日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

134.『T.F.』

「すげぇぜ……本当に、大した発想だ! 完全に認識と認知の外側! まさしく射程外だった!」

 全身から流れ出る魔力波動が、俺の感情に呼応して嵐のように部屋中を荒らし回る。
 ああ……これほどの興奮はリリィちゃんに出会ったとき以来かもしれない。 

「だが、もう駄目だ。バレたんだ……お前のいる時間は! 認識さえしてしまえば俺の未来視から逃れる術はねぇ!!」

 宣言と同時に、両目で未来視の魔眼を発動する。
 奴の隠れ潜んでいた時間に焦点を合わせ、凝視した。
 ついでだ……お前と会話ができるように、互いの音もチャンネルを合わせようか?

「……ようやく会えたな、仮面チビ」
「ッッ!?」
 
 仮面と外套を羽織った、その姿。
 さっき見たばかりのはずなのに、十年来の友人であるかのように錯覚する。
 一方、話しかけられたのが……過去の時間の音が聞こえたのがよっぽど意外だったのか……仮面チビはライフルを構えたまま固まっていた。

「どうやって……っ!?」

 初めて聞いた仮面チビの声は、少女のものだ。
 マスクのせいで多少くぐもっているものの、年端も行かぬ女の子のものである。
 まあ、女なのは匂いで知ってたけどな。

「その声の感じと息遣い……ロリババア……じゃ、ねえな。正真正銘のガキか」
「んっ……!」

 次元転移で、別の列石の上へと瞬間移動する仮面チビ。
 だが、そこには既に俺がいた。

「よう」
「……ッ!」

 判断が早い。
 アイテムボックスからコンバットナイフを抜いて、正確に急所の喉を狙ってきている。
 この動きは明らかに軍隊格闘術。いわゆるCQCって奴か。
 だが、その攻撃は俺の体をすり抜ける。

「えっ……あ!」
「そうだよ、俺とお前はまだ違う時間にいるままだ!」

 発射タイミングを定められる弾丸と違って、ナイフの接近戦はオートで時間遡行するって設定にしてなかったんだろう。
 手をかざし、衝撃魔法を仮面チビの未来世界へと送り込む。

「かはぁ……っ!」

 仮面チビが勢いよく吹っ飛んだ。
 小さな体は部屋の岩壁に叩きつけられた後、地面に落ちる。
 護符によるダメージ減少はあったみたいだけど、受け身も取れなかった様子だ。

「ったく、こちとらガキを痛めつける趣味はねーんだぞ」

 光翼疾走で倒れ伏す仮面チビのもとへ馳せる。
 仮面チビは咄嗟に次元転移で逃れようとするが……。

「跳べない……なんで……っ!」
「次元楔なら、とっくに打ちこんだよ。もう転移はできない」
「うそ……!!」

 顔を上げた仮面チビの仮面に指を突き付け、物体破壊魔法を遅延発動する。
 すると直後にパキン、と仮面が真っ二つに割れた。

「ああ……そんな……っ!!」
「なんだ、かわいい顔してんじゃねーか」

 仮面なんてしてるからお約束通り美少女なんだろうと思いきや、やっぱりそうだった。意外性の欠片もない。
 あどけない顔立ちの、タレ目で、どっちかというと弱気そうな雰囲気の子だった。
 仮面壊すのやめときゃよかったかな……ますます殺しにくい。

 再び、仮面チビの姿が消える。
 しかし俺は慌てることなく未来視をやめた。
 仮面チビが自分で未来歩行チートを解除したのがわかったからだ。
 ようやく今という時間の中で向かい合う。

「どうして……どうやって、あたしの時間に……」
「知りたいか?」

 はっきり言おう。
 仮面チビ改め、チの未来歩行チートは無敵に近い能力だった。
 さっき俺がやってみせたように現在の影響を過去改変されたかのようにモロに影響を受ける弱点こそあるものの、相手から一切認識されないのだから。

「つっても、言うことなんてそれほどないけどな。俺が今までお前を捉えることができなかったのは、単純に俺の脳みそが硬かったからだ。5分先の未来にいるなら5分先を未来視すればいいって思考停止してた」

 そもそも、俺はとっくの昔に知っていたはずなのだ。
 この宇宙の時間が絶対的法則でもなんでもないってことを。
 宇宙ごとによって時間の流れ方は違う。
 世界同士の境界に相当する『位相』を挟めば、百年が隣では一瞬なんてこともザラだというのに。

「お前がいたのは俺が行き来してた箱庭世界の現在……時間軸が常に一定で並行世界が生まれない『絶対時間』の未来なんかじゃない。お前が潜んでいたのは個々人の主観時間……言うなれば『客観時間』。それが『5分後の未来世界』の正体だ」

 チ美が大きな目をまんまるに見開き、首を傾げた。

「……キャッカンジカン?」
「ああ、理屈ではわかってないのか? 本当に末恐ろしいガキだぜ……」

 イツナもそうだけど、感覚派の天才はチート能力と相性いいのかもな。
 俺なんて普段はなんとなーく雑に使ってる癖に、いざとなると理詰めに走るもんな。
 ま、自分の伸びが遅いのは自覚してるけども。

「無意識でやってたんだったんだとしたら教えといてやるよ。お前がいた時間はな、人それぞれで流れてる体感的な時間の中だったんだ」

 確かに時間の流れは一定かもしれない。平等でもあるだろう。
 だけど、体感時間は異なる。子供の頃は1年がとっても長く感じたのが、加齢とともにあっという間に過ぎ去るようになる。
 ハムスターの寿命は3年。人間の寿命は約70~80年。エルフの寿命は300年。ハイエルフの寿命は無限大……そんな具合に寿命は異なっても感覚的にはだいたい同じ時間を体感しているという。
 まあ、俺の場合は人づてで聞いただけだから正直あまり実感はないが……いや、だからこそ個々人の時間の流れ方……客観時間の中にチート能力を使って移動できるという発想にまず思い至りようがなかった。

「まあ、体感時間っていっても厳密には視覚情報の……みたいだけどな。お前が未来から撃つ弾丸に付着した時間残渣は必ず5分だった。だけど、俺が5分後を未来視したときだけ時間残渣は10分だった。つまり俺自身は現在にいるままだったけど、5分後の未来を視ていた……だからお前は『俺の視ていた客観時間……未来視で見ていた時間のさらに5分後に自動的に移動』してしまい、10分前に弾丸を撃ってしまった。お前は時間遡航チートを過去視の魔眼に同期して弾丸を過去に飛ばしてたから気づかなかったみたいだが……」

 長々と説明した後、答え合わせの反応を見てみようとチ美の瞳をのぞき込む。

「……ジカンザンサ?」
「オイ」

 マジかよ、こいつ。
 時間系能力者だろ。しかもプロなんだろ。
 天然か? 天才か? 天然で天才なんだろうなぁ……。
 こういうときはマジで自分が持たざる者だと思い知らされるわ。
 いいもん、俺はいっぱい努力するんだもん。

 つか、やべぇ。
 俺が考えていたのとコイツのキャライメージが違い過ぎる。
 なんというか殺したくなくなってきた。

「お面、割れた……お仕事、失敗しちゃった……」

 ああ、すっごくシュンとしちゃってる。保護欲そそられるなぁ……。
 これ、ひょっとしてアレか。さっきの仮面で自己暗示してて……それを被ってる間は凄腕になるとか、そういう系の子か?
 もしそうだとしたら、割って正解だったな。あきらかに戦意がなくなってる。

「さて、俺もお前には聞きたいことがある。もし答えられたら命だけは助けてやるよ」

 チ美が驚いたように目をまんまるくする。
 まさか助命されるとは思っていたなかったのだろうか、コクコクと頷いた。

「お前、名前は?」

 俺が視た真名は日本人名だった。
 つまり前世記憶を持つチート転生者のはずだが、こいつの幼女っぷりはフリには見えない。
 もしかしたら物心つく前に死んだ子供なのかもしれない。
 でも、それだけだと召喚や転生を介さずこれだけのチート能力を持ってる説明がつかない。強奪チートもないようだし。
 まさかとは思うが……いや、これは今考えることじゃないな。
 
「……マスカレード。みんなはマスって呼ぶ」

 なるほど、コードネームかな。
 本名を名乗らないのはプロとしては当然だ。

「じゃあ、マス。三崎を執拗に狙ってたみたいだが、なんでだ?」
「あの人はやばい……こわい。やらなきゃやられる……」

 うーん、反論の余地がない。

 さて、今のところ嘘は吐いてないな。
 正直に答えてくれている気がする。
 本命の質問いくか。

「どんな願いを叶えるつもりだったんだ?」

 言うまでもなく最重要質問。
 リピーターは他の初参加者と違って遊戯ゲームで叶える願いを胸に懐いた状態で召喚されている。
 高確率で誓約者のはずだ。

「な、なんでそんなこと……」
「死にたいなら言わなくてもいいぞ。そしたら、どう足掻いても叶わなくなる」
「そ、それは困るから……言う。でも、ここだと」

 チラチラと周囲を気にするチ美。
 願い自体、誰かに聞かれたい内容じゃないのか。

「安心しろ。ここの時間は停止してる。仮に神が全能視で覗こうとしても、ここは俺の結界の中。見れないようにもできるし、その気になれば改ざんもできる。だから俺以外に聞かれることはない」
「わかった……」

 チ美の口から語られた内容は、なかなかに興味深いものだった。
 もしも彼女が誓約者なら、俺は協力してやることができるだろう。

「オーケー、だいたいわかった。えーと……あっ、そうだ! もうひとつだけ!」

 握りこんでいたライフル弾を掌の上にのせて差し出して見せた。

「この弾丸に刻まれた『T.F.』のイニシャルについてだが……これは、なんて読むんだ?」

 俺の記憶の片隅にある、この刻印。
 喉元まで出かかってるけど、どうしても思い出せなかった。
 ひょっとしたら、俺の封印記憶に関するものかもしれない。
 もしそうなら下手に思い出さない方がいい可能性もあるのだが。

 だが、俺の心配を他所にマスはなんでもないことのように答えた。

「T・ファインダーズ……」

 ………………あ?

「えっと……あたしたちの海賊団……じゃなかった。傭兵団の名前なの……」

 あ……あ、あ。

「あーーーーーっ!! 思い出したぁーーーーーーーっっ!!!」
「ヒッ、な、なに……っ! なんなのっ!?」

 俺の絶叫にビビるマス。
 いや、マスちゃん。

「そうかそうかそうかそうか! マスちゃんは『あいつら』の仲間だったと! そうだったのかぁ! いやあ、すまん、乱暴なことをしちゃったな。悪い悪い……痛かっただろう? ほら、立てるかい? 怪我はない?」
「え? ええっと……」

 突然優しくなった俺に困惑しながらヨロヨロと立ち上がるマスちゃん。
 ぱんぱん、とマスちゃんの埃をはたいてやってから、小さなその肩に手を乗せる。

「そうか、まだ健在だったのか! そうだよなぁ。そう簡単に解散するわけないよなー。いや、懐かしい。正直言うと完全に忘れてたよ。さすがに昔過ぎだなぁ……」

 しみじみと思い出に浸っている俺に向かって、マスちゃんがおそるおそる尋ねてくる。

「あたしたちのこと、知ってるの……?」
「ああ、ごめんごめん。実を言うと俺が真のボ……じゃない! 実は元団員だったんだよ!」
「うそ……そんなのはうそ……!」

 マスちゃんが、それまでにないぐらいに警戒感を露にする。
 騙りを疑うのは当然だ。無理もない。

「ところが嘘じゃないんだな、これが! 団員同士しか知らない符丁だって知ってるんだぜ!」

 一度思い出すと、堰を切ったように記憶が溢れてきて止まらない。
 だから俺は後先考えずにすべてを垂れ流した。

「クソガミコロース!」
「……っ!」
「フェアチキクダサーイ!」
「……っ!!」
「イセカイテンイマジサイアーク!」
「あ……あ、あ……っ!!」
「どうだ、信じてもらえたか?」

 俺の手の中でカタカタと震えていたかと思うと、マスちゃんは大粒の涙を流しながらひしっとしがみついてきた。

「おお、よかった! 信じてくれたんだねえ」

 どうやら今でも俺が適当ぶっこいた符丁は残っていたようだ。
 運命なんてもんはいつもクソだと言ってる俺だが、こればっかりはマジで運命としか思えん。

 いやあ……まさか、こんなところであいつらの仲間に出会えるなんてなぁ。

 異世界流浪傭兵団『T・ファインダーズ』……いや。



 ティナ・ファインダーズに。







「終わったのか?」
「でも、まだ出られないぞ」
「一体、何が起こって……」

 俺の魔力波動で吹っ飛ばされていた3人は立ち上がっていた。
 そんな彼らに、俺はにこやかな笑みを浮かべながら声をかける。

「すいません。皆さんには本当に申し訳ないと思っています」

 その手には、死神手帖とペンが握られていた。




「はーい! 参加者が4人死亡でダンバト終了でーす! 勝ち上がった皆さん、お疲れ様でしたぁー!」
「え……ちょっ、リョウジ! 結局、僕ひとりも殺せてないんだけどー!?」

コメント

  • 炙りサーモン

    ティナさーん!

    0
  • 通りすがり

    ああ!TFってそういうことね……
    解決しちゃったんだよね………

    1
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