きでやるんだし」
「気にして気重になるわけじゃないしっ!」
 私のツッコミと、秋斗くんのさわやかな笑いが交互につづく。
 なんとなく見あげた白の世界に黄色が増えて、明るい雰囲気に変わっている。
 チラ、と秋斗くんを見ればすごく楽しそうな表情。
 ……う。
 視界の端で、徐々にひろがっていく薄い桃色。一気に恥ずかしくなった私は、唇を引き結ぶと早歩きで移動を始める。誰かさんの呼ぶ声がするけど、今はスルー! こんな顔、見られてたまるもんですか!
 そんなこんなで、私たちは元の世界へと戻ってきたのだった。

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