幼馴染からのプロポーズを全力で断ろうと思います

りんか

(18)

 『やることができたから、あんた用済み』と一方的に解放されたらしい私は、片手に小さな箱をぶらさげてお城の奥へと進んでいた。
 あの場所に、いてくれるといいんだけど。
 ええっと、ここを左に曲がってまた左だったっけ? 前みたいに迷子になればいいわけだから、気楽に迷うとしよう。
 私の迷子スキルが無事に発動されたのか、私の前には天井が吹き抜けになっている小さな庭がひろがっていた。木の根元に横たわっている人影に、私は歩み寄っていく。
 両腕を組んで枕にしながら寝ていたはずのその人物は、私が近づくと同時に赤い瞳をひらいた。げんなりした表情で、うめくように言ってくる。
「……またおまえかよ、アホ女」
「また私で、すみません。でもよかった、ここにいてくれて」
「あ? なんかオレに用か?」
「はい。とりあえず、さっきのお礼を言っておきたくて。どうも、ありがとうございました」
 私がそう言うと、サリューが「はあ?」と上半身を起こす。
「礼を言うためだけに、わざわざオレのところまで来たのかよ。馬鹿女ついでに暇女だな、おまえ。うらやましいこった」
「そういうあなたも、こんなところで昼寝をしているくらいですから、相当な暇人ですよね」
「オレは非常事態にそなえて、体力を温存しているだけだっつーの。ほっとけ、馬鹿」
 両腕を交差して再びゴロリと寝転がるサリューに、私は「あ、そうだ」と持っていたものを差し出した。
「これ、どうぞ」
「なんだよ? って、その箱の名前は……。まさか……!」
「さっきのお店で、買ってきました。手持ちがなかったので、サリューのツケですけど」
 はじかれたように立ち上がったサリューに箱をひったくられた私は、その行動の速さに三回くらいまばたきをする。ふたをあけたと同時に顔をキラキラさせたかと思えば、私の視線に気づいたらしい彼はすぐにそっぽをむいてしまった。
「『パラミシカル・パルフェノール』。それ目当てに、あの店にいたんですよね? ぷっ、くくく……! あ、あんな怪しい格好してまで」
「う、うるせえ!! だれが好き好んで、あんなふざけた格好するかってーの!!」
「あ。それ、やっぱりおいしかったですよ。あの記事に書かれてあったとおり、もったりまったりしているのに、すっごくあっさりクリーミーで」
「マジかよ!」
 さっきと似たような表情で、サリューは箱の中身を取り出し始める。私がなんとなくその動きを観察していると、狼狽した両目が私と交差する。
「……な、なんだよ。オレのツケで買ってきたんだったら、もともとオレのもんだろーが!」
「あ、はい。私もそのつもりで買ってきたので、お好きにどうぞ。ただ、本当にスイーツが好きなんだなって改めて思っていただけです」
「わ、悪いかよ!」
「いえ、全然。スイーツ好きに悪いひとはいませんから、たぶん」
「はあ? なんだよ、それ。ホント、よくわかんねえ女。……マジで気持ちわりぃ」
 90度ほどななめになった状態でうしろ頭をかいていたサリューが、赤い瞳だけをこちらに流してくる。
「まあその……、あれだ。とりあえず、――がとな」
 最後の方がよくききとれずに、私は「はい?」と小首をかしげながら返す。
「っ! もう言わねえよ! アホ女!」
 ど、どなられてしまった。私の返事が、悪かったのだろうか?
 よくわからないまま私の前にひろがったのは、サリューの背中。完全にうしろをむかれてしまって、私は短く息をはいた。
 まあ、いいや。ここからでも十分わかる、あのがっつきよう。自然と口元がほころぶのを感じていると、荒々しい足音がひびいてきた。
 なに? と、思う間もなく――
「美結さん!!」
「! 秋斗、くん……」
 ふりかえったと同時に飛びこんできた彼の姿に、私は目を大きくした。
「こんなところにいたんだ。よかった、なんともなさそうで」
 ほほえまれて、私は言葉につまる。
 もしかして、今までさがしてくれていたの? 私を……、心配して? もしそうだとしたら――うしろめたくなって、私は二歩ほど後退してしまう。
 ためらいなく近づいてきた秋斗くんは、かすかに息をはずませながら私とサリューを交互に見やった。
「あれ? なんで、サリューと一緒なの?」
「あ、うん……。これは、その」
 私は、答えるのをとまどってしまう。
 サリューは証拠隠滅とばかりに口の中へ詰めこんでいるようで話せないみたいだし、彼の態度から考えれば、たぶん甘いものが好きなのを周りに公表していないんじゃないだろうか。もしそうなら、下手に説明できない。
 どうしよう? 横のサリューを見るけど、相変わらずうしろをむいたままで助けてくれる様子もない。
 秋斗くんの視線を受けとめる勇気も今の私にはなくて、徐々にうつむいていってしまう。
「――いつの間に、そんなに仲良くなったの?」
「え?」
 抑揚のない低い声にたずねられ、私は顔をあげる。
 今の、は――
「秋斗、くん?」
「……おい、アキ。勘違いすんじゃねえぞ、これはな」
 ようやくサリューがふりかえってきて、間に入ってきてくれる。
 秋斗くんの右手が、サリューの前で宙を斬った。まるでそう、剣をふるうように。もし本当に剣がにぎられていたとしたら――、想像するだけでゾッとした。
 サリューの瞳がスッと細められ、険悪になっていく二人の雰囲気に私はあわてて秋斗くんへ視線をもどす。
「……っ」
 思わず、私は息をのんだ。
 秋斗くんのこんな顔、見たことが……ない。いつもさわやかな微笑を浮かべて、キラキラ輝いていたはずの彼の整った顔立ちが、今は苦悶や怒り、負の感情ばかりが収束されたようなゆがんだ表情になっていて。
 なんで? どうして? こんなの、秋斗くんらしく……、ない。
 鋭さを増した藍色の瞳が、私を真っすぐに射貫いてきた。
「どうして、サリューなの? どうして……!?」
「どうして、て……。秋斗くんこそ、どうしたの? 全然、らしくない……」
「僕らしいとか、僕らしくないとか、そんなの関係ない! 僕は、僕だ!!」
 責めるように叫ばれて、私はビクッと肩をふるわせた。
 引っこめかけた右の手首が、つかまれる。強く、指の一本一本のあとがきざまれそうなほどに強く。絶対に、逃がさないとばかりに。
「痛いよ……、秋斗くん」

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