幼馴染からのプロポーズを全力で断ろうと思います

りんか

(8)

「ああ……。やっと、開いた」
 息をついてから、彼はいつもと同じ雰囲気の笑顔と少しぼんやりとした藍色の瞳を私にむけてくる。私は一気に緊張が抜けて、数歩うしろにさがってから、ペタンと玄関マットの上に座りこんでしまった。
「秋斗、くん!?」
「こんばんは、美結さん。会いにきたよ」
「!」
 私は、彼の破壊力満載の笑みをもう一度視界にとらえた途端、はじかれたようにリビングに戻った。
 ダゴゾーの袋をあさり、手にしたそれを目の辺りに装着する。大きく息を吸ってから、私は手探りで玄関に引き返した。
「美結さん? どうしたの、それ。福笑いでもしていた?」
 秋斗くんが、不思議そうにたずねてくるのがきこえてくる。その声に、彼のいる場所のだいたいの予想がついた。
「ふふふ」
 私は、してやったりとほくそ笑む。これなら、彼の笑顔やら何やらにまどわされることは絶対にないもの。
「これ、アイマスクだよね? おれの動き、見えないの? 全然?」
 ヒラヒラと目の前で手を動かされているのか、かすかに鼻の辺りに風を感じる。真っ暗な視界で、私は彼がいると思われる方向にうなずいた。
 ん? ちょっとアルコールの香りがする? まあ、いいや。
「どう? ふふん」
 自慢げに、胸をはる私。
 彼が何をしているのかよくわからなくなってしまうのが、これの最大の難点といえば難点。それでも、あのさわやかキラキラ攻撃を完全に防げるんだから、使わない理由がない――って、え?
「!?」
 次に訪れた不意打ちのようなやわらかさと苦味に、私のすべてがカチーンと硬直してしまった。
 ナニガ、ナニガ、オキテイルノデショウカ……
 コノ、クチビルニカンジルモノハ、ナニ? コノフレテキテイルモノハ、ナンナノデスカ? リカイフノウ。リカイフノウ。リカイ、フノウ――
「あれ……、美結さん?」
 呆けたような声と一緒にアイマスクがはずされ、私はどアップで秋斗くんの整いすぎた顔を直視するハメになってしまう。ショートしかけの思考に、それはまさにガード不能の即死コンボ。
 KO状態におちいった私は、ヘナヘナヘナとその場にへたりこんでしまった。
「ど、どうしたの、美結さん。大丈夫?」
「ダ、ダイジョブ……」
 右の頬に手を添えながらなんとか答えはしたものの、あまりにカタコトすぎるその日本語。心配そうにのぞきこまれ、私の視点はすぐさま秋斗くんのある一点に集中してしまう。
 いやぁあああああ!! と内心頭をかかえながら、私は必死に彼から距離を取ろうとする。
 が、さすがチェーンロックを素手でぶち切る怪力の持ち主。私の手首がつかまれ、さらに彼の顔が接近してくる。
 ひいいいいいいい!!
「本当に大丈夫? 顔、真っ赤だよ? もしかして、熱でもあるんじゃない?」
 そうのたまいながら、心配そうに眉をよせた秋斗くんの手が私の額に当てられる。
 ひぇ……っ!!
「うーん。熱い気はするんだけど、よくわからないな。ちょっと、ごめんね」
 断りをいれられ、私が目を見開く中で次にされたのは額と額のごっつんこ。って、そんな可愛いものじゃないっ。
 ち、近い……っさっきから、近すぎる……っ!!
 もがこうにも、圧倒的なパワーに押さえつけられて、私の身体はビクともしない。
 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。
 鼻先と鼻先がふれあう。
 そのたびに私の心臓は耳に痛いほどの鼓動音を訴えてきて、私の鼓膜はいつかそれに破られるんじゃないだろうか、それだけがずっと頭の中を回っていた。
 ようやく解放され、自由を手に入れた私はあわてて彼から離れる。
 ――完全に腰がぬけてしまったようで、た、立ち上がれそうにない。とりあえず、怪しまれないように何かしないと。両手と両足は、なんとか動くみたい。
 よし。
「熱はなさそうだね、よかった」
 ゴソゴソゴソ。
 そりゃそうです。ピンピンしていましたよ、さっきまではね!
 誰のせいですか……、誰の。
「でも」
 ゴソゴソゴソ。
 でも? まだ、何かあるの?
「さっきから美結さん、ゴキブリみたいな動きしてるけど。どうしたの?」
 ゴソゴソゴソ――ハッ。
 秋斗くんの指摘に、私は我に返り動きをとめた。どうやら何も思いつかなかったらしい、私は四つんばいのまま、とりあえずその辺をウロウロとうごめきまわっていたようだった。
 しまった、これでもかというほど怪しい。怪しすぎる。
「な、なんでもないわ」
 足に力が入るようになったのを確認し、私は近くの壁を使いながらゆるゆると立ち上がった。
 はあ。一時は、どうなるかと思った……
「ところで、おれはいつの間にここに来たんだろう?」
 突然ふってわいたその質問に、私はギギギ、ときしんだ音が立ちそうなほど不気味な首の動きで、秋斗くんを見た。
 はい……? この人はまた、何を言いだしたのでしょうか?
 悲喜こもごも――いやもう、悲の部分だけかもしれないけど――、いろいろな感情のつまった私の視線に、彼は困ったように頬をかいた。
「祝勝会で、団長に無理やりエール酒を飲まされたことまでは覚えているんだけど、そこからさっき美結さんのアイマスクを取るまでの記憶がまったくないんだ、おれ」
 腕組みをし、秋斗くんが「う~ん」と首をひねる。
 お酒を飲んで、そのあとの記憶がない? それって、つまり――
 私が結論を出すより先に、秋斗くんの容赦ない追撃が私におそいかかってきた。
「でも、美結さんがアイマスクしていたんだったら、チャンスだったのかな? しちゃえばよかった――、キス」
「!!」
 最後の二文字に過剰反応してしまった私は、ズササササ――と自分でも驚きの速さで、彼から距離を取った。その間0.3秒ほど。そのうち、瞬間移動も夢じゃないかもしれない。
 ……そんなことはどうでもいいから、とりあえず落ちつこう。落ちつこう。そう、落ちつくんだ、私。
「それで、今回は何の用? うちのチェーンロックを破壊してまで住居侵入をしたくらいなんだから、それ相応の理由があるはずでしょ?」
 呼吸を二、三度くりかえしてから、私は秋斗くんを問いただした。
 すると彼は、パチパチと澄んだ藍色の瞳をまばたくと、その整った顔を斜めにかたむける。
「チェーンロックを破壊? 美結さんの家の? おれ、そんなことしたの?」
 不思議そうに答えてから、秋斗くんは玄関ドアの方をふりかえった。そばまで歩み寄ると、ちぎれたままのチェーンロックをつかみ、「これをおれが?」と私にたずねてくる。
 別に隠す必要を感じなかった私は、素直に「そうよ」とうなずいた。
「そっか……。ごめんね、美結さん。きみが望んでいた新居をようやく手にいれられそうだったから、早くきみに知らせたくて、きみに見てもらいたくて、おれ、気持ちだけがあせっていたんだと思う」
 チェーンロックを両手で包むように持ちながら、秋斗くんは本当に申し訳なさそうな表情で私に謝罪する。
 まあ、悪気があったわけじゃないみたいだし、本来なら切れるはずのないものがただ切れただけで、私としてはちゃんと弁償してもらえればそれで――って。ん? 新居、ですって?

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