幼馴染からのプロポーズを全力で断ろうと思います

りんか

(15)

「はあ、はあ」
 勝手に、息がはずむ。
 どこをどう走ったんだろう。もともと迷路みたいに広いところだから、そう簡単に道を覚えられるわけもなくて。そもそも頭が真っ白になってしまっている私には、ただひたすら足を動かすことしかできなかった。
 なにがなんだか、さっぱりわからない。さっきのはだれ? あの子は、だれ? あっくんは、秋斗くんじゃないの? 私の幼馴染は、いったい――
「ああああっ!」
 いきなりの叫び声に、私はビクッと両肩をはねあげて立ち止まった。そちらをむけば、私の方を指さしながら口を「あ」の字にひらいたままの女の子の姿。
「あんた、確かミユサン!」
「……エレノア、姫様?」
 昨日の記憶を掘り起こしながら彼女の名前をつぶやいた私に、ツカツカツカと近くまで歩み寄ってきた彼女がキッとにらみつけてくる。
「ちょっと! 気やすく、あたしの名前を呼ばないでくれる!? この間はあたしの目の前で、よくもアキトさまをたぶらかしてくれたわね!」
「ああ……、うん」
 私は、気のない返事をもらしてしまう。
 彼女はきれいな両のまゆをしかめながら、私を下からのぞきこんできた。
「どうしたの? なんか、張り合いがないんだけど」
「ごめんなさい。今いろいろ、混乱してて……」
「美結さん!?」
「……!」
 なんとか説明しようと言葉をさがしていると不意に彼の張りつめたような声が飛びこんできて、私の全身が激しくわなないた。声の感じからして、まだ彼の場所は遠そうだけど。でも。
 どんな顔で、会えばいい? なにを話したらいい? と、とりあえず今日の天気の話題でも出して――
 ダメだ。やっぱり、ごまかせる気がしない。
 私は、力なくペタンとその場に座りこんでしまった。
「どう、しよう……」
 今は、話したくない。いつものように話せる状態じゃ、ない。
 縮こまる私に、「あーあ」と短い嘆息がすぐそばで落とされるのがきこえてきた。
「せっかく、愛しのアキトさまが近くにまできてくださっているのに……。仕方がないわね。ちょっと、こっちにきなさいよ」
「えっ、あ!」
 あきれたようなセリフと一緒に、私は腕をつかまれてズルズルとどこかに引きずられていく。あれよあれよと隅の方で解放されたかと思えば、バサとなにか布のようなものを頭からかけられた。
 同時にひびいてきたのは、荒々しい靴の音と――彼らしくない焦りをふくんだ声。
「エレノア姫っ!」
「あ、ごきげんようですぅ。アキトさまぁ。もしかして、わたくしに会いにきてくださったんですかぁ? エレノア、感激ですぅ!」
 お、おお。
 そういえば彼女、彼の前では完璧なお姫様だった。
 それにしても、この鼻にかかるハイトーンなボイスはどこから出しているんだろう。私と話すときは、だいぶ低いと思うんだけど……
「ああ、うん。ちょっとききたいんだけど、おれの部屋にいた女の子――美結さんって言うんだけど、彼女がどこに行ったか知らないかな?」
「ミユサン? さあぁ? こちらには、いらっしゃらなかったと思いますけれどぉ」
「そっか……。ありがとう、エレノア姫。ごめん、急ぐからまたね」
 足音が、走り去っていく。
 多少の罪悪感はあったけれど、私はホッと息をついた。同時に、かぶせられていたなにかが取り払われる。
「とりあえず、これでよかったのかしら? ものすごく……、ものすごく残念ですけれど……!」
 拳をにぎりしめ、ワナワナとふるえている彼女に、「あの」と私はためらいがちに切り出した。
「あ、ありがとうございました」
 さげた頭を戻すと、半眼になった彼女が「で?」といらついたように返してくる。
「せっかくのアキトさまとの逢瀬を邪魔してくれたんだから、どういうことか説明してくれるわよね? ねえ、ミ・ユ・サ・ン?」
「あ……、はあ……」
 ものすごい形相で私をにらんでくる彼女に、私はあいまいにほほえみながら、頬をかくことしかできなかった。




「異世界からきた……、ですって?」
 お姫様に再度引きずられてお城の外へ連れていかれた私は、昨日秋斗くんと一緒に歩いた市場を抜けて、やけに若い女の子たちばかりがたむろしている場所へとやってきていた。
 石造りの壁にかわいらしい木の扉がある入口を眺めていたら、有無を言わさない力で彼女に引っ張りこまれて、一番奥の席でいつの間にやらポツポツと説明をさせられていた。
 いろいろ隠すのも私には無理なような気がして、正直に話した結果、冒頭のお言葉をいただいたわけで。
「やっぱり、信じられないですよね。私もまだ、夢なんじゃないかって思うくらいで」
「異世界なんて、本当にあるの?」
 面積を増した金色の瞳が、私にジッとそそがれてくる。
「少なくとも、私がいた世界はこことは全然違うところで。私は高校生で、こんな制服を着て毎朝高校に通っていたんです」
「コウコウセイ? セイフク? コウコウ?」
 うなずきながら、「制服」と私は自分の着ている服を指し示す。興味深そうに私の上半身を凝視してから、お姫様は「じゃあ」ときいてきた。
「あんたが異世界からきたというのなら、もしかしてアキトさまも?」
「えっと、きいていないんですか?」
 うなずく彼女に、私は思わず手のひらを口元にあてた。
 秋斗くんが話していないことを、私が口にしてもよかったんだろうか?
 ま、まあ私を助けてくれたし、悪い子じゃなさそうだからたぶん大丈夫――だよね。
「私と彼は、幼馴染なんです」
「か、れぇえ?」
 見る間に悪鬼の形相になった彼女が、目の前にいるけれど。
 わ、悪い子じゃ、ないはず……
「も、もとい。私とアキトさまは、ただの幼馴染という間柄なのでございます……」
「よろしい。なら、どうしてこちらの世界にきたの?」
「そ、それは……、いろいろと複雑な事情がありまして」
「じゃあさっきのも、その複雑な事情ってやつ?」
「…………」
「アキトさまも?」
 私は、何かしらの理由で(覚えていないのは、ひとまず置いといて)ここに来たのは確かだけれど。
 秋斗くんがどうしてこの世界にいるのか――、知らない。
「それは、わかりません。むしろ、そのアキトさまが本当に私の知っているアキトさまなのかも、よくわからなくなってしまって……」
「どういうこと?」
 私の中で、『秋斗くん』とさっき出会った『あっくん』が浮かぶ。
 二人とも私の知っている『あっくん』の面影があるのに、どうしてもその二人が重ならない。髪の色が違うからなのか、二人の間をつなぐものがないからなのか、それとも他に要因が?
「まあ、いいわ。あたしのアキトさまは、アキトさまに違いないもの」
 肩をすくめながら、彼女が当然のように言ってくる。
 『秋斗くん』は『秋斗くん』に違いない、か。
 そう言いきれる彼女が――、なんだか少しだけうらやましかった。

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