幼馴染からのプロポーズを全力で断ろうと思います

りんか

(1)エンジョイニング異世界

 3.エンジョイニング異世界


 おおおおおおお。
 巻き起こるどよめきと、歓声。ざわざわざわ、と明らかにさっきまでとは違う物音に、私のとまっていた時間がようやく動き始めた。
「……はっ」
 意識も戻り、私の視界には崩壊していたはずのコロシアムではなく、やけに豪華な部屋がうつっていた。まばゆいシャンデリア、金細工のほどこされた柱や天井、まるでそう、金と権力にものを言わせた王侯貴族たちが住まいに使っていそうな雰囲気だった。
 肩に乗っていたルーが、無言で飛び降りていく。それを追いかけるように視線をさげた私は、再びギクリとかたまってしまった。
 目、目、たくさんの色とりどりの目、目。み、見られてる! こっちを、めっちゃガン見されてる! ここ、どこ!? この人たち、どちらさまの誰さまたち!?
 大きな部屋の奥側中央にどっしりと立派な椅子があって、そのすぐそばにたたずんでいる、青色の瞳の女の人。ちょっと離れたところに、赤い瞳の男の人。その二人よりもさらに距離を置いて、鎧をきこんだ何人もの人たち。真っ先に目についた二人は、白い軍服のような衣装を着ていて、女の人の方がおだやかにほほえんできた。
「おかえりなさい、アキト。前触れもなしに、いきなりの登場ね」
 年齢は20代なかばくらいかな? すごくきれいな女の人だ。一つにまとめられた薄水色の長い髪が、優雅に揺れている。
「すみません。とっさに思いついたのが、ここだったもので」
 トン、と秋斗くんが空いたところに着地する。
 ついでに私も同じように――、ん? 私の両足が浮いているぞ。フワフワして、やけに楽ちんだなあ。ま、いっか。
「そう。別に構わないわ。ちょうど例の話をしていたところだから、あなたも報告がてら輪に加わってくれるかしら?」
「はい」
 秋斗くんが移動した先にいたのは、赤茶色の髪をツンツンに逆立ててたてがみのようになっている男のひと。秋斗くんほどじゃないけど、そこそこのイケメン。なんというか、秋斗くんと比べて野性的? みたいな。年齢は、今の秋斗くんよりも上っぽい気がする。
 その人が挑戦的な赤い瞳を、こちらに向けてきた。
「ずいぶんド派手なご登場じゃねえか、アキ。その女が例の婚約者ってやつかよ」
「うん。やっと……、やっと見つけたんだ」
「へえ、そりゃご愁傷様なことで。てか……、どこがいいんだ? そんなチンクシャ」
 チ、チンクシャ!?
 あの、犬がくしゃみをしたような顔、つまりはみにくい容貌を鼻で笑う時に使うとよいとされる、あの暴言ですか!
 まさか自分にかけられるとは思っていなかったから、なんだか新鮮。
 私が思わずまじまじと見ると、赤い瞳の男は少したじろいだように一歩後ろにさがった。
「な、なんだよ」
「いや、ちょっと新鮮だなあと思ったもので」
「はあ!? チンクシャって言われて、おまえ、何とも思わないのかよ!」
「これがまた、不思議と」
「うへえ。妙な女だな、おまえ……気持ちわりぃ。普通はこう、カチンと頭にくるもんじゃねえの?」
「なるほど。そういうものなんですね」
「……マジで変な女。で、チンクシャ女。おまえは、いつまでそのままでいるつもりなんだ?」
「へ?」
 そのまま? そのままっていうと?
 はっ。私はようやく――、今の自分の状況に気がついた。
 めちゃくちゃ近くにいる秋斗くんと、私。その理由が、今ようやく理解できた。マッハの速度で交互に見やってから、私は声にならない叫び声をあげた。
 sdfがhkはrhじあjりgrははじゃえhまえrがお、がr!!
「は、はあああ、ひい、ふうふう、へえええ、ほおおおあああ」
 お姫様、お姫様抱っああああああああああああああああああああああ!!
 私ははじかれたようにもがき始めたけど、さすが我が家のチェーンロックを素手でぶち壊しただけのことはある、その規格外の圧倒的な力の前に、状況はまったく変わらないまま――
 引きつりまくっているだろう顔を、私は懸命に秋斗くんへむけた。
「あ、あのですね。そ、そろそろおろしてもらってもいい頃合いかなあと、思っ思うんですけれども」
「そう? おれは別に、ずっとこのままでも構わないよ。むしろ、幸せだから」
「! かかかか、構ってください、そういうところは!」
「え、構って欲しいの? ……美結さんに、そんなお願いをされるなんて嬉しいな。おれでよければ、よろこんで」
 キラキラ笑顔で迫ってくる秋斗くんに、私はブンブンと首を左右にふる。
「いや、あの、ちが……っ」
「おい、アキ。そろそろこっち戻ってこいよ。まだ、例の話は終わってねえぞ」
「ああ、ごめん。今、行く」
 赤茶色のたてがみ男に謝罪を口にしてから、秋斗くんは私にも「美結さん、ごめん」と謝ってくる。
「この仕事が終わってからでもいいかな? みんなを待たせちゃっているし、さすがにここでおれだけ抜けるわけにもいかないからさ」
「だ、だから、そうじゃなくて!」
「でも、美結さんはここにいても暇でしょ? 話もわからないだろうし。先に、おれの部屋で休んでいたらいいよ。はいこれ、部屋の鍵」
「って、話をきけええ!」
 そうツッコミながら、私はようやく秋斗くんから解放され、押しつけられた鍵とやらを受け取る。
 なんの変哲もない鍵。鍵ってこんな、扉の取っ手みたいな形をしているもんだっけ? ま、まあ、いいや。
「あ、合鍵はそのうち作っておくから、うん。今は、それで……」
 ぼそぼそ、と言いにくそうに話す秋斗くん。
 いや、別に合鍵なんか作ってもらわなくても――そう返しかけて、私はグッとこらえた。
 駄目だ、そんなことを言ったものなら。
 『それもそうだね。常に一緒に行動していたら鍵は一つで十分だろうし、余分な財力や労力を費やさなくて済む。さすが美結さん、節約上手だね』とか、超絶キラキラ笑顔で告げてくるに違いない。
 う、なんでこうも簡単に想像できてしまうのよ。
 頭をかかえたい衝動に駆られてしまうけど、ここはとりあえず、様子見がベストかもしれないわね。
 私が無言で秋斗くんを観察していると、彼は何かを思いついたようにハッとした表情になった。私から視線をそらし、長い指先で頬をかく。
「み、美結さんが待っていてくれる部屋に、仕事終わりのおれが帰るのか。なんだか、ドキドキするな……」
 そう言って、私の方に藍色の殺戮光線(流し目)を――ひいいいい。
 私はたまらず、一気に攻めに出ることにした。
「そ、そんな、はにかんだ表情でこっちをチラチラ見ない! わ、わ、私まで恥ずかしくなってくるじゃないの! ああ、もう! 目が合ったとたん、下を見るんじゃなあああああい!」
「だって……、見つめあうとか熱烈な恋人同士みたいじゃないか」
「な、なんでそうなるの!?」
「あ、でもおれたち婚約しているわけだし、そ、それくらいは――ああ、駄目だ。やっぱり、恥ずかしい」
「そ、それ以上のことを平気でいろいろしてくるくせに、なんで見つめあうくらいで恥ずかしがってんのよ!」
「美結さん……!」
「な、なによ」
 感極まった声で名前を呼ばれて、私は一瞬とまどう。
 うぐっ。こ、この輝かんばかりの表情は……!
「また、否定しなかったね」
「する余裕もなかったわああああああ!!」
 ぜえはあ、ぜえはあ。
 結果的に、ツッコんでもツッコまなくてもあまり変わらなかったし! むしろ、ツッコまない方が余計につかれたわ!
「てか私、鍵を受け取ったけれど、まだ一言も秋斗くんの部屋に行くなんて言ってないんだからね」
 そうよ。まったく。いつもいつもこの展開。
 フッ……。落ち着きなさい、私。そろそろ、年上の本気というものを見せておかないとね。そうそう、流されるものですk――
「あ、そうだ。美結さん、お腹すいているんじゃない? とびっきりのお茶とお菓子を用意してもらうし、それを楽しみながらゆっくり休んでいるといいよ」
「よろこんで!」
 某居酒屋店員よろしく、片手をあげ、全身でよろこびを表現する私。
 ちょうど、お腹と背中がくっつきそうなくらいの危機的状況だったのよね。危ない危ない。
 ここの世界のお茶とお菓子って……、ムフフ。しかも、とびっきり! どんな味か楽しみだなあ。
 って、はっ。この、ジョウキョウハ――
 反射的に返してしまった居酒屋ポーズのまま、私はさめざめと内心で涙を流し続けるのだった。

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