幼馴染からのプロポーズを全力で断ろうと思います

りんか

(15)

「ひっ!」
 しゃがみこんだ私の上を鋭い攻撃がかすめていき、壁が細く深くえぐられていく。
 突然のことに私は腰がぬけそうになるけど、唇をかんで自分を叱咤すると、壁沿いに走り出した。
 途中、ずり落ちてきたルーの口をふさぐように腕にかかえれば、ウーウーとうなってくるけど、今はかまっている場合じゃない!
 休む間もなく続けられる鞭の連撃に、私の息はすぐにあがってしまう。
「早く逃げないと、ボクの鞭の餌食になっちゃう系だよ? ほら、もっと逃げまどえって! ほら、ほら、ほら!」
「きゃあっ」
 反射的に、悲鳴が口をつく。
 「へえ」とセディスくん――セディスが、恍惚としたやばい眼差しで見おろしてくる。
「案外、カワイイ声をしているじゃん。ちょっと昂ってきそう系なんだけど。ヤバイなあ、抑えられなくなるかも。クククッ、あんたを今ここで消しちゃえば――、何もかも隠滅されて全部きれいになる系だよね? 逆上したあの男にあんたが殺されて、ボクがそれをとめようとしたけれど、当たりどころが悪くてこの男も死んでしまう系と。筋書きは、ザッとこんなところにしようかなあ?」
 あの男、と入口付近で気を失って倒れている元・タル男さんが指さされた。
 そんな筋書きを作ろうとしているってことは、やっぱりこの人が……!?
「せっかくだし、ゆっくりとなぶり殺してあげるよ」
「え、遠慮させて頂きます!」
 丁重にお断りしてから、私は力いっぱい床を蹴った。
「おい、ペタコ! どうなってやがる!?」
 さっき悲鳴をあげたときに、私のゆるんだ手から脱走したらしいルーが、隣を並走してくる。
「ルー、叫んじゃ駄目! 今、ちょっとヤバイ状きょ――ひゃっ!」
 私がかがんだ拍子に、ルーが肩に飛び乗ってきた。
 グルル、と喉の奥からうなり声をもらしながら、「気づいているか、貴様。まあ、無理だろうが」と前触れもなくたずねてくる。「なにが?」と足を動かしたままききかえせば、「フン、愚か者め」と返ってきた。
「このオレ様の神聖なる耳が、しっかりときき覚えている。貴様の脆弱な耳ではきこえなかっただろうが、あのコロシアムで黒装束の男と話していた声と一緒のものだ」
「え?」
「フフン、オレ様の神的聴覚を甘くみるなよ」
 私には二人が会っているとしかわからなかったけど、ルーにはその会話がきこえていたんだ。
 ルーの言っていることが本当なら、やっぱりあの人、コロシアムにいたんだ……! コロシアムにいた理由はなに? 秋斗くんみたいに、任務で潜入していたの? ううん、秋斗くんはそんなこと言ってなかった。なら、なら――
「ねえ、なにを話していたか教え……! ルー、危ない!」
「んなっ!? ――へぎゃぶっ」
 正面から襲いかかってきた鞭をさけようと、とっさにルーを部屋の隅の方へ力いっぱい投げる。
 ドシャッという痛そうな音と、つぶれたような声。ズルズルズル、と顔面をこすりつけるように落下していき、ポテとうつぶせのまま動かなくなってしまったルーを横目にしながら、ちょっと強く投げすぎちゃったかなと私は頬をかく。
 って、それにしても! 私のターゲットが、さっき町長と一緒に出ていった男にうつる。
「サリュー! 早く戻ってきてよ!」
 ここを出ていってから、そこそこの時間が経ちましたよ! まだ、尋問は終わらないんですか?
 なにかあれば呼べ、て言われたから、息切れする中がんばってボリュームを大きくして呼んでみましたけど! うんともすんとも、反応がないんですがー!
 代わりに返されたのは、フフフという不気味な笑いだった。
「残念なお知らせだけど、この部屋はね、入口の扉を閉めてしまえば完全防音になる系なんだよ。ほら、窓もないじゃん? 町長さんに頼んで、ボクの趣味にピッタリあうようにしてもらった系でさ。ここでなら、どんなことをしても外には絶対にきこえない。だから助けを呼ぼうとしても、無駄な努力系なの」
 ペロ、とセディスが恍惚の表情で鞭の柄に舌をはわせる。
 うげえ……、完全に目がイッちゃってる。ただでさえあの目力だし、こ、こわすぎる。
 はあはあ、と私は膝に手をあてながらうなだれた。
 それにしても、しんどい。こんなに走ったのは、中学のマラソン大会以来かも――
「! あっ」
 注意が散漫になっていたときに、足元にきた一撃。なんとかよけた私は、自分の足にからまってバランスをくずしてしまう。そのまま床に両手をついた私は、あわてて顔をあげた。
 「アハハハハ!」という高笑いに混じって、セディスの手がふりおろされる。空を裂いて近づいてくる刃の群れから逃げようとして、私はかたまってしまった。
 ヤバ、足が動かない……!
 腕を突っ張って、なんとか移動しようとするけど、ダメ……力が入らない。
「っ」
 激痛が、両足から伝わってきた。
 両方のふくらはぎにうっ血と打撲痕がくっきりと浮かんでいて、まずいと思う間もなく、私の前と左右の床に鞭がうたれる。後方しか逃げ場がなくて、尻もちをついたままうしろへさがっていって――壁に追いやられてしまった。
 これは、相当ヤバイ……
「あれ、もう終わり系なの? もっと遊ばせてくれると思ったんだけどなあ」
 楽しげに見おろしてくるレモン色の瞳を、私は真っすぐににらみつけてやった。
 もし――もし、私になにかあったとしても、さっきのあらすじ通りにはならないんだから。だってきっと、そう簡単に彼が終わらせるはずがないもの。
 そうでしょ?
「その目、気に食わない系だね。この状況でも、まったく絶望していないじゃん」
「自分でもビックリなんですけど、意外と……平気です」
「アハハ、強がりもいいところだね。でも、その意気に免じて助けてあげてもいいけど?」
「え?」
 まさかの申し出に、私はギュと唇をかんだ。
 だって、そんなこと――
 ニイッ、とセディスがゆがんだ笑みを浮かべた。
「なんて、そんなこと言うわけないじゃん。アハハハ! ちょっとは、絶望してくれた?」
「…………」
「なんだ、全然じゃん。ざーんねん。まあ、退屈しのぎにはなったよ。それじゃあね、名前も知らないアタワルちゃん。今度はこっちの――刃のある方でめった刺し系で、ただのモノ言わない肉の塊にしてあげるよ」
「……!」
 私は、ギュッと目を閉じた。
 ヒロインの大ピンチ。さっそうと助けにあらわれるヒーローは、今回もきっとフラグを回収してはくれない。まあ、しょうがないよね。
 今はまだ夢の中、かな。いい夢でもみてる?
 ねえ……、私の幼馴染くん?
 最後にそのヒーローが――、私の脳裏で微笑した。
 ガキィイインッ! 耳をつんざいていく、金属同士がぶつかりあうような音。激しい衝撃に、私は全身をかたくした。

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