幼馴染からのプロポーズを全力で断ろうと思います

りんか

(5)

「ねえ、美結さん」
 どことなく不安そうな声が、私を呼ぶ。
 適当に店の中を見回していた私は、そちらに目をむけた。
 秋斗くんにお願いして連れてきてもらったのは、元の世界で言う洋品店のようなところだった。この世界にもちゃんとあったみたいで、最初に秋斗くんが着ていたような雰囲気の服や、よくあるワンピース、スカート、シャツと元の世界と服の種類はそんなに変わらない感じだった。模様が独特だったり、装飾が複雑だったり、その辺には異世界風を感じるけれど。
 よかった、着方やコーディネートはあまり変わらないみたい。
 ただ、店の半分にズラリと並んでいたのは、ごつい金属の鎧や甲冑たち。コロシアムで実際に見たことはあっても、こういうのが普通に売られているなんて、やっぱり物騒な世界なんだなあと改めて思ってしまう。
 実際に魔物やその戦いを間近で体験したせいか、そんなに違和感もないかなあ……
 と、そろそろいっか。
「終わった?」
 たずねた先は、カーテンで仕切られただけの簡素な試着室。
「うん。きみから渡された服を、一通りは着てみたよ。でも、これのしめ方がよくわからないんだ」
 これ?
 ああ、あれか。
「もう、仕方ないわね。ちょっと開けるわよ?」
「うん」
 シャ、とためらいなくカーテンをあけた私に、痛恨の一撃が容赦なくおそった。
 ぐふ……ぅ!
 なんとか踏みとどまり、私は口元に手を当てた。
 せ、世界観を大事にしてみようと私なりに考えた結果、なら執事っぽくしちゃえと冗談半分にコーディネートしてみた、白のシャツに黒のベスト、それにパンツ。腰にさした剣が少し浮いているけれど、細いネクタイを首にかけた様子が、またなんともサマになっていらっしゃって、破壊力が相当ヤバく……
 だ、だめだ。
 ヘナヘナヘナ、と足の力が抜けた私は、その場にしゃがみこんでしまった。
「どうしたの、美結さん。大丈夫?」
「いや、ちょっと……。自分で選んだ服装とはいえ、ここまでハマってしまわれると心臓へのダメージが……」
「立てる? 手、貸そうか」
「だだ、大丈夫だから、それ以上近づかない! ほ、ほら! ネクタイしめてあげるわよ!」
「でも、近づかないとできないものなんじゃないの?」
「ぐ……ソ、ソレモソウデスネ」
 私はなるべく秋斗くんを目にうつさないように細心の注意をはらいながら立ちあがると、彼の首元に手を伸ばす。
「い、一回しかやってあげないし、次からは自分でできるようにちゃんと覚えなさいよ!」
「うん、わかった」
 私はネクタイの両端をつかむと、チラチラと確認しながら長さの調整をする。
「いい? ここをね、まずはこうするの。そうしたら、次はここを折って――」
 記憶を頼りに、私は秋斗くんのネクタイをゆっくりと巻いていく。秋斗くんはジッと私の手の動きを見たまま――って、な、なにこの新婚夫婦みたいな雰囲気は……!
『じゃあ、いってくるよ』
『あ、待って。ネクタイが曲がっているわよ、あなた』
『あははは、ごめん』
『うふふ、いってらっしゃい』
 私の脳裏でそんなドラマのワンシーンのようなものが勝手に流れていき、私の背筋をゾゾゾとしたものが走り抜けていく。
 ああああ、きっと言われる! きっと、『なんだか新婚夫婦みたいで……、照れちゃうな』みたいなことを、あのはにかんだ表情で!
 ふ、ふふふふ。前もってわかっていたのなら、それなりに防御をすることは不可能ではない! 平常心。平常心、と。
 よし、ネクタイも結び終わった。
 さあ、いつでもいいわよ。受け流す心の準備は、そこそこできたわ。さあ、さあ!
 と、意気ごんではみたものの。
 ……あれ? なにもこない、ぞ?
「美結さん、詳しいんだね」
「へ?」
 予想とは全然違うことを言われて、私はまぬけな返事をしてしまう。秋斗くんの不思議そうな表情が、ニコとほほえんだ。
 へ、平常心、平常心。
「だって普通の女の子って、なじみがないというか、こういうのあまり知らなさそうだからさ」
「ま、まあ、中学のときの制服がこういうネクタイだったしね。一時期、練習しまくったのよ」
 それはもう、血のにじむような努力を――と回想しかけて、私は「あれ?」と首をかしげた。
「そういえば秋斗くんって、中学校はどうしていたの?」
「え?」
「私が知っているのは幼いころのあっくんと、今の秋斗くんだけだもの。その間はどうしていたのかなあ、ってちょっと思ったから。どこの中学校に行っていたの? やっぱりこの世界? この世界にも、中学校みたいなのがあるんだ?」
「ああ……、うん」
「ん?」
 それっきり黙ってしまった秋斗くんを、私は下からのぞきこんだ。その顔立ちは、今までに見たことのないような憂いにみちたもの。私と目が合った瞬間、彼はばつが悪そうに笑った。
「ネクタイありがとう、美結さん。次はたぶん、一人でできると思う」
 ……あれ?
 なんだろう、これ。すごい、違和感。
「ほら、美結さんも好きな服に着替えてよ。制服、かなり汚れちゃったみたいだし」
「あ、うん」
 うながされて、私は服がズラリと並べられた壁際に追いやられる。
 ハンガーのようなものにかけられた一枚一枚をかきわけるけど、私の目にはどれも入ってはこなかった。
 幼いあっくんと、今の秋斗くん。
 その間に、いったい何があったんだろう? 私が知っているのは、たった一日しかその間がなかったことくらいだけど――
 まさかその一日で、10年以上が経ったってこと? そういえばこの世界と元の世界、時間の流れは一緒なんだろうか?
「ねえ美結さん、もしかしてそれ着たいの?」
「うーん……」
 仮に一緒だとしたら、いろいろ矛盾がでてきそうだし。ということは、こっちの方が時間の流れが早いってこと? 今はなんとも変わらないけれど、あっちの世界に戻ったときに、私だけ大人の階段のぼりまくっちゃいましたとかなっていたら、どう説明すればいいの?
 お父さんお母さんより、私の方が年上になってしまったりとか――それは困る!
「おれ的には、すごくドキドキするけど……。美結さんにそういう趣味があっても、おれの気持ちは変わらないから、うん。大丈夫」
「え?」

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