幼馴染からのプロポーズを全力で断ろうと思います

りんか

(2)

「あれ?」
 いろいろ考えて悶々としていた私とは裏腹に、秋斗くんはさっきよりもおだやかな表情で、いつの間にかスウッと眠りについていた。
 ちょっと拍子抜けしてしまったけど、しめらす程度でよかったのかな?
 椅子に座って様子をみていると、コンコンとノック音がきこえてきた。チラ、と目だけをうしろに流すと、お盆を手にしたみつあみの人が扉をあけて中に入ってくるのが見えた。
 私はそちらにむき直ると、両手を膝にのせて背中を曲げる。
「あの、どこのどなたか存じませんが、秋斗くんを助けてくれてありがとうございました」
「いえ、お気になさらず。先ほども言いましたが、この子はわたしにとっても弟のような弟子みたいなものなので、当然のことをしたまでです」
 水桶の横に手にしていたお盆を並べると、みつあみの人は微笑する。
 そういえばさっきも、そんなことを言っていたけど。
「弟子、ですか?」
「ええ。わたしには、出来が良すぎて困るくらいの弟子です。なので、どこのどなたでもないんですよ」
 秋斗くんを一瞥してから、みつあみの人は「フフッ」と口元に指先をあてた。
「遅ればせながら、わたしはクレスと申します。そのままクレスでも、クレッシーでもクレピーでも好きに呼んでください」
 あ、ご丁寧にどうも……って。
 ク、クレッシーにクレピー? か、軽い。ものすごく、ノリが軽い。さすがに、そんな軽々しくは呼べそうにない。むしろ、呼ぶひとっているの?
 だれが考えたんだろう、クレッシーとクレピーって……
「は、はい。クレス……、さん。あ、私は相原美結といいます」
 椅子から立ちあがり、私はあらためて頭をさげた。
 「ほお」と感心したような声が返され、顔をあげた私の前でポンと両手がたたかれる。
「なるほど。相原が苗字で、美結が名前ですね? ならば、ミユミユと呼ばせてもらいましょう」
「み、みゆみゆ?」
「ええ、ミユミユ。とりあえず、座ったらいかがですか」
 有無を言わさないにっこり笑顔でそう言われ、私はうしろにあった椅子を引き寄せた。
 クレッシーとクレピーも、考えたのはこの人なんだろうなと容易に想像がついてしまった。センスが、同じ気がしてならない……
 と、それよりも!
 いつの間にか秋斗くんのベッドの端に腰をおろして、優雅に足を組んでいるクレスさんに、私は「なんで」と話をふった。
「相原が苗字で、美結が名前だってわかったんですか? ここでは――、そんな組み合わせじゃないんですよね?」
「ええ。基本は名前と家名だけ、もしくはその間にあなたの世界でいうミドルネームを入れるのが一般的です。あちらの世界の苗字と名前に関しては、アッキーにきいたんです。あちらの世界のことも、それなりの知識として持ち得ていますし、ミユミユと同じで直接あちらの世界へわたったこともあるんですよ?」
「え!」
 ちょ、ちょっと。
 いろいろツッコミたくなる内容てんこもりで、どこから触れたらいいのか迷ってしまう。とりあえず、最初に気になったところから、いってみようやってみよう。
「アッキーって、秋斗くんのことですよね?」
「そうですよ。かわいいでしょう?」
 か、かわいい?
 その感覚もまた、私にはよくわからない。
「……私の世界を、知っているんですか?」
「ええ」
「どうして、知っているんですか? 秋斗くんにきいたから、ですか?」
「いえ。あの子と出会う前から、知っていましたよ。そうですね。一言でいえば、『運命』です」
「う、運命?」
「そう、運命です」
 満面の笑みで、そう告げられる。
 曖昧にごまかされたような気がして私が苦笑していると、ベッドの秋斗くんが身じろぐ音がした。
「……っう」
「! 秋斗くん?」
 うめくような声がきこえて、私は秋斗くんに目をむけた。あわてて椅子から立ち上がると、身を乗り出す。
 でもまだ、藍色の瞳は私の前でその色を見せてはくれなかった。がっかりする私の隣で、クレスさんが秋斗くんを興味深そうにのぞきこんでいく。
「それにしても、この子は随分と衰弱しているようですね。体力的にも精神的にもここまで弱っているこの子を見るのは、久しぶりです」
「…………」
 私は、何も言えなかった。
 もとはといえば、どっちも――
「おそらく、今夜が峠でしょうが――フフッ。この子が心配ですか?」
 クレスさんが唇に手をあてながら、たずねてくる。
 そのからかうような仕草に私は少しだけイラッとしてしまって、クレスさんを鋭くにらみつけた。
「そんなの、当たり前じゃないですか! だって……、私がたぶん……、秋斗くんをこんな風にしちゃったから……」
 そ、そもそも彼が私をこっちの世界に連れてきたことが、原因のような気もするけれど!
 でも、それでも……
「なるほど。こうやってあなたが献身的に看病をしているのも、その贖罪のためというわけですか」
「贖罪?」
「ええ。あなたがこの子をこんな風にした、だからそれを悪いと思って看病している。違うんですか?」
「……そうかもしれません。でも」
「でも? なら、ほかにも理由が?」
 たたみかけてくるクレスさんに、私は困惑する。

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