幼馴染からのプロポーズを全力で断ろうと思います

りんか

(10)

 しょうがない……、か。
 よし、ご飯! ご飯にしよう! 腹が減っては戦はできぬ、だしね。
 えっと確か、廊下を真っすぐに行って、つき当たったところを左に曲がればいいんだったよね?
 あれ? 左って、スプーンをもつ方だっけ? 一応左に曲がると、すぐにT字路にぶつかった。そんな説明あったっけ、と不思議に思ったけど、足のむくまま進んでいく。
 着いた先は食堂どころか、天井が吹き抜けになっている小さな庭のようなところだった。
 ここまでどうやって来たのか、まったく覚えていない。この状況ってもしかして――、いやいやまさか。15歳にもなって、私がそんな幼稚園児みたいなこと。
 とりあえず戻った方がいいかと引き返そうとして、私は足をとめた。
「誰か、いる?」
 庭の床には芝生が敷き詰められていて、植えられた大きな木につけられたライトがぼんやりとその場を照らしている。その根元に一つの人影をとらえて、私は安堵の息をついた。
 よかった、これで食堂に行ける。べ、別に、道がわからないわけじゃないけど。ただ、その道が本当にあっているかどうか確認したいだけ。そう、それだけなんだから。
 近づいていけば、その人物が木の根にもたれかかりながら、何かを熱心に読んでいるのがわかった。ピンク色の雑誌、かな? へえ、この世界にもああいうのがあるんだ。
 あれ? あの人って――
 人影が私に気づき、ぎょっとした表情になった。
「げっ! チンクシャ女!」
 手にしていた雑誌が、バッとうしろに隠される。
 見るからにあやしすぎる、その行動。
「あ、どうも。私をチンクシャと呼ぶ、たてがみこさえためずらしいひと」
「誰がだ! おまえ、こんなところでなにしてんだよ。ここは、そうそうだれかが来るようなところじゃねえんだぞ」
「なにかときかれると……、えっと……、さ、散歩です。そちらこそ、こんな辺鄙そうなところでなにをしているんですか?」
「お、おまえには関係ないだろうが! さっさとあっちに行けよ!」
「あっちというと、どっちですか」
「あっちは、あっちだろうが!」
 指さされた方に、私は一応目をむける。
 あっちって、今きた方だっけ? …………あれ?
「――ひょっとしておまえ、迷子なのか?」
「!!」
 認めたくなかったその三文字を完全に指摘されて、私は思わず両肩をはねあげてしまう。肯定も否定もできない私に、たてがみ男は短く嘆息した。
「たく、しょうがねえな。で……、どこに行くつもりだったんだよ」
「え?」
「勘違いすんじゃねえ、チンクシャ女。オレも、そっちの方に行く用事があったのを、たった今、偶然にも思い出しただけだ」
「まだ、行先言ってませんけど……」
「気のせいだ、馬鹿」
 勝手に歩き出した背中をあわてて追いかけながら、私は気になっていたことを口にした。
「ところで、さっき何を読んでいたんですか?」
「や、やっぱり見ていたのかよ、おまえ!」
 ビクッと挙動不審になる態度に、私はニヤと人の悪い笑みを浮かべた。立ち止まったたてがみ男の横に並ぶと、うしろ手にかくされたものをのぞきこもうとする。
「はい。チラっとでしたけど、ピンクの表紙が見えました。あ、もしかして――!」
「な、なんだよ!」
「人に見られたくなくて言えないような本、そしてピンク色ときたらズバリ! ムフフなエロ本ですね!?」
 自信満々に私が回答すると、たてがみ男の頬が一気に赤面していく。
「ば、馬鹿! 女が、やすやすとエロ本とか口にしてんじゃねえよ!」
「ふっふっふ。その反応だと、大当たりですね?」
「ちっげえよ!! アホ女!!」
 たてがみ男の右手が、否定を強調するように宙を切る。バサ、と反動でその手から雑誌が滑り落ちていき、私の目がそれを見るのと「しまった!」という声が重なった。
「あれ、これって」
「ちっ。どうせ、似合わないって言いたいんだろう?」
 舌打ち混じりの不機嫌そうな低音でたずねられ、私は明後日の方をむいてしまったたてがみ男に小首をかしげた。
「え、どうしてですか?」
「どうして、て……。誉れたかきエレメンタルナイツの猛き炎の称号をいただきし炎の騎士が、こんなのが好きってどう見たって釣り合わないっていうか、おもっくそ変じゃねえか」
 釣り合わない、変と称された地面の雑誌を拾いあげ、私は表紙をひらいた。
 そこで待っていたのは、見た目的にもはなやかなスイーツパラダイスだった。私は思わず、感嘆の息をもらしてしまう。
 色とりどりのクリームやら、フルーツやら、シャーベット、ケーキやタルトみたいなのもある。こっちのもおいしそうだし、あっちのも食べてみたい。ああ、次のページも気になるものがいっぱいある。
 異世界にも、こういう文化があるとはすばらしきかな!
 うっとりと雑誌の記事に魅いられながら、私は「本当に変ですか?」と切りだした。
「好みなんて、ひとそれぞれじゃないですか。どんなものが好きでも、それは個人の自由ですよ。私も、スイーツ大好きだし。ってこれ、スイーツ=甘いものでいいんですよね?」
「って、いちいち言葉にすんじゃねえ! ……しいだろうがっ! つーか女のおまえと男のオレじゃ、印象が全然違ってくるだろうが」
 これだけページを移動しても、あれが! あの素材が見つからない。洋風にも和風にも合う、あの神的調味料のあれが!
「特に、あんこが好きなんですけど、私。こっちには、あるんですかねえ?」
「きけよ」
「というか、釣り合わないって、変だって誰が決めたんですか?」
「誰が、てそりゃあ……」
 いきなり話をふられてとまどったのか、たてがみ男の声が小さくなっていく。私は手をとめて、そちらに目だけをやった。
「私からすれば、勝手に決めつけているのは他の誰でもない、あなた自身だと思うんですけれど」
「!」
「そんなの、もったいないじゃないですか」
 この世界には、こんなにたくさんの魅惑的なスイーツがあるみたいだし、それを食べようとしないなんて、たとえだれであろうとスイーツの神様から罰があたるに違いないもの。うん。スイーツの神様、本当にありがとう!
 パラパラパラ、と感謝の気持ちと一緒に再びページをめくっていた私の手が、ある場所でとまった。
 なな、なにこれ!
 ドーナツみたいな形のパイのような生地に、パイの間には白と赤の二層の色。ドーナツの真ん中に空いた穴には、グルグルとしたカラフルなクリームと、四角や丸にくりぬかれた果物がこんもりと盛られている。
「この『パラミシカル・パルフェノール』ってやつ、すっごくおいしそう!」
「だろ!? オレも、それが一番気になって――っ!」
 ひったくるように雑誌の片側をつかみながら、たてがみ男が私の隣にわりこんでくる。ページを指さして興奮気味に語る眼差しと表情に、私はつい吹きだしてしまった。
 そんな私に、たてがみ男はばつが悪くなったのかそっぽをむく。
「……サリューだ」
 ぼそ、とそのままあっちの方向になにかをつぶやいた。
「へ? 猿?」
「ちげえよ、馬鹿! オレの名前だ!」
 私にむき直りながら、たてがみ男はそう叫ぶ。
「あ、ご丁寧にすみません。サリューさん」
「サリューでいい。堅苦しいのは、性にあわねえ」
「は、はあ。えっと、私は――」
「おまえなんて、チンクシャ女で十分だろうが」
「そんな、天然記念物みたいな名前で呼ばれるのは恐縮しまくるので、個人的にはやめてもらいたいです」
「天然、記念物? わけわからんが、ならアホ女だ」
「うわっ……、ド直球すぎる名前……」
 訂正するのも面倒になって、私は首をふった。
 雑誌をたてがみ男に返すと、「プッ、ククククッ」とこらえるような笑いがついてくる。いぶかしげに眉をよせれば、「なんでもねえよ」。そう言った割には、あきらかに抑えきれなくなって――と思った瞬間に突然の哄笑へと変わって、私は唖然となってしまった。
 「おい」と笑い混じりの声がかけられ、ズボンのポケットに両手をつっこみながら、移動を開始している背中に気づく。あれ? どこかで見た光景だ。
「とっとと行くぞ」
「は、はい? えっと……、だから! まだ行先、言っていないんですけど!?」
 さっきと同じ展開を思い出し、私はあわててたてがみ男のあとを追いかけ始めた。

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