日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)
120.ブライダル・リ・ジェネシス
その夜、大きな地震が起こった。
「もう来たか。早かったな」
すぐさま宿の屋根に上がって宿場町全体を結界で覆い、浮遊魔法で地盤ごと宙に浮かび上がらせる。
「父さん、これは……!」
俺の部屋を訪れるタイミングを伺っていたアディが俺を追って、屋根の上に着地する。
アディに一瞥をくれた後、俺は無言で空を指さした。
全天に垂れ下がるオーロラが、ゆらゆらと揺れている。
「星の祭りだよ。どうやら、もう俺が手を下すまでもなかったみたいだな」
「そうか。星の意思の再創世《リ・ジェネシス》……始まったんですね」
アディの呟きに、空を見上げたまま頷き返す。
「見ろよ、アディ。精霊どもがゴミのようだぞ」
顕現した無数の精霊が、それに倍する魚のような化け物に追われていた。
界魚たちが活動を開始し、精霊どもを喰らっているのだ。
火の。水の。土の。風の。光の。闇の。炎の。海の。地の。嵐の。
その他もろもろの属性を司る精霊たちの悲鳴がそこいら中に響き渡っている。
「にーちゃー!」
ステラちゃんも界魚の一匹にまたがり、楽しそうに笑っていた。
つまりあの笑顔こそが、今の星の意思の意志。
目指すは、全精霊の殲滅。自身を苛んだ病巣の排除。
「今夜だけで何人死ぬんだろうな。まあ、俺にとってはどうでもいいことなんだが……やらかしたことで犠牲者が出てるって事実くらいは、きちんと認識しておかないとな」
今夜、精霊に管理されていたエネルギーがありのままに解き放たれることになる。
この異世界は本来の自然を取り戻すことになるわけだ。
星の滅びを回避する代償として世界中のあらゆる場所に天変地異が巻き起こり、多くの命を奪うだろう。
「どうしてなんだ? アディ」
破壊と再生の宴を眺めながら、俺は娘に問いかける。
「ただの親子ってだけじゃ駄目なのか。どうして、そこまで俺に抱かれることに拘る」
しばし考え込んだ後、アディは胸に手を置いて、まっすぐな視線を返してきた。
「お父さんのお嫁さんになりたい。それが子供の頃からの夢だったって言ったら信じてくれますか?」
「無理だな」
「ですよね」
アディが自嘲気味に笑った。
「じゃあ、ちゃんと一から全部説明しますね。男は女心がわからない生き物だっていうのはわかってますから」
妖艶というより老獪といった響きを含ませた声が耳朶を打つ。
俺の娘は無限の転生を繰り返してきた転生者だ。
あるいは、過ごしてきた人生の数で言えば俺をはるかに上回るだろう。
ひとつ深呼吸すると、アディが訥々と語り始めた。
「父さんはわたしと母さんを捨てました」
「それは――」
「母さんがわたしを育てるために、残ったんですよね。聞いてます」
俺を責めたいわけじゃないと、アディは首を横に振った。
「子供の頃、母さんから父さんの話ばかり聞かされていました。確かに幼少期は転生するたびにありましたけど、本当の意味での幼心は最初だけです。父さんには想像しづらいかもしれませんけど、わたしにとっては最初の子供時代の思い出は色褪せない宝物なんですよ。それに、あの頃は父さんが迎えに来てくれると無邪気に信じてましたし」
「俺を恨んだりもしたんだろ?」
「あはは。そういう時期がなかったと言えば嘘になっちゃいますけどね。でももう、どうでもいいです。こうしてやっと逢えたんだから、そんなくだらないプライドで時間を無駄にしたくない」
アディが決意を秘めた表情で、俺を見上げる。
「父さん、わたしをお嫁さんにして」
界魚に噛み砕かれた大精霊が花火のように弾けた。
「そんなことをすれば、俺にとってお前は娘じゃなくなる」
「父さんともあろう秩序の破壊者が、今更そんな保守的な常識を盾に取るんですか? 自分で詭弁だと分かってるのに、そんな上っ面で通せると思わないでください」
当然のように見破られる。
口八丁では逃げられない。
改めて覚悟を決めて、俺もアディの方へ向き直った。
「俺と結ばれれば、お前は幸せになれるのか?」
「はい。間違いありません」
「そうか……そういうことなら、会わせないわけにはいかないな」
「会わせ……え? 一体、誰に――」
俺の影から、ひとりの少女がぬっと現れた。
「初めまして、アディーナ・ローズさん。エヴァンジェリンです。エヴァとお呼びください」
「神出鬼没の紫色のローブの人……貴女が母さんの言ってたエヴァさん。ハーレムルールの創設者!」
「おや、イツナさんの息女というのは本当のようですね」
驚くアディを見て、エヴァがころころと笑う。
「聞いての通りだ、エヴァ。アディは俺の娘だが、どうしても俺の嫁になりたいらしい。問題ないか?」
「それを決めるのは、わたくしではありませんので」
「ハーレムルールだったら、全部暗唱できます!!」
ルール1.俺は基本、嫁になることを承諾した女しか連れて行かない。
ルール2.俺は誓約を果たすためなら、どんなことでもやる。そこにお前らの倫理観を持ち込むな。
ルール3.俺はしょっちゅうお前らに嘘を吐く。本当のことを全部言わない。それでも疑うな。
ルール4.俺には既に何人か嫁がいる。そいつらと仲良くやれ。
ルール5.俺に求められたら拒否するな。常に夜は準備をしておけ。
ルール6.俺はお前らを幸せにしない。お前らが自力で幸せになれ。
ルール7.俺は用のない嫁を寝ている間に封印珠に入れることがある。目覚めたら百年経ってても文句を言うな。
ルール番外.俺は勝手にルールを増やす。そんときお前らは黙って従え。
そのすべてを、アディは見事そらんじてみせた。
「完璧ですね。実の娘が嫁になってはいけない、というルールは今のところありませんので問題はないかと思います」
「だったら!」
「……わかった。アディ、お前を俺の嫁にしよう」
アディの表情がぱっと花開く。
「これで、やっと、わたし父さんと――」
「エヴァ」
アディが何か言う前に、俺はエヴァに問いかけた。
「ルール番外でルールを増やすことはできるな?」
「はい、もちろん」
「じゃあ、新ルールを追加したい。『ルール8.俺は自分の子供を嫁にしない』ってルールを。できるか?」
「父さん!?」
驚愕と絶望が入り混じったような表情を浮かべるアディ。
エヴァが考え込むように頬に手を当てた。
「なるほど……嫁である以上はルールに従わなければならない。一度嫁としてお認めになったのは、ルールを使って娘さんを追い詰めるためですか。可能ですが、よろしいのですか? それをすればアディさんはリリースとなり二度と迎えることはできませんが」
「お願い、やめてください父さん! もう無理に迫ったりしないですから!」
「アディ……」
アディが胸にすがりつき、わんわんと泣き喚き始めた。
無碍に振り払うこともできず、その頭を撫でた。
「こんな、こんなやり方はずるいです! わたし、ぜんぜん納得できません!!」
それは、そうだろうな……。
俺には、アディを心から納得させる方法がわからなかった。
考えて、考えて。結局、こんなことぐらいしか思いつかなかったのだ。
「俺はお前の言う通りの人間だよ。復讐のために、家族を捨てた最低の男だ」
アディが、はっと涙で腫らした顔を上げた。
「ち、違うんです! あれは父さんを傷つけるつもりで言ったんじゃ――」
「お前は、そんな男のかげかえのない子供なんだよ。その気になれば自由意志で俺の旅についてこれる、本当にたったひとりのな……」
俺が家族や子供を異世界に置いていくのは、俺が選んだ道が血塗られているからだ。
足を洗おうと思ったことだって、何度もある。
だけど、『召喚と誓約』や『不老不死』がそれを許してはくれなかった。
家庭が崩壊するたび、結局俺は元の放浪生活に戻らねばならない。
だから同じ過ちを繰り返さないために、俺は家庭を持つことをやめたのだ。
今でこそティナとシンジが俺の代行分体の帰りを『巣立ちの翼亭』で待っていてくれているが、それだって本当の意味で俺の旅に付き合ってもらえてるわけじゃない。
今でも代行分体から幸せな家族との生活の記憶が送られてくるが、それもいずれ終わりが来るものだ。俺だけが取り残される。
でも、アディは違うのだ。
「俺の都合なんかに縛られるな。お前には俺と並び立つお前でいてほしい。それが俺の嘘偽りのない本音だ」
彼女は俺と同じく永遠に世界を彷徨い続ける存在であり、こんながんじがらめでテンプレだらけのクソ神の宇宙において自由な魂を持っている。
俺がアルトやリリィに求めて、ついに果たされなかった夢。
それが自分の娘だっていう幸福を、一時の性欲に身を任せて失いたくない。
しばしアディは俺の瞳を少し悲しそうに見つめていたが。
「エヴァさん」
やがて視線を離さないまま口を開いた。
「なんでしょうか?」
「わたし、父さんの嫁をやめます。できますよね」
「もちろんです。ルールに所属を強制するものはありませんので」
「子供でも、お嫁さんじゃなくても、父さんと一緒にいられますか?」
「ルール1はあくまで原則ですから」
こくりと頷くと、アディは俺からゆっくりと離れた。
「父さん。わたし、諦めませんからね」
「アディ。お前、まだ――」
「だから、ルール8を作るのは勘弁してください。いつかわたしもっていう夢だけは、奪わないでください」
……ここらが妥協点、か。
「わかった。ルールを増やすのはやめる」
「ありがとうございます」
アディが一礼し、踵を返した。
「どこへ行くんだ?」
「わたし、この世界の人たちを助けに行ってきます。やっぱり放ってはおけませんから」
ああ、そうなのか。
本当に君は、イツナの子供なんだな……。
「もちろんだ。お前にも手伝ってもらうぞ、アディ」
「……え?」
きょとん、としたままアディがこちらを振り返る。
「エヴァ、第一の封印を解除してくれ。世界が消し飛ばないよう、ゆっくりな」
「ふふっ、承知しました」
リリィちゃんと戦ったときに解いた第一の封印を、エヴァが正式な手続きを経て開放した。
今回は完全に制御できていることを確かめてから、まずは全能感覚をアクティブにして全世界を認識。
俺が手招きするようにクイッと手首を動かすと、周辺の大地が星から剥離して浮き上がった。
宿場町と同じように、すべての生命を保護する結界を世界中のひとりひとりに付与する。
「す、すごい。これが父さんの力……!」
アディが俺の力の一端を感じ取り、戦慄していた。
お前も将来こうなるんだぞ、と思いつつ口を開く。
「俺に課せられた願いは『世界の安定』だ。でも、このまま放っておいたら願いを叶えるどころか、人間の大半も死滅しちまう」
「確かに……おかしいとは思っていました! どうして父さんが再創世なんて、わざわざたくさんの犠牲が出る方法を選んだのかって……!」
「そうとも、溢れる膨大なエネルギーが安定するまで時間がかかる。もちろん一日なんかじゃ終わらない。だけど、そのエネルギーがどっかの誰かさんの腹の中に消えちまったら?」
ニヤリと笑って、俺は再びあの能力の名を叫んだ。
「ワールドデバックチート、起動! 異世界よ、今こそ失われし時間軸から有り得た可能性を示せ!」
「まさか父さん!」
「そのまさかだ! 全ての余剰エネルギーを残存する時間軸……並行世界の有り得た姿へと変える!」
沿岸に迫っていた津波が。
火山から噴き出していたマグマが。
ひび割れた大地から湧き出していた魔力が。
暴れ狂うエネルギーのすべてが、フェアチキに変わっていくではあーりませんかっ!!!
「イイイイイイヤッホォォォーゥッ!!! フェアチキの香りがここまで漂ってくるぜええええええっっ!!!!!」
念動力で世界中のすべてのフェアチキを上空にかき集める。
「最高かよ……最高かよ、異世界!!」
無限にも等しいホカホカのフェアチキが集結していく様は、まさに異世界のあるべき姿を象徴しているかのようだった。
「あ、あれがフェアチキ! 母さんが死ぬほど恐れていたっていう!!!」
「お、知ってたのかアディ!」
「それはもう! ただのチキンを見ただけでも雷神モードになっちゃって大変だったんですから!!」
うん、今回も大変だったのよ。
本当に、なんであそこまでチキン嫌いを拗らせてしまったのやら。
「さて……あんなひどいことを言っておいて今更なんだけど」
頭をぽりぽり掻いてから……アディの手をしっかりと握り、その瞳をまっすぐに見つめる。
「アディ。この夜が終わるまでは、俺の嫁でいてくれないか?」
しばらくの間、アディはぼーっとしていたけど。
「はい、よろこんで!」
俺の愛娘は満面の笑顔を浮かべた。
「よっしゃ! ステラちゃん、例のアレ頼む!」
「はーーい!! にーちゃとねーちゃのこ! けっこん、おめでとー!」
界魚に乗っていたステラちゃんの姿が何故かブーケに変化して、アディが掲げた手に飛び込む。
すると。
「わあああっ!」
俺とアディの姿が光り輝く巨人となって、天空へと浮かび上がっていく。
「すごいっ、これすごいよ父さん!」
喜ぶアディが年相応にはしゃぐ子供のように見えて、素直に愛おしかった。
「星の守護者モードってやつだ。それにしても、これはやりすぎじゃないか?」
ステラちゃんが気を利かせたのか、俺たちの姿は新郎新婦の白い衣装を象っていた。
「んもう……いいの! これで!」
プンスカと怒りつつも幸せそうなアディの肩をグッっと抱き寄せる。
「えへへー」
アディも満更でもなさそうに、ぴとっとひっついてくる。
「さーて、そろそろ行くぞ」
見上げる空では、いよいよ世界すべてを覆いつくさんばかりのフェアチキの群れが陽光すら遮り、世界を闇で包み込まんとしていた。
あまりの量に中心部分から溢れて、落ちてこようとしている。
「えっと、どうすればいいんです?」
「さっき言ったろ。全部食うんだよ!」
「ええええええええええっっ!!!」
アディの叫びも虚しく、俺たちはどんどん空へと浮かび上がっていく。
鶏油の香りがこれでもかというほど強くなってくると、アディの顔が何故かどんどん青ざめていった。
「おかしい! この流れだけは絶対におかしい!」
「さっき手伝ってくれるって言ったじゃないか! 大丈夫だ……今の俺たちなら、絶対にできる!」
「初めての共同作業がチキン食べ放題なんて、いやーっ!」
「いいかい、娘よ……これが俺の嫁になるってことなんだーっ!!!」
俺たちふたりは一条の光となって、フェアチキの塊へと飛び込んでいった。
コメント
炙りサーモン
フェアチキラブ
通りすがり
>今でも代行文体
代行分体ですね。
自分なんかに縛られず、自由に生きて欲しい...と。自らが望んでいたものだから尚更。
やはり全てはフェアチキのためだったのか...!